インドネシアのアニメイベントを取材して感じた、未来の“巨大ポップカルチャー市場”への期待

 ことし6月6日から8日にかけて、インドネシアの首都・ジャカルタで『Anime Festival Asia 2025(以下、『AFA』)』が開催された。同フェスはシンガポールに拠点を置くSOZO社が主催するアニメイベントで、東南アジア最大級のポップ・カルチャー・フェスティバルとしても知られる。

 この『AFA』は、ニコニコ超会議や『The VOCALOID Collection』などを運営するドワンゴとも連携を密にしている。昨年から始まった取り組み「Asia Creators Cross」(以降:ACC)を通じてアライアンスを組み、2024年11月に開催された『AFA(シンガポール開催)』を皮切りに、世界のクリエイター同士を繋ぐ場を共創してきた。

 筆者が取材したインドネシアの『AFA』では、Teddyloidや上坂すみれなど、さまざまな日本のビッグネームが登場。ACCからも、Hyper kawaii Musicを合言葉に、ボカロエレクトロレーベル「NEXTLIGHT」のメンバーとしてボカクラシーンでも存在感を放つpiccoや、『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』を始めとする音楽ゲームからアイドルへの楽曲提供まで、かわいい×かっこいいボカロックを武器に“破竹の勢い”で活躍するタケノコ少年らが参加した。

 本稿では、現地取材を通じて見聞きしたインドネシアのポップ・カルチャー、オタク文化を愛する人々の姿をお伝えする。(三沢光汰)

圧倒的に若者が多い国・インドネシアに根付く“異国文化”

 インドネシアの街中を歩いていると、気が付くことがある。街ゆく人々の若さだ。それもそのはず、インドネシアは平均年齢が約29歳と若く、人口の半数以上をZ世代・ミレニアル世代が占める“若者の国”なのだ(ちなみに日本の平均年齢は48歳を超える)。

 そして、デジタルネイティブでもあるZ世代の多くはSNSやインターネットへの関心も高く、日本のポップ・カルチャーに触れる層も多い。今回取材した『Anime Festival Asia』はシンガポールから始まったイベントだが、このインドネシアでも大きな盛り上がりを見せていた。

 またインドネシアに足を踏み入れて感じたのは、アジアの国々のカルチャーがさまざまに入り混じっていること。近隣国であるマレーシアやシンガポールはもちろん、日本や中国系企業の店舗も数多く見かける。それだけに、文化的にも大小の影響を受けているように感じられた。

 実際、空港から一歩出てすぐにファミリーマートと「Shinlin」という台湾料理のレストランを目にしたし、商業施設に足を運べば日本のラーメンチェーンや牛丼チェーン、街中で車を走らせればそこかしこで中華風の建築を見ることができる。エンタメ方面でいえば、2011年に結成されたAKBグループのJKT48も、今や立派に「国民的アイドル」として人気を博しているようである。

日本と変わらぬイベントの空気 それを感じられる理由

 そんなインドネシアのアニメイベントはどんな雰囲気であったか。結論から言うと、ある意味では「日本のオタクイベント」にも共通する空気感があったように思う。大いにはしゃぎ、グッズを吟味し、コスプレを楽しむ。好きなものを好きなだけ楽しんで、充実した一日を送る彼ら/彼女らの姿は、日本のファンとなんら変わらない。

 前述したように、インドネシアにはローソンやファミリーマートなど、街中でも目に見える形で日本企業が多く参入している。韓国の食品を扱う商店でもパッケージに日本語を記載した商品を見かけたし、スーパーマーケットで売られているお菓子のパッケージには『ワンピース』のルフィが描かれている。インドネシアの人々にとって「日本のIPコンテンツ」や「日本発の商品」は生活の一部として既に根ざしているのだな、と感じられる出来事だった。

 そしてもちろん、日本のアニメやマンガといったコンテンツも人気だ。スーパーマーケットの本屋には『ドラえもん』を始めとする往年のIPだけでなく、近年の作品を翻訳した単行本なども売られている。筆者が訪れたのは大型モール内にある本屋で、さすがに日本の大型書店ほどの量はないにせよ、小さめの書店程度には充実していた。

 イベント会場にも、日本で人気な作品のブースが多く並んでおり、『ダンダダン』や『ぼっち・ざ・ろっく!』といった近年のヒット作にくわえて、ステージでは『神椿市建設中。』『小林さんちのメイドラゴン』によるトーク、ライブイベントなども披露された。

 余談だが、声優の上坂すみれのスペシャルステージを観るという若者と話していたときに「Sumipe!(すみぺ!)」とニックネームで呼んでいたのを耳にして「あ、インドネシアにも声優のオタクがいるんだなあ」と不思議な気持ちになったものだ。

ACCから出演したpicco&タケノコ少年のステージも大盛り上がり

 同じく日本から参加した『AFA』のチームも、大いに歓迎された。ボカロPとしてDJを披露したpiccoのステージでは、後方の少しひらけたスペースでツーステップを踏む集団の姿も見られた。彼らに撮影許可を取る際に少し話をしたとき「僕の仲間、最高でしょ!」と笑顔で返してくれたのも印象深い。

 ちなみに、彼らはバンダイナムコエンターテインメントのメディアミックスプロジェクト「電音部」のファンらしく、同プロジェクトに楽曲提供をしているpiccoがお目当てとのことだった。Hyper kawaii Musicを標榜するpiccoが繰り出す音楽にノリノリで身体を揺らし、本来アウェーであってもおかしくないはずのインドネシアにも関わらず“ホーム感”を強く感じさせてくれていた。

 続いて登場したタケノコ少年のステージでは、彼の得意とするボカロックにくわえてメタル・パンクアレンジされたボカロ曲のリミックスを添えたパフォーマンスを披露。“ハンドルを握ると人が変わる”ではないが、ステージでは性格が変わったかのように激しいヘッドバンギングを見せ、呼応するように聴衆も盛り上がっていた。

 二日間にわたって披露されたステージはいずれも大盛り上がり。最終日のラスト曲はpiccoがタケノコ少年を呼び込み、ナユタン星人「ダンスロボットダンス」のリミックスに合わせて踊り狂う。さらにラスサビ前にはステージを降りて観客とハイタッチを交わし、一緒にサビを熱唱するシーンも。しっかりと会場を盛り上げ、インドネシアのオタクたちのハートをがっちりと掴んでいた。

 終演後、彼らのステージを見て見事に“食らった”のか、物販ブースには人だかりができあがり、CDやステッカー、ツーショットチケットが飛ぶように売れていた。日本から持ち込んだグッズの数々は、現地民からすれば普段手にしているアイテムより「少しだけ高価」に感じるかもしれない。それでも「これだけのものを見せてくれたのだから」「この機会を逃したくない」とばかりに購入し、サインを求めていくのだ。ふたりがしっかりとインドネシアの人々の心に“爪痕”を残した何よりの証左だろう。

 同様にACCのプログラムから参加したイラストレーター・ももえとkouのグッズも売れ行きは順調で、ステッカーやポスター、そして画集を買っていく人が多かった。気鋭のクリエイターであり、無二の世界観を持つアーティストでもあるふたりの作品は、確かにインドネシアの人々に強烈な印象を残していたようだ。

将来的に巨大なマーケットになりうるインドネシアに向けた“布石”として

 日中の空き時間に、出演ボカロPたちと共にジャカルタの街中を巡りつつ、ふたりのオフショット撮影をしていた時に感じたことがある。それは、ジャカルタのどこか“ちぐはぐ”とも言える開発具合だ。

 我々は街中にある大きなショッピングセンターを訪れたのだが、空きテナントが目立つ。とあるビルに至っては、一階に商店とコンビニエンスストア、二階にはローカル感のあふれる土産物屋、その上のフロア(4~5フロアほどあったように思う)は未だ工事中で、電気も点灯していないような状態だった。筆者は経済学者ではないため、実際のところどういった背景からこうした状態であったのかは不明だが、「テナントを受け入れるための箱モノ」の開発が先行して進んでいるように見えた。

 気になって調べたところ、日本の企業も参画してジャカルタ中心地を始めとした複合施設や住宅の建設プロジェクトが進行しているようで、その感覚はあながち間違っていないのかもしれない。

 ともあれ、重要なのはこういった大きなプロジェクトが動き、雇用と経済が活発になることでインドネシアが豊かになっていくこと。そうすれば、今後ますます日本のクリエイターにとって重要なマーケットとなっていくだろう。そして、そんな重要な変革期にしっかりと日本のクリエイターが海外でファンを作り、ビジネスだけでなくカルチャーを輸出できていることは大変に素晴らしいことだ。

 さらに言えば、インドネシアの中からも日本のポップカルチャー文脈に影響を受けたクリエイターが萌芽しつつある。たまたま通りがかったアート展示には、オリジナルの創作同人誌を頒布している学生がいたし、SoundCloudを漁っているとインドネシアのコンポーザーによる日本のゲーム/アニメ楽曲リミックスに出会うこともある(後者はいわゆるブートレグなので行儀が良いとは言えないのだが……)。

 潜在的な巨大マーケットにして、これまでも長らく日本のポップカルチャーに対しても好意的な目線を向けてきたジャカルタ。こうしたACCの取り組みが、将来的に「重要な布石であった」と評価されるかもしれない。そんな期待を感じさせる取材だった。

■「Asia Creators Cross」について

 日本のクリエイターが世界で、世界のクリエイターが日本で、相互に活躍できる機会の創出を目的としたクリエイター連携プログラム。

 本イベント『Anime Festival Asia 2025』におけるクリエイターの出演もその一環となっています。

 今後も、世界中の影響力のあるさまざまなイベントを通じて、クリエイターがより多くのファン、共に制作を行う仲間、クライアントとボーダレスに出会える場を広げ、コミュニティの構築やリソースの共有、ネットワーキングを促進していきます。

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