『Wheel World』この夏イチオシのサイクリングスポット 最大時速50kmが生む心地よさと熱狂に浸ろう
8月は暑すぎる。サイクリングシーズンの真っ盛り、と言いたいが今年も命が危ういほど気温が高い。穏やかな気温に戻るまで、おとなしく家の中で過ごすしかないのか。そんなサイクリストにオススメのスポットが『Wheel World』だ。オンロードにオフロード。ダウンヒル、ヒルクライム、公道レース。そしてポタリング(自転車散歩)に適した名景スポットがそこにある。
『Wheel World』はオープンフィールド・自転車レースゲームだ。自転車に乗ってレースチームを探し、伝説の自転車パーツを集め、月に向かって大ジャンプを決めよう。
ゲーム概要は自転車版『Forza Horizon』だと思えばよい。一番の見どころは、自転車文化にひたれる作中の雰囲気だ。この雰囲気作りでオープニングから伝説と対面する。不滅のバイクデーモンにいざなわれ、自転車乗りたちの魂を浄化する巡礼の旅に出るのだ。その旅路で、作中の人々が自転車を楽しんでいる理由を知るだろう。いや、理由なんてものはない。気持ちよいから走り、走るから気持ちよいのである。
エンスージアストたちのための世界
自転車レースのゲームといえば、プロレースのシミュレーターか、モトクロスのアクションゲームが定番だ。意外なことにチョイ乗りを楽しむ自転車ゲームはない。『Wheel World』の魅力は正にそこで、街乗りからアマチュアレースやエクストリームスポーツが地続きにつながっている。
ゲーム展開はレースで名声ポイントを稼ぎ、地元名士への挑戦権を得てこれに勝利する、という流れだ。オープンフィールドの各地に点在するレースチームを探すのが主目的となる。道中を自分の足で漕ぐことになるが、ただ移動するだけで楽しい。マップで目的地を決めて直進するもよし。道なりに心ゆくまで流すもよしだ。
レースゲームにしてはゆったり気味の最大時速50kmだが、自転車ならではの演出と挙動の数々が走りの心地よさをかきたてる。地面とタイヤが擦れる「シャーッ」や、ギアの歯車が切り替わる「カチャカチャ」。コーナリングの横滑りや高速度域の安定性。それらのフィードバックが自動車やバイクよりも身近で、運転の先にある一体感を得やすいのがありがたい。
ビデオ体験も当然、自転車で走るモチベーションのためにある。セルシェーディングで輪郭線をクッキリ出したビジュアルは、景色が快い日差しを思わせツーリング欲を満たしてくれる。インディ音楽レーベル「Italians Do It Better」のシンセポップとウィスパーボイスも、涼しげな気候を思わせチル心地にひたらせてくれる。
そして、出会う人々のセリフは自転車文化への傾倒がほとばしる。みんな自分なりの速度で自転車を楽しんでいるのが面白い(日本語訳文もすばらしい!)。レース中はチームの誇りをかけた意気込みをしゃべる。世間話もゲームのアドバイスよりも自転車そのものについてが多い。ハマっている人特有の共感をもとめるボヤキから、「それを楽しんでいる」のだと受け取れる。ジョイと縁がつながりエンジョイできるのだ。
本作はオープンフィールド・レースゲームの核心を突いた。そこは巨大なレース場、ではなくエンスージアストたちが住む世界なのである。乗ること、見ること、聞くことに話すことが、プレイヤーにどう感じてほしいかを教えてくれる。もちろん、その熱気に同調できなくても大丈夫だ。レースに勝つためのパーツを納めた段ボール箱がそこかしこに置いてある。まずはパーツ探しを目的にいろんなところを走ってみよう。そのうち、走ること自体が目的となろう。
「スリップストリーム走行」、自転車用語で何と言うか知ってる?
現実の自転車競技では危険走行を禁じ、安全に配慮したルールを設けてある。本作のレースにそうしたルールはなく、チェックポイントを通過して1位ゴールを目指すシンプルな競争だ。そのかわりに自転車ならではのやんちゃなコースを用意してある。自動車の渋滞をすり抜け、ショートカットで悪路を突っ切り、ジャンプ台で家の塀も跳び越える。たまには自動車やカート以外に乗ってみたいレースゲームファンにピッタリの、刺激的なコースとマシンが用意してあるぞ。
主な操作方法はペダルを漕ぐ、ブレーキをかける、ハンドルを切るの3つである。ゆえに、ライン取りとコーナー前の減速が肝となる。ここまではピュア・レーシングの作りだが、ボタンひとつで急加速できる「ブースト」があり、レースゲーム初心者でも遊びやすい。ブーストゲージを溜める方法は色々あるが、他の自転車の後ろを走るとたくさん増える。ドラフティング(スリップストリーム走行)で空気抵抗を減らしてペダルを漕ぐ足を休ませると、加速につかうスタミナが溜まるというニュアンスだ。レース中の走り方は後ろを走って、ビュンと抜く、現実の自転車レースに近くなる。
そのブーストを活用しても、最初に入手する錆びた自転車ではレースに苦戦する。何度もチャレンジし、コースを覚えてショートカットを探すのもよいが、レースに勝てるバイクをビルドするのが手っ取り早い。オープンフィールドで拾ったパーツを組み合わせよう。走りに関わる4種のステータスをイジり、気持ちよくコースを流せる自転車を作ればレースに勝てる。また、パーツの中にはアビリティ付きのものもあり、自分ならではの走りを表現できる。悪路走行やブーストの強化、ジャンプ中の速度アップや滞空時間延長、などなど。そうしたステータスやアビリティをゲームパッドごしに体験でき、マシンとしての自転車になじめるのがたまらない。
ストーリークリアには全コースで1位ゴールを要するが、ブーストゲージやバイクビルドを活用すれば達成できる。コースの作りや対戦相手からプレイヤーを苦しめようとするそぶりはない。むしろ、レースを通じて自転車の乗り方やパーツの選び方を考えさせてくれる。そして考え始めたそのとき、自転車は移動手段からレクリエーションとなるのだ。自転車レースとバイクビルドがオープンフィールドの探索を促す。オープンフィールドの探索がスキルを育てバイクビルドの報酬を得る。街乗りからチームレースまでプレイフィールをシームレスにつなぎ、すべての瞬間を自転車の時間とした。
晴れすぎた日にちょうどいいサイクリング
『Wheel World』はこの夏イチオシのサイクリングスポットだ。オープンフィールド・レースゲームとしてソツのない作りながら、どの瞬間も自転車に乗る心地よさを感じ取れる。もちろん、自転車を愛好する人からすれば「ホンモノの楽しさにはかなわない」のは当然だが、ゲームだからこそ、フィクションだからこその醍醐味がある。
転倒や事故で怪我や故障がない。車道を爆走し民家の屋根を走っても怒られない。それだけでなく、画面に流れる景色も自転車を乗るのにちょうどよいフィクションなのである。作中の誰もがエンスージアストになるのも当然だ。ゲーム前半はのどかな昼の農村地や涼しげな山林が迎え、ゲーム後半では慌ただしい夜の都市部や散らかった工業地帯を走る。その景色にはどこかしら身近さがあり、まるで、自転車に乗れば今すぐにでも近い体験を得られそうな気にさせてくれた。
暑すぎて走れない今夏にオススメのゲームだと推奨しよう。サイクリング欲のうずきを癒やしたいなら本作を手に取られたし。ゲームクリアまで8時間と、週末で遊び終える短さながら自転車コースは一通り全部ある。これだけ映える景色の中を走れるのだからフォトモードが欲しかったところだが、あればインゲームフォトグラフィーに夢中になってしまいそうだ。自転車に乗るのを忘れてしまっては本末転倒である。本作は自転車に乗るゲームなのだから、流れる景色に心を奪われればよいのだ。