『KANADE』レビュー 植物に覆われたポストアポカリプス世界で描かれる、直球ボーイミーツガール恋愛ノベル

『KANADE』はフロントウイング25周年記念作品の第2弾であり、グッドスマイルカンパニー初のノベルゲーム作品だ。シナリオを『euphoria』や『リルヤとナツカの純白な嘘』の浅生詠氏が担当しており、ハードな作風と筆致で知られる同氏が、「恋」をテーマにした優しい世界を描くということで発売前から話題になっていた。本記事ではストーリーやキャラクターを紹介しつつ、どのような作品に仕上がっていたかについて書いていきたい。核心的なネタバレは含まないが、シナリオ内容には触れているため注意してほしい。
「恋」をテーマにしたポストアポカリプス
本作は「大緑禍」と呼ばれる原因不明の植物の大増殖によって、文明が退化した未来の地球が舞台だ。緑に覆われた世界の都市で暮らす主人公の少年「悠登(ゆうと)」のもとに、地球人と宇宙人のハーフの少女「カナデ」が来訪。お互い遠く離れた場所で暮らしていたが、悠登が飼っている伝書鳩の怪我をカナデが治療したことをきっかけに文通を交わしており、本作は2人が実際に会う場面からスタートする。
カナデは突然いなくなってしまった母の代わりに、「最高のラブソング」を歌って世界を救わなくてはいけないので自分と恋をしてもらえないかと話すが、本人も詳細を知らないためどうすれば良いのかが分からない様子。そんなカナデの優しく真面目でひたむきな姿を間近で見た悠登は、カナデに協力することを決め“二人で恋に落ちる”ために奮闘していく。

悠登が住む街には「伊織」「みのり」「亜希」という姉のような存在が3名と、ジャンク修理の師匠「じいさん」などが住んでいる牧歌的な雰囲気が特徴。カナデの歌には植物を操る効果があり、歌いながら町の困りごとを日々解決していくことで、カナデは悠登の婚約者としてすぐに馴染んでいく。そして未完成のラブソングを完成させるために、二人は交流を重ねていく。本作は非常にコンパクトな作品のため、あらすじの紹介は序盤のみにとどめておくが、悠登とカナデの恋路の行方はもちろん、「なぜ地球は植物に覆われたのか」「カナデの両親はなぜいなくなったのか」といったSF要素も見どころの作品に仕上がっていた。

ストレスフリーな物語で没入感抜群
『KANADE』の物語はとにかく読んでいてストレスがないのが魅力だ。例を挙げると悠登とカナデの関係は物語以前に深まっており、いわば恋愛アドベンチャーゲームにおけるルート突入後から本編が開始している。そのため短編タイトルながら二人の濃厚なラブストーリーを満足するほどに味わえた。

『ATRI -My Dear Moments-』『GINKA』で知られるゆさの氏のキャラクターデザインと、松本文紀氏による音楽が引き立てられ、シナリオだけではないグラフィックと楽曲の美しさというビジュアルノベルらしい体験ができた。カナデが歌唱するシーンが多いこともあり、オートモードでプレイして映画的に遊ぶのも楽しいだろう。
また、ストレスがないというのはキャラクター描写にも表れており、本作には悪役は存在しない。よく私が恋愛モノの作品をプレイしているときに感じるのが、プレイヤーとしてヒロインとのイチャイチャする様子を眺めたいのにも関わらず、シリアスな別れや外野キャラクターが物語をひっかき回すことの多さだ。当然そうした描写によってゲームに深みが増すことは理解できるが、本作のような短い作品では特に悪目立ちしてしまいがちだろう。

歴戦のビジュアルノベルゲーマーとして、『KANADE』でもカナデの「歌で植物を操る」という設定は人間との対立を招いたり、植物によって生活がままならない怒りの矛先が向けられてしまったりするのではないかと一瞬危惧してしまった。だが、サブキャラクターたちは恋路をあたたかく見守る役割に徹しており、遊んでいてつらくない「優しい世界」が成立していた。
ただ、ストレスがないからといって、物語の起伏がないわけではない。本作は世界の危機と、悠登とカナデのラブストーリーというシナリオの2軸が同じ重さで扱われており、会話を重ねて距離が縮まっていく様子に身悶えするように「二人の関係はどうなる!?」という牽引力でエンディングまで連れて行ってくれるだろう。

最後に『KANADE』を遊びつくした結果、テーマは「恋」のほかに「共生」なのではないかと感じた。宇宙人と人間のハーフであるカナデの存在はもちろん、「大緑禍」も人間社会と植物がお互いに憎みあって発生したわけではない。本作はカナデが母親からのメッセージを受け取る前に母親がいなくなってしまったという出来事があったように、常に公平で客観的な設定開示がキャラクター宛てにされるわけでない。あくまで受け取った側が見聞きした情報をもとにして、自分なりに考えて行動していくことでストーリーを駆動させていくのだ。また、“相手の気持ちを想像して慮る”というのは、そのまま「恋」における行動にも対応させることができるだろう。分断が進む現代社会において、この「共生」というテーマは一層響くのではないか。悠登とカナデの恋愛模様を応援しながら、そんなことを考えさせられた。
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