『Weekly Virtual News』(2025年5月19日号)
『VRChat』のアバター販売機能は“新規層獲得”やIPホルダーに追い風となるか?
ソーシャルVR『VRChat』に、かつてないほど大きなアップデートがやってくる。5月15日に発表された、プラットフォーム内に展開されるアバター売買機能「アバターマーケットプレイス」だ。
本機能は、クリエイターがアバターを出品し、ユーザーはマーケットページからアバターを探し、試着や購入ができるというもの。シンプルだが、長らく存在しなかった機能のひとつだ。
これまでの『VRChat』でユーザーが利用できたアバターは大きく分けて3種類だ。ひとつはメニューから選択できるデフォルトアバター。ワールド内に設置され、利用できる公開アバター。そして、ユーザーが自らアップロードするアバターだ。
アバターをアップロードするためには、ゲームエンジン『Unity』の開発プロジェクトを作り、専用の開発キットなどを導入した上で、アバターを導入・調整する必要がある。エンドユーザーにゲーム開発者並の環境、知識、手順を要求する、なかなかにハードルの高い営みだ。
それでも、国内ユーザーはそのノウハウを取得する傾向が強く、その影響で市販アバターを自分好みにカスタマイズする「アバター改変」文化が花開いている。日本ユーザーがすっかりこの文化に慣れきった中でリリースされるアバターマーケットプレイスが狙うのは、どのようなユーザー層だろうか。
『VRChat』にハマると「Unity」に詳しくなるワケ “アバター改変”文化の楽しさと苦悩
リアルサウンドテック編集部による連載「エンタメとテクノロジーの隙間から」。ガジェットやテクノロジー、ゲームにYouTubeやTi…大多数の『Unity』がわからないユーザーや、未来のモバイルユーザーがターゲット?
考えられるターゲットはもちろん、『Unity』を用いたアバター導入技術を習得していない人だろう。公式アナウンスで、導入背景として「Unityの使い方を学ぶこと自体が多くの人にとって大きな障壁」と触れられているのが、その論拠だ。
実際、英語圏では「Meta Quest」シリーズ単体で遊ぶようなライト層が多いと言われている。また、カスタマイズを施さずとも個性を出せる、多機能なアバターが流通しているとも聞く。このようなアバターを利用するならば、プラットフォーム内で直接購入できる方が手っ取り早いだろう。
もう一つ考えられるターゲットは、モバイル版で遊ぶユーザーだろう。すなわち、「Meta Quest」シリーズのようなスタンドアロンVRデバイス、そしてスマートフォンから『VRChat』にアクセスするユーザーだ。ハイエンドPCやVR機材を有する層よりも、確実に多い層であり、プラットフォームの人口を増やす上で、絶対に取り込みたい層だ。
こうしたユーザーは、モバイル端末しか持っていないケースも十分に考えられる。その場合、PC上で『Unity』を開くことはそもそも不可能だ。「アバターマーケットプレイス」は、iOS版のリリースが控える中で“未来のライト層”にリーチするための施策とも考えられる。
IP公式アバターを販売する土壌が整った?
そしてもう一つ、恩恵が大きいと思われる存在がある。IPホルダーだ。
アバターマーケットプレイスで入手したアバターは、大元の3Dモデルデータをダウンロードできないと説明されている。この仕様は、従来の『Unity』を用いたカスタマイズを好むユーザーには不満点となるだろう。
しかし3Dモデルを不特定多数に改造されない点は、配信データの保護ができるとも言い換えられる。この仕様が最も活きるシーンは、既存IPの3Dモデルデータを、『VRChat』向けアバターとして流通させたいときだろう。封殺したいユースケースを、利用規約などで提示する必要はない。第三者が配布することもできないため、海賊版対策にもつながる。「BOOTH」や「Gumroad」といった3Dモデルを扱うマーケットプレイスでデータを販売するよりも、安心感はあるだろう。
実際、アバターマーケットプレイスの発表と同日に、高評価VRゲームのひとつ『MOSS』の主人公・Quillのアバターが、アバターマーケットプレイスにて販売されると告知されている。「IPコンテンツの公式アバターが使える」ことがプッシュされれば、さらにユーザー数が増える可能性もあるだろう。ある意味では、これが本命と見てもよさそうだ。
既存アバター文化との共存
一方で、既存の『VRChat』向けアバター、および対応アセットの市場は引き続き残るだろう。アバター改変を志向するユーザーは3Dモデルの“現物”を求めるし、『Unity』を用いるアバター導入の難易度は、ハウツー整備と有志ツールの充実で、年々低下している。自由度の高いアバター自己表現の需要は、そうそう消失しないだろう。
また、売り手の視点に立つと、手数料の問題も大きい。「BOOTH」におけるダウンロード商品への手数料は「商品価格×5.6%+22円」だが、アバターマーケットプレイスの手数料は、既存の収益システムと同様に約50%と見られる。単純に考えると、「BOOTH」から移設するメリットは薄く見えてしまうだろう。
ただし、英語圏のユーザー数は、日本語圏ユーザーよりも多いと考えられる。多数の英語圏ユーザーに届くアバターであれば、手数料の差をひっくり返す収益が得られる可能性もある。その他にも課題はありそうだが、舞台が整えば「マーケットプレイスとBOOTHの併売」を仕掛けるクリエイターが現れるかもしれない。
アバターマーケットプレイスプレイスは、基礎的な機能が近日中にリリースされるとのことだ。リリース後もアップデートが予告されている。国内の注目を集めるメタバースに、本格的な経済圏の実装が期待される。