高まる防音需要で考える“理想の防音室”とは? 音響建築集団・mu:staに聞く「DIYではできない細部のこだわり」

 防音室といえば、何を想像するだろうか。音楽を演奏するリハーサルスタジオ、音楽を作るレコーディングスタジオ、映画館のシアターだって、防音室といっていい。自宅に作る防音室なら、ホームシアターやプライベートスタジオがメジャーだ。最近では、配信や宅録といったプライベートな空間・用途のために防音室を求める人も増えている。

 本稿では、横浜市に拠点を構える音響建築集団「mu:sta (以下、ムスタ)」を訪ね、彼らが作る理想の防音室とは何か、また防音需要の今についても突っ込んだ話を伺った。

 株式会社ムスタは、『音楽愛好家(演奏者・視聴者・制作者)のための空間造りに特化した音響建築集団』を謳う、2020年に創業した建築会社だ。日々の生活に「良い音」「良い音楽」だけでなく「良い響き」まで溢れることを願い、そのための空間をユーザーに提案してきたという。横浜市都筑区のムスタ本社を訪ねた筆者は、同社の代表である岩元公生氏から話を聞くことが出来た。

 同社ホームページを見ると、音楽室、リハーサルスタジオ、レコーディングスタジオ、AVルームと、スタンダードな防音工事のカテゴリーが並んでいる。前述したように、あえて「音楽愛好家」のためを謳っている理由について聞いた。

岩元公生氏(以下、岩元)「防音工事というと、騒音対策のための防音と音楽に関わる防音、大きく2つあります。設計手法の大部分は同じですが、気兼ねなく音を楽しめるのは大前提として、いわゆる音響特性、響きについてもプロのノウハウを注ぎ込んだ提案が出来るのが私たちの強みです。ほかにも機能性や居住性を複合的に考えた部屋造りを心掛けています。環境が変わることで、テンションが上がったりしますよね。機能面を満たすだけでなく、そのお施主様にとって少しでも特別感を持ってもらえる空間造りを目指しています」

 サイトには4つの代表的なジャンルを挙げているが、顧客によって求められるものはまったく異なってくると岩元氏は語る。

「楽器演奏の用途ですと、ピアノなどのクラシック楽器を演奏する方と、ギターやドラムの方では、求められる内容は変わってきます。レコーディングスタジオやDTMの用途ですと、音響特性にこだわるのはもちろん、デスク周りの機能性や電源の質、また部屋自体のS/N(雑音がなく、聴きたい音がよく聴こえるか)にこだわる方も多いです。AVルームでは、ホームシアターとピュアオーディオで少し要求は変わります。防音室と一言で言っても様々ですから、お客様のご要望に向き合えるよう、技術の向上も含め、意識を常に高く持つようにしています」

 単なる防音空間ではなく、顧客のニーズに合った“総合的にイケてる空間”を提供しているムスタ。2020年に創業された同社だが、実は筆者との関わりが深かったりする。オーディオライターである筆者は、岩元氏の前職時代の会社と付き合いがあった。前職でも音響建築を手掛けていた岩元氏。同社とライターとしての仕事をする内に自分も欲しくなってしまい、思い切ってプライベートスタジオを作りたいと持ちかけた。

 当時直接のクライアントであった草階氏(現在はムスタのスタッフ)に「橋爪さんもとうとう(沼に)堕ちましたね」と言われたことは一生忘れない。もちろん当時も今も笑い話だ。ちなみに筆者の防音スタジオ兼ホームシアター「Studio 0.x」の設計担当は草階氏である。

筆者の防音スタジオ兼ホームシアター「Studio 0.x」

 岩元氏が前職の会社を離れ、独立したのはどのような想いがあったのだろう。その理由も含めて尋ねた。

「同じエネルギーを使うなら自由にやりたいというのが最終的な決め手でした。前の会社でも自由にやれてはいたんです。ただ、会社の方針として守るべき点はどうしてもありまして。途中から、意匠とかデザインとか、自分だったらこうしたいのにという思いが芽生えてきたんです。会社の中でやれることはどうしても限界があって、もっと自由に自分の考えと責任でやってみたいと思うようになり、独立を決めました」

 もう1つの理由は、意外にもコスト面だった。防音室という大きな投資をする顧客を慮った言葉が岩元氏から出てきたとき、筆者は胸が熱くなった。

「防音室は安い買い物ではありませんので、ご依頼いただけることは重く受けとめています。この業界に長年いると、競合他社の価格帯を見る機会があるのですが、もったいないなと思っていました。自分だったら、もっとこうするのにと。小さい規模の会社なら今より自由に設計できるし、価格の提示もフレキシブルにできることが見えてきたので、独立という道を選びました」

 岩元氏の話は熱を帯びていく。

「弊社を立ち上げたとき思い描いた理想として、衣食住に並ぶくらい、生活する上での要素として音楽が身近にある、そんな世の中になればいいなというものがあります。衣食住・音楽ですね。だったら、気兼ねなく音楽を楽しめる部屋が普通の家庭に一部屋あるくらいになれば、もっとみんな幸せになれるんじゃないかと思うのです。もちろん実現は難しいのは分かっているのですが、そのくらいの勢いで、価格を抑えることも含め、音楽が好きな人が手軽に楽しめる環境作りにどこまで協力できるかを突き詰めてみたいと考えたのです」

 自らの建築というスキルで音楽文化の広がりに貢献したいと語る岩元氏。

 ライターであり音声録り専門のエンジニアでもある筆者は、仕事のためにホームスタジオを作ったが、やはりコスト面は散々悩んで相談を重ねた。当時、中古マンションを購入するという人生でも大きな決断をした時期でもあり、同時に進めていた防音室計画は、予算と中身のせめぎ合いだったと記憶している。これまでの岩元氏の話を聞いていると、『掛けるコストの最適化』とも言えるのでは?と水を向けた。

「そうですね、安いけどその中で最大限を提案できるというのが弊社の目指すべき路線です。モデルルームと事務所と加工場、そして倉庫。この4つの機能を1つの拠点にまとめたのもそれが理由です。抱えている職人も加工場に来てもらって、コミュニケーションを取りやすいようにしています」

「予算的にあまり余裕がないというお客様の場合、あとあと取り返しが付かない箇所に重点的に投資をして、後からどうにかなるものには低コストをチョイスするというご提案もしています。最近は、機材周りも含めて総合的に任せていただくことも多く、何を揃えたらいいか分からないという方でも、すぐに使える状態で引渡しが可能です」

 業界歴の長い岩元氏。これだけクオリティの高い仕事をこなすには、スタッフの確保は欠かせない。現在4名の社員を抱えるムスタは、岩元氏たった1人で始めたという。

「前の会社でお世話になっていた職人さんが、自分の起業にも協力してくれると言って下さったのが大きかったです。0から始めるとなると、到底無理でしたね。協力業者の当てもなく、仕事を取っても職人がいない、そもそも材料も調達できないのでは話になりませんから。信頼関係のあった職人の方が協力してくれて、あとから前の会社で一緒だった嶋田や草階が合流してくれたという流れです」

 ここまでムスタの特色や、成り立ちを伺ってきたが、せっかくなので、先ほども話題に出たモデルルームを見せてもらうことに。各部屋を回りながら、こだわりのポイントをたっぷり教えていただいた。記事では全てを紹介しきれないが、特に気になったポイントを中心にご紹介しよう。

AVルーム兼リハーサルスタジオのリハスタモード。

 最初にお邪魔したのは、AVルーム兼リハーサルスタジオ。12畳程度の広さで、天井は最高3.35mとかなり高い。物件としては倉庫なので、元々の壁は鉄板1枚で音は漏れ放題だった。それでもムスタの工事なら、D-70等級以上の高い遮音性能を実現出来るという。

AVルーム兼リハーサルスタジオのAVルームモード。

 壁の材質は、響きの質に関わってくる。無垢の木を張ったり、レンガタイルを取り入れたり、天井などはしっくいの左官仕上げだ。床は無垢のフローリングを採用。一般的な壁紙クロスはあえて使っていない。音楽が育まれてきた時代の壁材を参考にしているのだろう。

 映画視聴で活躍するサラウンドスピーカーは、目立たないように工夫が凝らされている。天井のトップスピーカーは当日グリルを外していたが、通常は付属のグリルや造作のカバーを設けるなど建築的に溶け込むようにしているそうだ。

 一般家庭の防音室では、夢の工事とも言えるのが、静音空調だ。別の部屋の天井裏に空調機を設置し、冷風や温風はダクトで送る。室内は適温なのに、風切り音は皆無。エアコンの音を気にせず、映画や音楽に没頭できるし、録音なども捗りそうだ。

コントロールルーム

 次にお隣のコントロールルームに移動。リハーサルスタジオや後述する音楽練習室の演奏をこの部屋で録音/モニターできるという。部屋の広さは一般的なプライベートスタジオを想定した約6畳。天井は最高2.4mだ。音楽の録音・ミックスに加えて、Dolby Atmos 7.1.4chの環境を整備。デスクはムスタの造作品。機材を収納する機能性はもちろん、正面のセンタースピーカーとモニターが被らないようにするために、それぞれの位置関係も考慮したそうだ。

2段に分けて凹凸を付けた音響パネル。間にある白の間接照明がオシャレだ。

 左手には隣の部屋でレコーディングをする際のアイコンタクト用に窓を設置。また、斜め後ろにドアを設置する関係で、サラウンドスピーカーの配置には難儀したそうだ。Dolby Atmosの規格の範囲内で、上から着座位置へ向かって角度を付けて設置。音響パネルも2段に分けて凹凸を付け、白の間接照明もオシャレに見せる。施工後の広さが約6畳という限られたスペースでも、このレベルの空間が提案できるというから、部屋が狭いと諦める必要はなさそうだ。

ピアノのある音楽室

 最後に上階に上がって、音楽室を見せてもらった。広さは、7畳より少し広いくらい。天井高は2.54m。木造の一階部分にピアノ室を作ったようなイメージだという。下の2部屋とは違い、いかに質のいい響きを実現するかを追求した部屋だ。吸音パネルは天井のみで、あとは全て反射。壁には無垢の檜の拡散体と板張り。壁や天井の平行面はしっくい仕上げ。床は無垢の檜を使ったフローリングだ。ピアノを弾いてもらったが、結構響いてはいる。しかし、音の粒立ちはハッキリしていて、木の温かみも加わった心地よい響きだ。

「ここまでは、原理原則で部屋を作れば自然とできる範囲なのですが、僕らの目標としては、その先を目指したいと思っています。ただ、質のいい響きが聴ける部屋と言うだけではなく、お客様の好みあった響きのコントロールを突き詰めていきたい。デッドな部屋が演奏しやすいというお声もいただく中で、目指したい理想は『響きは残るんだけど、響きは抑える部屋』……つまり響かせ方の追求です。この部屋を基準として、お客様と響きや余韻の調整について具体的に相談ができるというのもモデルルームがあるメリットですね」

 見た目が惚れ惚れするほど洒落ているのに、機能性もとことん追求。両立のクオリティが尋常ではないと圧倒される。そんなモデルルームの探訪を終えた筆者は、防音需要の現在値について切り込んでみた。2020年、初の緊急事態宣言の直前に創業したというムスタ。前職も含めて、コロナ前と後で変わったのだろうか。

「音楽って、生活に必須ではなく、あくまで余暇的な位置付けだと思うのです。我々はそれに付随する建築業ですから、仕事は減るという危機感はありました。しかし、コロナ禍に入っても減らなかったんです。ただ、依頼内容の内訳は変わりました。巣ごもり需要の高まりによって、プライベートな空間で音を出したいというご相談が増えました。最近の国内の動きを見ると、大型の業務用スタジオはどんどんなくなっていますが、プライベートスタジオの需要はこの先も増えるとみています。先ほども述べた「衣食住・音楽」という場が増えている訳で、弊社として今の流れに貢献できるように考えていきたいですね」

 プライベートというと、配信者やVTuberなどからの依頼もあるという。規模感や機能面はこれまで手掛けた防音室と異なるのだろうか。

「防音工事までは求めないが、遮音性能を挙げてほしいというご要望が多いですね。人の声に対してのケアであれば、楽器用の防音工事ほど大がかりにはなりません。電源関係、映える内装、機能面や意匠面の両立がメインになっています。広さは主に6畳くらいが多いです」

 防音や遮音は、DIYで施工をする人も少なくない。ムスタのような専門業者に依頼すると何が違うのか率直に聞いてみた。

「DIYでトライ&エラーでやっていく楽しみはありますが、我々は数をこなしていますので、ノウハウの蓄積を提案に盛り込めます。また、一般の方があまりご存じではない音響建築の原理原則を踏まえた設計が出来るのも強みです。その原理原則をベースに適切な遮音性能や音響特性を実現するのは当然として、さらにアレンジを加えてお客様に合う部屋をご提案できるということです」

 先ほど話題に出た配信者のような人なら、大規模な工事の必要は無さそう。それこそDIYでもいいのではと思わないでもない。

「機能面と意匠面の融合などは我々の強みではあります。もっと根本的な例を挙げると、一般の方が行なう吸音対策は、有効になる面もあれば、まったく機能してないこともあるんです。それをご存じないまま、コストも労力も掛けてしまわれるケースは珍しくありません。僕らなら、何かご要望をいただいたとき、同じコストを掛けるなら、その何倍もの機能をいかに持たすかを追求するのです。例えば、DIYで10万円分の機能を目指して20万円掛けちゃうところを、我々業者は10万円分の価値を出すのに5万円の費用で実現することを目指します。もっというと、求める価値は10万円分でもそれ超える価値を出せるように追求します」

 なるほど、分かりやすい例えだ。「ここまで言ったら、ちょっと自分たちのハードル上げちゃいましたね」と笑う岩元氏。基本的な見積もりは無償で受け付けているそうなので、まずは相談してみてほしいそうだ。

「昨今の材料費の高騰など、原価が上がっていく中で、身近に防音室を持っていただくという願いから現実が離れていくのは感じています。その分、弊社はノウハウでコストを抑える工夫をしていきますし、同じ価格でもパフォーマンスの高い部屋作りを目指したいですね。防音室で気兼ねなくオーディオやホームシアターを楽しめば、きっと良さって伝わると思うのです。まずは弊社のモデルルームでもいいですし、体験が出来る場を増やしていきたいと思っています」

 おぼろげだった防音室への憧れが具体的なイメージに変わると、夢物語が達成したい目標に変わる。俄然、意欲が沸いてくる。筆者の実体験だ。

 岩元氏と話して分かったのは、音楽を楽しむ文化の発展に向けて、とても熱心かつ真摯であり、それを形にする実力と経験も備えているということだった。彼はともに会社で働くスタッフも増やしたいと語る。建築に興味があれば、他のことは教えるので、まずはご連絡をとのこと。

 防音室というと、何百万円も掛けて作るお金持ちの道楽……と考えていた筆者。7年前に作ってみて、確かに安い買い物ではなかったが、自宅の中に“文化的な施設”が出来たような感覚が今でもある。気兼ねなく音楽を楽しめる空間、音を気にせずやりたいことが出来る空間、もしも興味が出てきたら、まずはムスタに聞いてみてはいかがだろう。

株式会社ムスタ(mu:sta):https://mu.sta.design/

関連記事