『パラノマサイト』コミカライズ版は“成功例”となるか? 個性際立つ群像劇とメディアミックスの好相性
スクウェア・エニックスは2024年12月27日、『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』コミカライズ版のタイトルを『パラノマサイト FILE25 霊感少女・黒鈴ミヲの邂逅』に決定し、2025年中に連載を開始する予定であると明らかにした。
原作は、新規IPながら口コミで話題を集め、稀に見る高評価を獲得した。そのメディアミックスとして、発表当初から動向が注目されていた同作は、ありがちな多重展開に対するファンの不安を払拭することができるだろうか。
小規模制作から生まれた群像ホラーミステリーADV
『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』は、2023年3月9日にスクウェア・エニックスより発売されたアドベンチャーゲームだ。プレイヤーは昭和後期の墨田区を舞台に、本所七不思議の伝承にまつわる「呪いの力」を手に入れた登場人物たちの、「蘇りの秘術」をめぐる物語を見つめていく。
特徴となっているのは、「登場人物それぞれの視点に立ち、時間や場所を入れ替えながらシナリオの本筋を追っていく」というストーリーテリングの形。小規模で制作されたタイトルであることから、デザインそのものはミニマルなつくりとなっているが、こうした設計や個性的なキャラクターの存在がゲームに独特の没入感を生んでいる。そのような点がユーザーに評価され、同作は発売直後から各所で高評価を獲得。2023年9月に開催された『日本ゲーム大賞2023』では、並み居る作品たちのなかから優秀賞にも輝いた。
本稿で取り上げる『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』コミカライズ版は、同作の発売から1周年のタイミングでサプライズ発表されていたもの。当初は「(登場人物の一人である)『黒鈴ミヲ』を主人公のひとりに据えていること」「ゲーム本編後に起こった新たな事件が描かれること」「おなじみのキャラクターたちが再登場すること」「脚本を推理作家の川崎草志氏が、作画を漫画家/イラストレーターの桃山ひなせ氏が担当すること」など、一部の情報が明かされるのみとなっていたが、ついにタイトルと発表時期が決定した形だ。
年内の連載開始を前に、スクウェア・エニックスは1月1日、『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』公式Xアカウントを通じて、導入部にあたる9ページ分を先行公開している。一連の動向を見るかぎり、“Xデー”はそう遠くない時期となりそうだ。
作品性に隠された成功の要因とは
現在に至るまで、ゲームはもとより、小説やマンガ、ドラマ、映画、アニメなど、さまざまな分野をまたぎ、繰り返されてきているメディアミックス。しかし、過去を振り返ると、決して少なくない事例が、原作の築き上げてきた求心力を低下させる結果へとつながってきたように思う。そのような商習慣を知るファンにとっては、『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』のコミカライズ化もまた、一方で期待に胸を膨らませながらも、もう一方では不安の募るトピックとなっているのではないだろうか。
その反面で、同様に原作を楽しくプレイした私は、『パラノマサイト FILE25 霊感少女・黒鈴ミヲの邂逅』が面白い作品となるような予感がしている。それはなぜか。『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』の作品性とメディアミックスのあいだには、独特の相性の良さが存在しているからだ。
先にも述べたとおり、『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』は、「登場人物それぞれの視点に立ち、時間や場所を入れ替えながらシナリオの本筋を追っていく」というストーリーテリングの形を作品の特徴としている。ゲーム内には、複数名の主人公格の(またはそれと同等の存在感を示す)キャラクターが登場。プレイヤーは章ごとに視点を変えながら、それぞれのパーソナリティや、「呪いの力」を手にした経緯、「蘇りの秘術」を求めた理由などを知っていくことになる。
「群像劇」や「群集劇」「アンサンブル・キャスト」といった用語で親しまれるこうした手法によって、同作では、一般的な物語では端役にとどまっているような登場人物が、ある意味で“分不相応”とも言える高い人気を獲得している。能力者のひとり「並垣祐太郎」は、その最たる例だろう。「地元の名家出身で、自身も一流大学に通う」というバックグラウンドを持つ彼は、“作中きってのクズ”だが、発売後に実施されたファンへのアンケート企画では、好きなサブキャラクターの1位にランクインした。ディレクター/シナリオライターの石山貴也氏は、「数少ない悪役としてデザインされた彼に人気が集まったのは想定外だった」と語る。練り込まれたシナリオが高評価の主因となった一方で、そのストーリーテリングを、並垣祐太郎に代表される登場人物の個性が支えてきたのは言うまでもない。
多くのメディアミックスでは、前日談や後日談、脇役の視点などが新たな物語のテーマとして取り上げられやすい傾向にある。原作におけるメインキャラクターのひとり「黒鈴ミヲ」を主人公に据え、ゲーム本編後の世界を描く『パラノマサイト FILE25 霊感少女・黒鈴ミヲの邂逅』も決して例外ではない。しかし、同作には圧倒的に優れている点がある。「原作に登場した人物たちが豊かな個性を持つこと」「(小規模制作であることに起因するミニマルなつくりを背景とした)各キャラクターのバックグラウンドに対し、プレイヤーの“想像の余地”が大きいこと」だ。
前者に関しては、群像劇のスタイルをとっていたことがファンをスムーズにメディアミックス先の新しい世界へといざなう動線となる。他方、後者に関しては、原作シナリオとのあいだに矛盾が生じにくく、ファンにとっては盛り込まれた公式による二次的な設定が、あらためて原作を推すためのご褒美ともなる。このような好相性によって、『パラノマサイト FILE25 霊感少女・黒鈴ミヲの邂逅』は期待以上の結果をもたらす可能性がある、と私は考えている。
惜しむらくは、「呪いの力」「蘇りの秘術」をめぐる争いをテーマとしている手前、作中で死んでしまった登場人物たちが少なくないことだろうか。今回のコミカライズにあたり、新キャラクターの「桜宮弐乃(さくらみや にの)」が、黒鈴ミヲと並んで主人公のひとりに据えられている背景には、そのような事情からの影響もあるのだろう。
もしコミカライズが商業的にも良い結果をおさめれば、別の形で新たなメディアミックス作品が制作される可能性もある。やがては、並垣祐太郎をはじめとした人気のキャラクターたちが、主人公となる日も来るのかもしれない。
とはいえ、新たに別の作品として描く以上は、高評価を獲得した『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』と同等、またはそれを超える完成度が求められることになる。コミカライズ版の制作に、原作でディレクター/シナリオライターを務めた石山貴也氏は携わるのか。もし携わるとすれば、どのような役割を担うのか。登場人物たちの個性を含めた原作の世界観は守られるのか。ファンの疑問は尽きないだろう。『パラノマサイト FILE25 霊感少女・黒鈴ミヲの邂逅』は、原作に比肩しうる大きな成功を掴みとれるか。発売の日を楽しみに待ちたい。
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