“枠”を超える者と、去る者と。 3人の識者が振り返る、2024年のバーチャル業界(中編)
ピリオドをどう受け入れる? 卒業と“転生”に思うこと
草野:とはいえ、正直なところ、僕らはあくまで、完全な他人でしかないわけです。卒業を悲しむのはOKだとしても、他人を叩こうなんてしなくていいんですよ。これって、例えるなら「バンドを辞めます」というのと一緒なんです。「バンドを辞めて一般人になります」といって辞める人にむけて、普通は怒る人なんていないじゃないですか。
それに、あくまで仮定の話ではありますが、もしあるタレントが辞めたあと、転生して、名前もキャラクターデザインのビジュアルも変えて活動していることに気づいたら、怒るよりも喜ぶ気持ちのほうが大きいはずでは、と僕は思うんですよ。
なぜ、そこで怒りの感情が発生するのかが、僕はあまりよくわかっていないです。名残惜しい気持ちはあれど、そこに怒りが混じる感覚は、僕にはなくて。
浅田:それには、昨年の対談で「方針の違いで辞めるケースが増えたとしても、それが本人にとってはベストだ」と述べた通り、大きく同意します。一方で、卒業と転生に反発する人は、「何かしらを投資した結果が急に瓦解すること」への怒りもあるのかなと思います。
例えば、あるVTuberが活動を終了するとき、その時点でその人に投資していた金銭的投資が無に帰すと捉えてしまう可能性がある。かつ、金銭的だけでなく「感情的な投資」もあるはずですよね。「この人を応援したい」というような。
ファンによる推し活は、自身のお金と時間と感情を投じることが一般的になっています。そこで「もう辞めます」と推しに告げられた時、己の投資先が勝手に崩壊したと思う人はいると思うんです。「自分が今まで投じてきたものを全部ゼロにする気か」って。僕自身、2018年ぐらいにはそういう気持ちになった経験があるので、わからなくはないです。
そして、より多くのリソースを投じた人にとっては、タレント本人ではなく所属事務所に対して「お前がちゃんとしないから投資先が潰れたんだぞ」と言ってしまう人がいると思うし、ましてや転生が発覚すると「今までの投資はなんだったんだ」って思うはずです。要は、人ではなく、「己が好意を抱き、夢見た概念としてのVTuber」への思い入れがトリガーであり、それを演じてきた人への感情なのではないかなと。
たまごまご:ただ、ファンが演者に対して怒っているのって、あまり見たことがない気がします。企業へ怒っている人の心情はお二人のおっしゃる通りだと思いますが、演者に対しては優しい反応が多い気がします。
あと、それこそ確証はないものの、ある人がその後転生したことについても、そこまで怒りを表明している人も見ない気が。むしろ、かつて「VTuberをやめます」と宣言することって、キャラクターの消滅と捉え、「VTuberの死」とも言われていたほどじゃないですか。
草野:懐かしい言葉ですね。「VTuberの死」って。
たまごまご:それを踏まえると、最近ホロライブが発表した「配信活動終了」は、「卒業はしたけどいなくならない」と扱う、ベストなスタイルだと思います。あと、ギルザレンIII世さんの配信で卒業した鈴鹿詩子さんと鈴谷アキさんがイレギュラーな形で復活したのも「ちょっと戻ってきた感」があって感動しました。キャラクターは死なないし、たまに戻ってきて、普通にお話しすることもある。いい具合に逃げ道を残していますよね。
浅田:いわゆる「一般人に戻る」をVTuberにあてはめた、現時点で最も腑に落ちる扱いですね。
草野:ただどこか心のわだかまりみたいなものってあるんですよ。どういう言い方をしても、いなくなるのは寂しいねって感情は、やはり拭えないものです。方向性の違いや、激務がつづいて体調が優れないなど、いろいろ事情があるにしても、ファン側がどうピリオドを受け入れるべきなのかは、ニュースやインタビューを行なうジャーナリズム側から納得できる視点や言葉を提供していくべきだなと思います。そういうことを考えて今年、「ピリオドの受け入れ方」というテーマのコラムを書きました。
湊あくあ、鈴谷アキ、成瀬鳴……人気VTuberの卒業が相次ぐ今こそ考えたい、“ピリオドの受け入れ方”
2024年前半を過ぎ、ホロライブ・にじさんじの2大プロダクションを筆頭に、活動休止・卒業・契約解除の知らせが相次いでいる。
浅田:僕自身、2018年にアマリリス組の崩壊でそれを自主的に学びましたが、一回経験して免疫をつけるフェーズって、どんな物事でも重要じゃないですか。平易に言えばそれは「慣れる」なんですが、キズナアイさんが8周年を迎えたこのご時世、いい加減慣れていかないともっと辛いことあるよと、受け入れ方と合わせて伝えていくのがよいのかもしれません。
ファンも業界も、“幼年期の終わり”を迎える
たまごまご:こうした課題に、ホロライブが会社として動こうとしたのは一歩大きな前進だと思います。どう捉えられてるかは別として、ちょっとがんばってみようって思ってくれたのは嬉しいです。他の企業も、どうやっても火がつくことだから、どうみんなに免疫をつけさせようかと考え始めているフェーズなのかもしれないですね。
浅田:運営サイドも、ちょっとずつ価値観やルールをアップデートしていこうとしているように見えますね。そう考えると、ななしいんくはやはり先進的だと思わされますね。一期生の日ノ隈らんさんも、名義・アバターそのままに個人勢になったじゃないですか。
たまごまご:ななしいんくはみんな活動しやすそうですよね。みんなのびのびと、好きなことをやってるなと思って見てます。ぶいすぽっ!に移籍した小森めとさんもいらっしゃいましたよね。IPごと手放すのはほんとにすごいことですよ。
草野:活動終了の理由として「激務すぎること」を挙げて活動をやめられた方もいますけど、もしも違う事務所にいたらまた違う活動を長く続けていたのかもな、なんてことも頭をよぎっちゃいますね。
たまごまご:みんな、これだけ続けたら立派ですよ。長い方で6年、沙花叉クロヱさんでも3年と考えると、そりゃあ転職くらいしてもおかしくない年数になりますから。
草野:ライフステージにも変化が起こりますからね、6年って。家族の都合だったり、自身の体調や体力であったり、そういう事情を、タレントの意識があるからこそ言えないケースはあると思うんですね。
浅田:というか、いまどきの社会人って、勤めてから5〜6年で転職が視野に入るものじゃないですか。VTuberの転生を同業種での転職みたいなものとして捉えるなら、もっと受け入れられてもいいと思うんですけどね。
草野:言われてみると、子どもの頃に「転職」と聞くと、ものすごい大事のように感じましたよね。「親父が会社辞めてさ……」と言われると、「えっ!? お父さん会社辞めるの!?」と、なにか大変なことのように聞こえましたけど、いざ大人になるとそこまで大事ではない。時代の変化もあると思いますけど。
浅田:実は、天と地が終わるようなことではなかったというね。なんというか、この件も含めて、いま起きているVTuber業界の変容って、“幼年期の終わり”なのかもしれませんね。
草野:なるほど。そして“成熟期の始まり”……!
たまごまご:育ってきたVTuberがいっぱいいて、『VRChat』もにぎわって、これからさらに変革していく、と。
草野:VTuberシーン、『VRChat』シーンの、モラトリアムの終わりでもありますね。それは株式上場や様々なタイアップによって、世界基準のものを目指せる道筋が本当に見えてきてるからこそ、こういう言葉が出てくるのかなと思います。
たまごまご:たしかに、上場企業になったおかげで、できることはいっぱいあると思うのですけど、VTuberの配信的にはちょっと窮屈になってる現状もありますよね。先日、月ノ美兎さんも「上場企業はこれ流せないんだわ」みたいなことを言っていました。
草野:冗談めかして笑って言ってますけど、リアルな事情だろうなと。
浅田:そして、“あの委員長”がそういうことを言うようになったのも、6年という月日の重さを感じますね(笑)。そう考えると、かつてVTuber界隈にあったようなアングラな勢いを、いま『VRChat』に感じている人は、意外といるのかもしれませんね。
草野:それもあると思いますし、先ほど挙げた新興勢力や個人勢が獲得したファン層も、エッジなものを求めている人かもしれませんね。
たまごまご:個人勢には尖ったものをずっとやり続けてる人はいますね。火葬場系VTuberのさいば萌さんとか、最近は日雇礼子さんも元気に活動していらっしゃいます。