日本発→北米で大ヒットのVRゲームはどのように生まれたのか? 「バールを引っ掛けて登る」ゲームで“狙い撃ち”成功の背景

 バールを地形に引っ掛けて登る――たったそれだけのルールのVRゲームが、いまアメリカのキッズたちにウケている。

 本作を開発したのは渋谷宣亮氏。彼は日本のVRゲームの販売と開発を手掛ける会社「MyDearest」に勤務している。『東京クロノス』などのVRアドベンチャーゲームが有名なMyDearestから、まさかのカジュアルゲームが登場した形だ。

 プレイしてみると、ルールを一瞬で把握できるシンプルさの奥に、ほどよいストレスと達成感が交互に訪れる絶妙なゲームになっていた。素晴らしい出来のミニマルゲームを、北米圏でヒットさせるためにいかなる施策を取ったのか。インタビューさせていただいた。(各務都心)

CROWBAR CLIMBER【クローバークライマー】| Trailer

――『クローバークライマー』のヒット、おめでとうございます。本作を作る際の出発点(アイデア元、参考にした作品、面白いと思った瞬間など)についてお聞かせください。

渋谷:出発点は、自分のお気に入りのVRゲーム『Boneworks』のような「物理演算で道具を使いこなす感覚」と、大ヒットVRゲーム『Gorilla Tag』のように「プレイヤーが両腕を大きく動かして移動する」要素を組み合わせれば「両腕でなにかを持って移動するゲーム」ができ、これは面白くなるのではないかと思ったことです。

 「つまり、それってVR版『Getting Over It with Bennett Foddy』じゃない?」という結論にたどり着くのに時間はかかりませんでした。Getting Over Itへのリスペクトはありつつ、ゲームプレイの感触のユニークさはGetting Over Itと異なるものを作れた自負があります。

 本作がプレイヤーの持つ道具としてバール(Crowbar)をチョイスしたのは、「地形に引っ掛ける」という動作においてはハンマーよりもバールの方が優れていること、そしてなにより北米ゲーマーの間ではバールがビデオゲームの象徴的存在(FPSの金字塔『Half-Life』の武器)として愛されているためであり、私自身もバールのことが好きだからです。

 Getting Over Itのように一本の道具を両手で持って移動するのはVRに向いていないだろうと考えたため私は採用しませんでしたが、クローバークライマーとほぼ同時期にリリースされたVRゲーム『Clamb』は両手で握った一本のハンマーで山を登るように作られています。

――上手く引っ掛からないフラストレーションと、上がれたときの解放感がなんとも絶妙なバランスでした。気を付けたポイントはどこでしょうか?

渋谷:開発当初はもっとバールを振り回すときの慣性が強かったのですが、「思ったように操作できない」という社内のフィードバックを受けて慣性を弱くしました。とにかく社内のテストプレイのフィードバックを受けてギリギリまで調整し、そのうえで「物理演算っぽさ」は失わないレベルの重みのある挙動にしました。

 また、レベルデザイン(ステージ設計)はとにかく自分が徹底的にプレイして、プレイヤーにとっての違和感を減らしつつも難局を乗り越えたような達成感を感じられるよう、調整を重ねました。ただ、難しいだけでなくプレイヤーにとって常に何らかの発見や気づきがあるような謎解き要素も入れて単調さを減らしました。

――今後もアップデートを続けていくようですが、いまのところどういったアイデアがありますか?

渋谷:10月末にリリースしてから、11月末にマルチプレイ対応アップデートを実施、12月は細かい調整と新ステージ追加アップデートを実施しました。1月以降はプレイヤー人数や反響に応じてステージ追加や細かい調整を続けるか、新作に着手するかのどちらかになると思っています。いずれにせよ、細く長く売れ続けてくれるとうれしいですね。

――本作のために新レーベル「Bazooka Studio」を立ち上げられましたが、どういった意図があるのでしょうか?

渋谷:MyDearestはこれまでシングルプレイのVRアドベンチャーゲームでファンを獲得したため「ストーリーテリングを重視している会社」というイメージが自他ともにあります。また、直近では組織に関わる人数が数倍に増えたり運営型のマルチプレイ対戦ゲームをリリースしたりしたことで、「より大規模のゲームを作っていく」という方針になっていました。

 一方で、直近のVRゲームのトレンドがカジュアル化していることもあり、ストーリーテリングの比重が小さいジャンルや規模の小さいVRゲームの開発に着手したい意向が会社にありました。

 『クローバークライマー』はこれまでのMyDearestの作品とは似ても似つかないプロジェクトではあったので、社内で議論を重ねた結果、あくまでサブブランドとしてリリースすることで「これまでのMyDearestのブランドとは異なる方針のゲームです」という落としどころを用意することになりました。

 また、今後は自分以外の開発者からもBazookaのレーベルで小規模な作品が出ると思うので、どんな作品がリリースされるのか私自身も楽しみにしています。

――本作のプロモーションではTikTokを用いたそうですが、その狙いと、どの程度反響があったかお聞かせください。

渋谷:社内にTikTokに特化した動画編集担当チームがあり、チームでTikTokらしい動画を研究してVRゲームの最適なショート動画を作りました。英語圏のティーンに刺さるように、ショート動画の企画・台本・撮影・運用まで一貫して社内で行っています。アメリカ出身の社員がアイディアを出したり、フランス出身の社員が原文を意訳してナレーションを入れたり、少人数ながら非常に面白い作り方をしています。

 自分としては開発に集中したいのでプロモーション面はほとんどノータッチですが、プロモーションチームからの要望に応じて(TikTokのコメント欄でリクエストのあった)機能を実装したり、プロモーション映像を撮影したりしています。

 また、自分がRedditでクローバークライマーの発売告知のスレッドをいくつか立てたのですが、そちらも過去にあまり見られないほど伸びました。バールで崖を登るゲームというアイディアは、自分が想像していた以上に北米ゲーマーにとってフックのあるコンセプトだったようです。

――海外と日本のVR市場について、どういった違いを感じますか? また、どういったところに勝機を感じていますか?

渋谷:前提として、VRゲーム市場というのは8割から9割が北米を含む英語圏だと考えてよいです。そのため、「英語圏以外には市場とよべるほどの規模は存在しない」と表現した方が適切かもしれません。無論、日本はVRが普及していない国の中では圧倒的にVRへの関心が高い地域であり、ビデオゲーム産業が強い以上は作り手のVRへの関心も高い地域だと思います。

 直近では「いかに北米のティーンに刺さるVRゲームを作れるか」が世界中のVRゲームスタジオにとっての至上命題となっています。いまもっともVRに熱心なのが北米のティーン層であり、それらのターゲットを狙い撃ちにしたVRゲームを作ったNew Folder Gamesがヒット作(『I AM CAT』『I AM SECURITY』ほか)を連発したことにより、ある種のVRゲームスタジオのモデルケースとして扱われています。

 日本の開発者が北米のティーン層を狙って刺すのはなかなか難しい面があるのですが、UNIVRS社の『進撃の巨人VR: Unbreakable』がヒットしたことで風向きが変わったように思います。それに引き続き、今回のクローバークライマーでも日本のゲーム開発者が北米ユーザーに刺さるものを作って当てることは可能だと証明できたのではないでしょうか。

 個人的な感触としては、Meta Questの市場のトレンドはハードコアゲーマーが多いSteamよりもカジュアルゲーマーが多いApp Storeなどに近いように感じています。日本のインディーゲーム市場ではSteamとNintendo Switchの二極化が進んでいると思いますが、またそれらとは違った文脈が求められます。ただ、どちらかといえばNintendo Switchのランキング上位に近いかもしれません。

――国内のVRゲーム界隈は今後どのような動きがあると思いますか?

渋谷:歴史的にアメリカで普及したテクノロジーやマーケットは他国でも遅れて同様の現象が生じるので、若年層にVRが浸透していく現象は日本でも起こるのではないかと思います。

 ただ、日本ではVRに熱心なユーザーとゲームに熱心なユーザーが必ずしも一致しているとは限らないのかもしれません。さまざまなインディーゲーム展示会に趣味で行っているのですが、VRゲームを作る個人開発者の方と巡り合うのは難しいです。そのぶん、インディーゲームのシーンが成熟してライバルの多い状況で「他人と違うことをする」ブルーオーシャン戦略を選ぶ個人開発者にとっては、VRゲーム市場には十分なチャンスがあると思います。

――本作に限らず、今後はどういうクリエイティブに携わっていきたいですか?

 MyDearestでは本作のような小粒なBazookaのプロジェクトにディレクションおよびプロデュースで関わることになるかと思います。それと同時に、自分の力量でコントロールできる小さいプロジェクトもなんらかの形で引き続きやっていきたいです。


 日本から海外にVRを多角的に展開していきたいというMyDearestの戦略や、カジュアルゲームや小さいプロジェクトをしっかりとヒットさせていくという意気込みを感じるインタビューだった。『クローバークライマー』の次を担う作品の登場に期待したい。

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