メタバース原住民が『MeganeX superlight 8K』をレビュー 8K有機EL対応のモンスターマシンはいかに
日本のXRハードウェアメーカー・Shiftall社はパナソニックとの共同開発により、2024年10月にハイエンド新型VRゴーグル『MeganeX superlight 8K』を発表した。
何やらスペックがものすごいことになっているとのことで、気になっていた筆者はShiftall社に潜入。実際に新型VRゴーグル『MeganeX superlight 8K』の実機を試すことができた。
本稿では、実際に製品を試したレビューをお届けすると同時に、なんと今回、特別に筆者の『VRChat』フレンドでもあるShiftall・岩佐社長がマンツーマンで本機について解説してくれたので、気になるポイントや誕生秘話もお伝えしていこう。
驚きの性能を持つ『MeganeX superlight 8K』
まずは前段として、『MeganeX superlight 8K』がどういったVRゴーグルなのかを解説しておこう。本機は「185g」の超軽量と、有機ELによる高コントラスト・8K弱の超高解像度を両立した、まさに“モンスターマシン”である。
8Kの高解像度で映像を楽しめるだけでなく、超軽量&有機ELで長時間被っていても疲れないので、「VR睡眠(メタバース内でゴーグルを着けたまま寝ること)」にもうってつけだ。
本機は外部センサーである「ベースステーション」を室内に設置する規格・ライトハウス対応で、既存の高性能な「フルトラ(フルトラッキング)」環境がそのまま利用可能だ。おまけにゴーグル部が額に移動する「フリップアップ機能」を備え、瞬時に「VR飲み会」などの催しに参加したり、PCでの作業に移れるなど、どう考えても「メタバース原住民」を狙い撃ちして開発された機体である。
一方で徹底的な軽量化のためカメラや内蔵スピーカーは一切搭載されておらず、今流行りのMR機能や単体動作(スタンドアローン)性能は大胆にオミットされている。
これについては、筆者のようにほとんどソーシャルVRにしか使わないユーザーには、MR機能は正直全く必要ないという人も多いだろうし、既にライトハウス環境があればスタンドアローン性能も不要なデッドウェイトだ。
スピーカーはUSB Type-C端子に好きなものを付けられるが、筆者の場合はどうせボイスチェンジャーを外付けするので「VRゴーグルに内蔵スピーカーなんて要らないのに(その分軽く安くしてほしい)」と常々思っていた。
この『MeganeX superlight 8K』は、そんな一部の偏ったユーザーにはぴったりの超尖ったマシンなのである。
また、名機『VIVE Pro』など有機EL搭載のライトハウス機からの移行先に困っているユーザー(いわゆる「VIVE Pro難民」)は、本機が気になっているという人も多いのではないだろうか。
圧倒的スペックを誇る『MeganeX superlight 8K』
以下は公式サイトのスペック表から筆者が特に注目した部分をピックアップして独自にまとめたものだ。★は同社の現行機『MeganeX』(以下、『無印MeganeX』)との差分である。価格は維持しながら、解像度は倍以上になり、重量は半分以下という凄まじいまでのスペックアップとなっている。
価格:¥249,900(税込)※予約受付中。2025年1~2月発送予定。
★無印MeganeXと同価格
ディスプレイ:OLED(有機EL)
解像度:片目3,552 x 3,840px、両目8K弱
★無印MeganeX(片目2,560 × 2,560px、両目5K強)の2.08倍
重量:185g未満(本体部のみ)
★無印MeganeX(アダプター搭載時約385g)の48%
トラッキング:ライトハウス方式(ベースステーション1.0&2.0に対応)
★無印MeganeXは内蔵カメラによるインサイドアウトで、外付けのアダプターでライトハウスに対応していたその他の特徴
・フリップアップ機能(ゴーグル部が額に移動可能)
・電動IPD(瞳孔間距離)調整機能
・左右独立ピント調整機能(0.15程度までの近眼に対応可能)※参考:Shiftall公式サイト(MeganeX/MeganeX superlight 8K)
販売価格は無印『MeganeX』と同価格の¥249,900(税込)、解像度は片目3,552 x 3,840px、両目8K弱と無印の2.08倍にもなる。それでいて重量は185g未満(本体部のみ)と、無印の48%だ。
特に解像度については言葉で説明してもイメージが湧かないと思うので、代表的な既存のVRゴーグルと比較した以下のような解像度マップを作成してみた。一番外枠が本機である。
実機:めちゃくちゃ小さい
実際にShiftall社に潜入して『MeganeX superlight 8K』の実機をみせてもらい、驚く。『VIVEトラッカー(2018年式)』2個分くらいの大きさであり、とても小さい。
実際に持ってみると、大きさだけでなく、重さ(185g)もちょうどトラッカー(89g)2個分くらいであった。
装着時はストラップを使用して頭に固定する。基本的には額のパッドで重さを支えるタイプとなっている。
なお、ストラップの基部には穴が空いていて、ここにトップストラップを追加して頭頂部全体に重さを分散したり、ニーズに合わせて自由にカスタマイズしたりできるとのことだ。このあたりも、勝手に改造してしまうようなヘビーユーザーを意識したつくりとなっている。
底面にはコネクタ類・ボタン・ダイヤル・マイクなどがびっしりと並んでいる。拡張用のネジ穴が付いていて、ここに顔トラ(フェイシャルトラッカー)なども増設できるそうだ。
実際に『MeganeX superlight 8K』を被らせてもらうと、とても軽い。
筆者は普段、本機(185g)の4倍以上もある『VIVE Pro』(770g)を普段使いしているのだが、VRゴーグルは重量よりもホールド感や重量バランスの方が遥かに重要という考えだ。
最近の軽量なVRゴーグルでも、横方向の締め付けだけで長時間使っていると頭が痛くなりやすい(いわゆる「孫悟空の輪っか」状態)ので、トップストラップは必須だと思っていた。
しかし、本機はあまりにも軽いため、そもそも締め付けを強くする必要が無い。そこそこ長時間被らせてもらったのだが、締め付け感をほとんど感じず、額も痛くならなかった。ここまで異次元のレベルで軽くなってしまうと、もはや筆者の常識は通用しないのかもしれない。
くわえて、本機はストラップにハード素材が一切存在しないため、寝ころんだ状態で使用することもできる。有機ELで光が漏れず、暗闇の再現度が高いこともあり、ソーシャルVRでみんなで集まって眠る「VR睡眠」にも最適だ。
筆者も実際に寝転がってみたが、頭を横にして寝ても干渉しないので、寝返りを打つことすら可能であった。また、フリップアップも快適で、片手で簡単に開閉することができた。
自分の視力が上がったような感覚になるほどの高解像度
実際に『VRChat』をプレイさせてもらい、解像度を最高解像度にしてみた。正直ここまでの高解像度が実際の体験にどの程度影響するのか、やや懐疑的だったのだが、実際に見てみると世界がパッキパキだった。
見慣れているはずのワールドやアバターが遥かにくっきりクリアになって、急に自分の視力が上がったような感覚になった。鏡に近づくと自分のアバターの顔のテクスチャのあらが見えてしまうほどである。そして有機ELによる高コントラストも相まって、VR体験のリアリティ・臨場感がはっきりと分かるレベルで大きく上がったのを感じた。
筆者は非公表の視野角が気になっていたが、特に狭いと感じることもなく問題無さそうだった。岩佐社長によれば、VRゴーグルの視野角は測定方法が確立しておらず、各社バラバラな数字を使っていて公平な比較が難しいとのこと。数字が独り歩きしないよう、敢えて公表しないスタンスをとっているそうだ。ただし、『MeganeX』よりは広くなっているとのことである。
使用したマシンのグラフィックボードは『RTX 4070 SUPER』でそこまでハイスペックという訳ではなかったが、人がいないワールドでは最高画質でもフレームレートを維持したまま快適にプレイすることができた。
VRゴーグルで地味に大事なのがソフトウェアの性能だが、本機は専用ソフトを自社開発しているとのことで、コントラストや彩度などをリアルタイムで変更することができた。
せっかくなので、同社のコントローラー『FlipVR』と合わせて、「メタバース原住民」の想定プレイスタイルを再現してくれと社長に無茶なお願いをしてみた。
『FlipVR』は手首をひねるだけで操作パネルが移動して、いちいちコントローラーを手から外すことなく瞬時に作業に移ることができるという優れもの。しかし、それだけに留まらない。これは今回発表された『MeganeX superlight 8K』のフリップ機能と組み合わせることで真価を発揮するデバイスだったのである。
おもむろに『VRChat』でフレンドと遊び始める岩佐社長だったが、一瞬まばたきをしている間に、PCでUnityを操作する姿が。ゴーグルとコントローラーをフリップアップして、そのままアバター改変を始めてしまった。
『Unity』作業だけでなく、長時間プレイするヘビーユーザーにとってはVRしながらの飲食なども当たり前。本機のフリップアップ機能は「VR飲み会」でも活躍しそうだ。
せっかくなので同社の無印『MeganeX』も出してもらい、並べてサイズ比較を行った。無印も385gでかなり軽量なデバイスなのだが、半分以下(185g)の重さの『MeganeX superlight 8K』に慣れた後だとかなりずっしりと感じられたのが印象的だった。
『MeganeX superlight 8K』誕生秘話
本機の超軽量の実現については、岩佐社長によると、カメラや内蔵スピーカーをオミットしただけでなく、レンズを樹脂に変えるなど素材や構造の見直しを含む徹底的なチューンナップを行ったそうだ。
超高解像度の実現について、決め手になったのは高品質の有機ELパネルが手に入ったことだと言う。Apple Vision Proの登場によって世界的にハイエンドVRゴーグル向けの有機ELの需要が跳ね上がり、様々なメーカーが試行錯誤して開発。その中に、本機の条件に合うものが見つかったそうだ。
近年多数のVRゴーグルが登場している一方で、実はヘビーユーザーをターゲットにしたものは限られており、乗り換え先が見つからないという嘆きの声もよく耳にする。世界的にメタバースの人口が急拡大するなか、そこにポイントを絞った特化型デバイスはメタバースにとって大きな光明になりうると筆者は感じた。予約は海外からの方が多いそうで、注目度の高さが伺える。
日本から見るメタバースの未来
筆者はオフィスも見学させていただき、ここであのShiftallの変態デバイス群が日夜作られていると思うと胸が熱くなった。
今回製品が凄まじかったことはもちろんだが、ヘビーユーザーのニーズを深く理解した、世界を相手に戦えるVRメーカーが日本に存在しているという事実に筆者は大きな感動を覚えた。日本は一般メタバース住民が当たり前にテレビ番組に出演したり、メタバースのカルチャーを専門にするメディアが存在するなど、メタバース文化の一般化では世界に先行している側面がある。
筆者とスイスの人類学者リュドミラ・ブレディキナが全世界のソーシャルVRユーザーを対象に実施した定性調査「メタバースでのアイデンティティ(Nem x Mila, 2024)」では、回答者の39%が「ソーシャルVRのアイデンティティを人生のメインのアイデンティティにしたい」もしくは「既にそうしている」と回答していた。世界的に見ても、一部のユーザーにとって、メタバースでの生活はもはや単なるゲームというレベルではなく「人生そのもの」となっているのだ。
日本発の「メタバース原住民特化型マシン」が、今後の仮想世界での生き方をさらに加速させていきそうであり、メタバースの未来に希望が膨らむ体験となった。