スイスの氷河が溶けている。脅かされる生物多様性にテクノロジーはどう役立つのか?

イノベーション大国スイスの環境問題対策

 スイスといえば、豊富な水と美しい山の印象が強く、自然に恵まれた国のように感じる。だが、気候変動の影響を強く受けて氷山が急速に減少していたり、グローバル化によって外国から外来生物が持ち込まれたりして生物多様性が危険に晒されているのだ。

 美しい自然に囲まれて育ったスイスの人たちは環境の変化に敏感で、変わりゆくアルプスの景色を前に、日々危機感を募らせている。

 イノベーション大国を誇るスイスは環境問題に対してどのようなアプローチをとっているのだろうか。在日スイス大使館に招待されたリアルサウンドテックは、現場のリアルを取材する機会を得た。

スイスを象徴する氷河は急速なスピードで消滅している

 アルプスの氷河は、1850年以来、約60%も減少した。しかも近年ではその速度を上げ、2022年には堆積の6%以上が消失しており、溶けた氷河の中から過去の行方不明者の所持品が見つかるといったニュースをよく耳にするようになった。このまま気候変動に何らかの対策を講じなければ、今世紀末までにスイスのすべての氷河が消滅すると研究者たちは警鐘を鳴らしている。

アクセル・ムルク教授

 ベルン大学でマイクロ波物理を研究するアクセル・ムルク教授は「調査結果を見れば見るほど危機感を持つ。どうにかしなければ、という気持ちが十分に伝わらなくてもどかしい」と話した。

 氷河が溶けることによる影響は大きい。例えば、自然災害のリスクが高まる。氷河によってバランスが保たれているものが崩れ、洪水や地滑りなどが起こりやすくなる。

 また、水の供給も不安定になるだろう。氷河があることを前提に計算して構築されていたインフラは破綻する可能性が高い。

ユングフラウヨッホの「アルプス高地研究所」はかつて宇宙線調査や天文学の研究に使われていた

 
 ツアーで訪れたユングフラウヨッホの「アルプス高地研究所」は、かつては天文台として機能していたが、今は気候や環境調査などに使われている。標高3572メートルという立地と、南北に異なる気候帯が分布されるアルプスのロケーションが生かされているのだ。

まれにサハラ砂漠から砂が飛んでくることがある
ユングフラウヨッホの巨大な氷河トンネル「アイス・パレス」。茶色い線は、積雪が少なかった年に近隣から飛んできた草が積もってできたもの

 この研究所の周りで、スペイン東部から南ヨーロッパ、北アフリカ、中央アジア、ネパールなどの高山に生息するキバシガラスを見かけた。

研究所の外でくつろぐキバシガラス。夏は幼虫、冬は果実を食べて過ごすらしい

 長期的に見れば、キバシガラスは気候変動の影響を受ける生物のひとつだ。温暖化が進めば生息地をより高地に移すことになるため、いずれは住む場所を失ってしまう可能性がある。

ユングフラウヨッホの山をケーブルカーから見た様子。所々にキツネの足跡が確認できた

 生物多様性が失われる原因は気候変動だけではなく、外来種も挙げられる。例えば、中国から輸入した材木に紛れてやってくる「ツヤハダゴマダラカミキリ」は、多くの樹木を加害するために、国内に侵入させないことが重要とされている。そのため、ツヤハダゴマダラカミキリの匂いを嗅ぎ分けるように犬を訓練し、国内に持ち込む前に特定して対処しているという。

スイス連邦森林・雪氷・景観研究所の入り口に設置されたツヤハダゴマダラカミキリの飾り

 もちろん、外来種の侵入を水際で防ぐだけでは不十分で、自然界がどうなっているのかを調査し、現状を把握する必要がある。そこでテクノロジーが役立つのだ。

生物多様性のモニタリングで使用されるテクノロジーとは

 生物多様性の調査は容易ではなく、これまでは視覚観察やカメラトラップ、音響モニタリングといった手法が取られていた。だが、それでは十分なデータは得られないため、最近はeDNA(環境DNA)を使った調査が増えている。

 eDNAとは、環境中に生物が放出するDNAの痕跡を分析して種を検出することで、目立たない種や擬態する種の検出に有効だとされている。また、水生/陸生の両環境で機能するだけでなく、音響モニタリングでは得られにくい植物種の検出も可能だ。

 スイス連邦森林・雪氷・景観研究所では、Environmental Robotics Labで開発されたeDNAのサンプリング用ドローンを見ることができた。

想像以上に軽量なサンプリングドローン。試行錯誤の結果だという

 調べたいエリアにドローンを飛ばし、リールで円盤状になった特殊な紙をおろして葉や枝などについたDNAを採取するのだ。

 ドローンは非常に軽量なため、植物などを傷つける心配も少ない。人間ではアクセスしにくい場所でのeDNAサンプリングがしやすくなり、生物多様性のモニタリングが拡大すると期待されている。水生生物のeDNAサンプリングには、ポータブルポンプシステムを採用している。

フィルタリングされたeDNAはバッファー溶液が入った容器に入れられてラボに送られる

 スイス・チューリッヒ大学進化生物学・環境学部地球システム科学のガブリエラ・シェープマン-ストラブ教授は、飛行機のような形状をしたドローンと、光を利用して物質の特性を分析する「分光法」を使った調査方法を紹介した。

 これは主に北極圏の永久凍土と植物の関連性を調べるためのものだ。植物の色で生息している種類を解析し、永久凍土と大気にどのような影響を与えているのか把握するのだそうだ。

花のスペクトラムが表示されている

 実験室には、色とりどりの花や造花が用意されていた。人間の目では造花だと判別できないほど精巧にできた造花でも、スペクトルを解析すれば一目瞭然だ。ドローンを使えば、人間が入れないような場所でも、目に見えない細かい部分まで広範囲に調査できるようになる。

ドローンを持つガブリエラ・シェープマン-ストラブ准教授。ドローンは軽量だが頑丈で、複数回のフライトに十分対応できているという

 このドローンを使った調査をeDNA調査に加えることで、迅速かつ効率的に生物多様性を把握できると、ガブリエラ・シェープマン-ストラブ教授は期待を寄せている。

 気候変動や生物多様性の喪失や減少は、スイスだけが抱える問題ではない。地球が「宇宙船地球号」である限り、環境問題は誰にとっても自分ごとであり、自国だけでなく他国の取り組みにも目を向けつつバイタリティを持って取り組んでいきたい。とりわけ、同様の社会問題を抱え、テクノロジー大国という共通点が多いスイスは、今後とも注目したいところだ。

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