ゲームの元ネタを巡る旅 第5回
『ゼルダの伝説 夢をみる島』の“独特な不気味さ”にも影響 海外ドラマ『ツイン・ピークス』を観る
多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。
企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。
第5回は『ゼルダの伝説 夢をみる島』や『レッドシーズプロファイル』に影響を与えた海外ドラマ『ツイン・ピークス』を取り上げる。
『ツイン・ピークス』は1990年にABCで放送を開始したテレビドラマシリーズだ。ワシントンの田舎町で起きた殺人事件を、FBI特別捜査官デイル・クーパーが調べていくことにより、変人ばかりの町に隠されていた秘密が明らかになっていくという設定のドラマである。いまなお、世界中で不動の人気を博している作品だ。
現在までに本作から影響を受けたフィクション作品はごまんとあるが、ゲーム業界における早い段階でのインスパイア作品としては、意外にも「ゼルダの伝説」シリーズが挙げられる。
こちらはNINTENDO DSで発売したソフト『ゼルダの伝説 大地の汽笛』に寄せた特設サイト「社長が訊く」にて公表された事実であり、1993年にゲームボーイ向けに発売されたソフト『夢をみる島』が『ツイン・ピークス』を意識していたという話が語られている。どうやら、ディレクターである手塚卓志氏から「(ツイン・ピークスを真似て)怪しい人ばかりにして」という注文が入っていた、ということらしい。
たしかに、コホリント島の住民はかなりユニークだ。電話口だけやけに饒舌になる「うるりらじいさん」や、万引き犯に自ら鉄槌を下す「店主」など、ゲームボーイの作品とは思えないほどエキセントリックなキャラクターが目立つ。
のちのシリーズにおいても、ゼルダに登場する町民たちは独特なセンスを持っている。
NINTENDO64で発売した『時のオカリナ』と『ムジュラの仮面』はゲーム内のアセットを共有しているためか、似たデザインのキャラクターが多かった。64ならではのシンプルなポリゴンとくっきりした陰影が、キャラクターたちに独特な不気味さを与えており、サイドクエストで町民たちの秘密が垣間見えてくるあたりなどはなかなか『ツイン・ピークス』的とも言えるのではなかろうか。
といっても、ゼルダシリーズが引用したのは「怪しい人ばかりにして」という注文に過ぎず、ドラマの雰囲気や空気感を借りる程度のものだった。プレイした人ならわかると思うが、どの作品も当然ながらゼルダらしいアドベンチャーゲームであり、『ツイン・ピークス』が持つオカルト要素や、アメリカン・カルチャーへの憧れは含まれていない。
一方で『ツイン・ピークス』に深い衝撃を受けたゲームクリエイターがいる。White OwlsのCEOであるSWERY氏だ。
彼の代表作であり、今なおカルト的人気を誇っている作品に『レッドシーズプロファイル』(※現在はNintendo Switch向けに『Deadly Premonition Origins』という名前で配信されている)というゲームがある。本作はまさしくゲームで遊ぶ『ツイン・ピークス』といった感じで、設定から演出まで言い逃れできないほど色濃く影響を受けている。
ストーリーはこうだ。アメリカ北部の田舎町「グリーンベイル」で若い女性の猟奇殺人事件が発生する。雨の夜に起きたこの事件は、街に伝わる民間伝承「レインコートキラー」の仕業だと噂された。事件後にやってきた曲者のFBI捜査官フランシス・ヨーク・モーガンは、都市部で起きていた事件「レッドシーズ」に関連すると断定し、捜査を開始する。そして次第に、変人だらけの街が隠していた秘密が明らかになっていく……。
主人公のフランシス・ヨーク・モーガンからしてそっくりである。常に「ザック」というもうひとりの自分に話しかけながら推理を進めるところは、デイル・クーパーがテープレコーダーに「ダイアン」と語り掛けてから捜査記録を取っている癖そのものだし、フランシス・ヨーク・モーガンがマグカップに描かれた意匠を見て突然犯人への手がかりを思いつくシーンは、デイル・クーパーが夢のお告げを聞いて犯人に目星を付けるシーンのスライドである。
これだけでは『ツイン・ピークス』のファンがそのまま設定を借りて作っただけと言われてしまいそうなものだが、SWERY氏が一味違う点はここから先にある。この『ツイン・ピークス』的な設定を“何度も”描き直しているのだ。
たとえば、彼が2021年に出版した『ディア・アンビバレンス〜口髭と〈魔女〉と吊られた遺体』というミステリー小説は、舞台こそイングランドであるが、片田舎の閉鎖的なコミュニティで少女の死体が見つかり、街ぐるみで隠していた秘密が明らかになっていくというシナリオだ。性道徳の問題が大きく取り沙汰されるあたりは、かなり原典に近い。
また、小説の姉妹作と銘打っているオープンワールドゲーム『The Good Life』も、犬猫に変身できる写真家が主人公のスローライフ作品という建付けでありながら、田舎で女性の死体が上がったというミステリーを紐解いていくうちに街の人の秘密も見えてくる……というストーリーになっている。本当に何度も何度も、同じ舞台と同じ設定で物語を書いているのだ……!
『ツイン・ピークス』のオリジナルドラマ版は、視聴率低迷によりシーズン2で打ち切りという最期を迎えた。長すぎる放送に飽きた視聴者たちの声により、犯人を途中で公開せざるを得なかったという事情があったためだ。
そんな尻切れトンボなラストに比べると、SWERY氏が幾度となく書き続けてきた『ツイン・ピークス』的設定のミステリーは、どれもこれもしっかりとしたオチのあるエンディングを迎える。
とある作品に衝撃を受けた作家が、そのパロディとも取れる作風を続けながらも、決して憧れから来る二番煎じに甘えずに、まるでオリジナルを補填するかのように丁寧にパッケージ化して遊べる形で提供し続けているという事実に、筆者はシナリオ作りの深みを感じずにはいられない。SWERY氏は須田剛一氏との共作である『ホテルバルセロナ』をアナウンスしてはいるが、きっとその傍らで、次なる田舎町での殺人事件を考えていることだろう。