NHKが手がける“異色のゲーム番組”に込められた創意工夫 『ゲームゲノム』総合演出兼ディレクター・平元慎一郎が目指す「『ゲームは文化』が当たり前の未来」

『ゲームゲノム』ディレクター・平元慎一郎が目指す未来

 「我々が立ち止まってしまうと、ゲームを文化として語るテレビマンがいなくなる」。確信を持ってこう語ったのは、NHK所属のディレクター・平元慎一郎氏だ。

 平元氏が2021年に立ち上げた『ゲームゲノム』は、ゲーム作品を単なる娯楽コンテンツではなく“文化”として捉えるゲーム教養番組である。同番組では徹底した取材と分析を行い、ジャンルを問わずさまざまなゲーム作品の魅力を発信。拡大版やレギュラー放送を合わせて20回を超えるエピソードが制作されている。

 「古今東西の作品を取り上げる」ことをコンセプトに掲げ、文化的な視点から作品を見つめ直す『ゲームゲノム』。今回はそんな同番組で総合演出を務める平元氏にインタビュー。制作時のこだわりや作品の選定基準、視聴者から寄せられた反響に対する想い……等々、番組にまつわる平元氏の考えを伺った。(龍田優貴)

ゲームは決して“単なる暇つぶし”ではなかった

ーー『ゲームゲノム』について質問させていただく前に、まずは平元さんのゲーム遍歴からお伺いしたく存じます。ご自身が初めて触ったゲーム作品を覚えていますか?

平元慎一郎(以下、平元):私は1989年生まれなので今年35歳になりますが、ゲームハードが加速度的に進化していく時期に少年時代を過ごしてきました。そのころはいろいろなハードが各メーカーから発売されていましたが、いまも思い出に残っているのはスーパーファミコンの「スーパーマリオワールド」ですね。兄弟や家族で「マリオ」シリーズを楽しんでいたのが最初の記憶だと思います。

 ただ、小学生のころにものすごく衝撃を受けたのは『ファイナルファンタジーVII』でしたね。当時は小学生だったので、正直、物語の深みまではあまり追いついていなかったんですけど、ありとあらゆるプレイ体験に驚かされました。自分がキャラクターを動かすと物語が進み、キャラクターを介して自分もその世界にどんどん没入していく。私がそれまで経験していた映画・音楽・アニメーション等とはまた違った表現として「自分はゲームが好きなんだ!」と認識した作品として印象に残っています。

ーー平元さんは『ゲームゲノム』の制作を通し、作品の分析や魅力の発信を担ってこられたと存じます。学生時代等はどのようにゲームと向き合っていたのでしょうか。

平元:一般的にゲーム好きと呼ばれている方々と僕は遊んでいる幅や質量はだいたい同じだと思っています。すごく好きな作品をやり込んだり、クリアしたから中身が分かるゲームでも、ふとした瞬間にもう一度やり直したくなる。そのうえで当時はインターネットや雑誌メディア等、いろいろな人の視点や考察が集まる場所によく目を通していました。

 そういう行為がある種、「もっとゲームについて知りたい」「このゲームを遊ぶとなんでこんな気持ちになるんだろう」といった、さらに深掘りしたくなるような感覚につながっていたのだと思います。気になったクリエイターがインタビューを受けていると分かれば、そのゲーム雑誌を必ず買って読んでいました。

ーー当時気になっていたゲームクリエイターについてもお聞きしたいです。

平元:先ほど挙げた『ファイナルファンタジーVII』の文脈になりますが、野村哲也さんや野島一成さんをはじめとした『ファイナルファンタジーVII』から『ファイナルファンタジーX』あたりを作っておられた方々の情報は相当、追っていましたね。

 とはいえRPGに偏らず、当時はいろいろなゲームを遊ぼうと思った時期でもあったんです。それこそ『メタルギアソリッド』をプレイしたときは、その物語性や独自のゲーム性に衝撃を受けて「このゲームを考えた人は一体誰だ? なんでこんなことを思いつくんだ?」と途中からいろいろなことが気になりだして。そこから小島秀夫監督の思想にもすごく興味が湧きました。雑誌に載っていた小島監督のインタビューだけじゃなく、著書もチェックしていました。

ーー10代の多感な時期にゲームを遊び、審美眼だったり作品に対する認識が変化していったのでしょうか。

平元:そうかもしれないですね。もちろんゲームだけ遊んでいたつもりではないですが、いま思い返しても暇つぶしではやっていなかったです。物語だけでなく、グラフィックやシステムも含め、ゲームというインタラクティブなエンタメのあり方に強く惹かれていたんだと思います。

最重要視すべきは「ゲノムが見つかるかどうか」

ーー『ゲームゲノム』では、平元さんが長年秘めていたものが、番組を介して結実したのでしょうか。

平元:ゲーム好きな人やゲームに興味がある人たちは、「この作品でしか得られないなにかがある」みたいな気持ちを強く持って、いろいろな形でシェアされてきたんじゃないかと私は思っていて。そういった感情や価値観みたいな部分をマスメディアでやっているところは、これまでになかったような気がするんですよね。だから『ゲームゲノム』は、視聴者のみなさんが抱えているであろう「ゲームってすごいよね」「この作品からこんな感情が生まれるよね」といったものを再発見し、マスメディアを介して共有することを目指しています。

 一方、番組で取り上げたメッセージに対して「全然違う」「私はそういうつもりでプレイしていない」といった意見が寄せられることもあります。そうしたみなさんの声も含め、テレビ番組という大きな場所でゲーム作品を紹介できるのは、あらためてすごくうれしいですね。

ーー2021年にスタートした『ゲームゲノム』は、2024年3月時点でシーズン2を迎えています。これまで番組制作に携わってきた平元さんの率直な感想をお聞きしたいです。

平元:パイロット版を除いても放送が20回分できるということ。単純に番組が続いているというテレビマンとしてのうれしさだけでなく、これは当初掲げた理想に近づいているんじゃないかと思います。

ーー理想という部分も含め、あらためて『ゲームゲノム』のコンセプトをお伺いしてもよろしいでしょうか。

平元:ゲームを文化として捉え、古今東西のゲーム作品の魅力や奥深さを深掘りする。すなわち、『ゲームゲノム』は“ゲーム教養番組”なんです。2021年にパイロット版を手掛けた際、まだ1本しか番組を制作できないのに、このコンセプトをしっかり練り上げました。

 ゲーム作品・クリエイター・プレイヤー……等々、ゲームという表現手法を通していろいろな価値観が集まり生まれ続けている。それらが時代や場所を越えて積み重なり、ひいては文化になっていくのでは? いや、すでに文化になっているはずだと僕は思ったんですよね。

 当然、時代・環境・社会情勢等に影響を受けてさまざまなゲーム作品が作られているわけですが、そうしたことを踏まえ、ゲームを文化として捉える際には、ジャンルで一括りにすることはできなくて。一つひとつ丁寧に時間をかけて積み上げてやっていかないと意味がありません。だからこそ、パイロット版を作るときから古今東西の作品を取り上げていこうと決意しました。そのうえで1本だけ『DEATH STRANDING』を取り上げました。一見すると矛盾しているようですが、レギュラー化を本気で狙っていたので、間違っていないコンセプトと1本目だったと思っています。そして実際にレギュラー番組として20本以上を制作できた。なのでゲームの販促番組とはまったくもって違う、ゲーム教養番組という位置づけです。

ーー『ゲームゲノム』ではジャンルや時代を問わず、多種多様な作品が取り上げられています。選定の基準をお伺いしてもよろしいでしょうか。

平元:「取り上げるゲーム作品が偏っているのでは?」というご指摘をいただくことが結構ありまして。誤解を恐れず変な言い方をすると“偏っている”のは事実です。なぜかと言うと、1本ごとに担当ディレクターがついていて、各ディレクターが「このゲームは◯◯のテーマで紐解きたいです」「◯◯というメッセージを伝えられるのは、このゲームだけなんです」という具合に私やプロデューサーへ上げてくるからなんです。なのでラインナップのバランスはそこまで考えていません。

 作品を選ぶ際、制作陣が本気で取り上げたい・届けたいと思ったものを選び、取材を重ねて番組として構成しています。なのでジャンルに縛られない、という部分はもちろんあると思います。でも私としては、シーズン1もシーズン2も結果的にはバランスの取れたラインナップになったな、という印象ですね。

ーー制作過程でやむなく取り上げることを断念した作品もあるということでしょうか。

平元:シーズン2まで放送を重ねてきましたが、ボツになった作品は放送回の倍以上ありますね。これにはいろいろな理由がありますが、一番大きいのは、「“ゲームゲノム”が見つからなかったから」なんです。先ほどお話したコンセプトをもってして、番組の核となるものが“ゲームゲノム”という概念なんですね。これも、繰り返しになりますが、その作品のプレイ体験から得られた大切な感情や価値観を指しています。もちろん歴史的な文脈やクリエイターの方々が込めた想いのようなものも含まれます。で、いざ取り上げようとしても“ゲノム”が見つからないことがあるんですよ。これはその作品に“ゲノム”がないわけじゃなく、私たちがまだ見つけられなかったということに尽きます。

 リサーチや取材を重ねる。専門家に話を伺う。角度を変えて見つめてみる。いろいろなことを試したけれど、「この作品の“ゲームゲノム”は?」という部分を視聴者のみなさんとシェアすることはできなさそうだ――。こうなると、その作品がどれだけ売れていても、たとえ担当ディレクターの作品愛があったとしても、採用しないことにしています。あとはみなさんもご存知かと思いますが、メーカーさんのご意向や権利面の諸事情を鑑みてボツになる場合もあります。

ーー万人が知っているような大作であっても、“ゲームゲノム”を見つけることができない限り取り上げないと。

平元:そうです。作品がもたらすプレイ体験や感情、ほかの誰かとシェアしたいと思えるような気持ちを我々は“ゲームゲノムと呼んでいますが、メーカーさんやメディアであまり使われていない概念だと個人的に思っていて。だからこそ、番組制作陣が作品に対してうっすら抱えている“なにか”を引っ張り出して言語化する作業がすごく難しいですね。

 30分の番組として構成するため、制作チームで取材や議論を重ねながら「“ゲノム”とはなにか?」を突き詰めていく。1本あたり3か月ほどある制作期間のうち、3分の1はその発見に費やしています。

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