TikTokとユニバーサルミュージック、異例の交渉決裂はなぜ起こった? 識者に聞く

 大手音楽会社のユニバーサル ミュージック グループ(以下、UMG)が1月30日、同日付けて更新となるTikTokとのライセンス契約についての交渉が決裂したことを発表。同月31日には同社レーベルの管理する音源をプラットフォーム上から一斉に削除し、楽曲が使われている動画はミュート状態となってしまった。

 これまで音楽ダウンロードサイトやストリーミングサービスから楽曲やアーティスト単位で楽曲が削除されることはあったが、大手レーベルが一気に引き上げるというのは異例中の異例。ではなぜ、今回のような事態が起こったのか。

 その背景や今後の音楽業界への影響などについて、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏に語ってもらった。

 まず、今回の契約解除に至った“重要な3つの課題”としてUMGが発表しているのは「(1)アーティストとソングライターへの適切な報酬」「(2)AIの有害な影響からの人間のアーティストを守ること」「(3)TikTokユーザーのオンライン上の安全性」だ。

 このうちの「アーティストとソングライターへの適切な報酬」について、ジェイ氏は「業界内では周知の事実。どのような方向へいくのか注目されていたが、根幹は別にある」と前置きしたうえでこう語る。

「大手メジャーレーベルの間でもTikTokからの報酬が他プラットフォームよりも圧倒的に少ないということは以前から話題になっていました。ただ、今回の騒動は“変わりゆくレーベルの存在意義”を踏まえて考える必要があると思っています。というのも、ストリーミングで誰でも全世界に楽曲を配信できる世の中になり、必ずしもCDを出す必要がなくなってきている時代において、レーベルはアーティストを広く世界へ発信していくと同時に、アーティストを守ることもより求められるようになってきているからです。

 プラットフォーム自体の再生数が伸びているにもかかわらず収益率が低いというのは、楽曲の価値が低く見積もられているのと同義で、それを許してしまうとアーティストや作家、そして彼らの作る音楽の価値を毀損することにもつながるからこそ、UMGはそこを認めるわけにはいかないということで、原盤権を持っている約300万曲と出版権・著作権を持っている約400万曲、合わせて約700万曲以上の価値を守るため、粘り強く交渉したのだと思います。今回UMGが1月30日に交渉のタイミングがあったということで、大手レーベルのなかで1番最初のアナウンスとなっていましたが、他のレーベルが先にこのタイミングを迎えていた場合、UMGが二番手以降だったこともありえたでしょう」

 続いて「AIの有害な影響からの人間のアーティストを守ること」についても、同じような考え方があるのだろうと推察した。

「UMGの発表にも『TikTokはAIが作成した音源でプラットフォームが溢れることを容認し、プラットフォーム自体でもAIによる音楽制作を可能にし、促進・奨励するツールを開発している』とあったように、既存の楽曲のほかに生成AIを使った機能を充実させていくなかで、アーティストの楽曲に置き換えていくような動きがあれば、やはり不信感は募ってしまうでしょう。そのうえで、AIの学習範囲も明らかにされていないとなると、楽曲を提供しているレーベルからすれば学習の材料になってしまっていないかという懸念も出てくると思いますし、そこを黙認・容認してしまうと今後の音楽業界にネガティブな影響を与えてしまうと考えてしまうのは自然なこと。そこを詰めていくなかで対応が不誠実だと感じて交渉が決裂したのではないでしょうか」

 国内に目を移すと、日本はここ数年、TikTokでのバズを経由してストリーミングでヒットし、世界へと名を知らしめた若手アーティストが増えてきていた。UMGでいえばAdoやimaseなどがその好例といえるが、もちろん彼らの楽曲もTikTok上では無音扱いになっている。プロモーターやアーティストの視点で考えると、プラットフォーム側からの収益が低くとも、その先にある海外でのライブや他ストリーミングサービスでの再生数急上昇、マーチャンダイズの売り上げなどで補填できる可能性もあったわけだが、レーベルとプラットフォームの交渉一つでその手段が封じられてしまうという大きなリスクも可視化された。このことについてジェイ氏はこう語る。

「先に挙げた収益の話は先人たちが築き上げたアーカイブ楽曲にも関わってくるため、TikTokでのプロモーションをこれからどうしよう、というのはどうしても二の次になってしまいます。そうなったときに、若手のアーティストたちがこの騒動をきっかけとしてアメリカを中心とした海外式の契約形態ーー原盤権を100%レーベルに渡さないシステムについて、もっと事務所や業界を巻き込んで議論していくべきなのかなと思いました。海外の知見を取り入れてどういう活動の仕方があるか、どうすれば全方よしの契約を結ぶことができるかを考える良い機会になったと思って、しっかりと業界が一丸となってアーティストファーストなシステムを構築すべきではないでしょうか」

 デジタルプラットフォームがヒットの手綱を握ったからこそ、プラットフォームの振る舞いひとつで業界のルールや慣習が変わってしまうようになった現在。ここ10年で日本のアーティストが世界で戦うための土壌が整い、2020年代後半は大きな変革が起こるかと思ったが、ここにきて別の課題が生まれてしまったようにも感じる。業界やアーティスト団体が大きな動きを見せるのか、もしくはWeb3的な価値観が広まっていくのか。2020年代後半を占うであろう一連の騒動や、今年以降の動きから目が離せない。

(画像=Pixabayより)

〈参考〉
https://www.universal-music.co.jp/press-releases/2024-02-02/
https://www.universalmusic.com/an-open-letter-to-the-artist-and-songwriter-community-why-we-must-call-time-out-on-tiktok/

長髪タトゥーの店長、400万円以上赤字の飲食店がTikTokで黒字化 “ストーリー性”と“謙虚さ”が広告効果に?

多くのアクティブユーザーをかかえるTikTokは、いまでは大手企業の広告を投下するプラットフォームとしても重要な存在となった。一…

関連記事