田中直基に聞く、Dentsu Lab Tokyoがアイデア×テクノロジーの力で社会課題に向き合う理由

Dentsu Lab Tokyo・田中直基インタビュー

「技術に対して不安を覚えることはめちゃくちゃ健全だし、大事なアラート」

ーー広告やコピーの仕事というのは、そのコピーと出会う前と後で人の人生を変えてしまうような体験を本気で作ろうとする仕事だと思うのですが、その危険性について考えることはありますか。

田中:もちろんあります。世の中のほとんどの広告やコピーというのは無視されて、誰の心も動かさずに流れていくものだと思うんですが、すごくうまくいくと人の考え方とかを変えてしまう可能性もあって。それがポジティブなものになればいいんですが、プロパガンダのように機能してしまうことは危険だと思いますし、とはいえ世の中の気分をコントロールしてしまう可能性のある仕事だと思います。

 自分の仕事を振り返っても、僕がYouTubeの「好きなことで、生きていく」というコピーを作ったとき、クライアントの意向としては単純に「YouTuberを広めたい」というブリーフィングだったんです。けど、僕はその意向に対して、商品を売るだけじゃなくて、コピーを見た人の背中を押したいと思ったんです。たとえば無理して働きたくない会社で働いている人がいたとして、そういう人に対して「こういう生き方もあるよ」と提案できるような姿勢を打ち出したかった。

 結果、想像以上にあのコピーが浸透して、似た名前の本もいっぱい出て、だんだん自分の手元から言葉が離れていく感覚を覚えて、すこし怖くなりました。気がついたら「小学生のなりたい職業ランキング」で1位がYouTuberになっていて、これはもしかしたら、「好きなことで、生きていく」っていう言葉が捉え方によっては、「無理して勉強しなくても、楽してYouTubeで遊んでいたら楽しく暮らせる」というようなニュアンスで子どもに受け止められてしまったのかもしれなくて、それは子どもに対して悪い影響を与えかねないんじゃないかと思いました。これを意図して行う人が現れたらそれは危ないことですし、言葉にはそういう力があります。

好きなことで、生きていく - YouTube

ーーテクノロジーの力は、そういった言葉を広く届ける際にも強く作用します。コピーライターとして、またテクノロジーによる「伝達」を考え続けてきたクリエイターとして、こうした力の使い方について考えていることがあったら教えてください。

田中:広告によってその企業・クライアントを好きになってもらうためには、「僕たちは良い企業です」って言うんじゃなくて、純粋に良いことをするのが大事だと思っています。それは人間も一緒だと思うんです。“良い人”って、「俺は良い人だ」と言うことで良いと思ってもらえるわけじゃなくて、良いことをするから良い人だと思われていく。僕は仕事の中で当然、クライアントの商品が売れたらいいなと思って働いています。ですがそのうえで、僕にはこの仕事を通じて社会にとって良いことや良いものを残したいっていう思いもあります。その手段としてテクノロジーを使った企画にも、積極的に携わってきました。

 『UNLABELED』もそうなんですが、テクノロジーはいろんな視点から見つめて議論してあげないと、人にとって良くない方向に派生してしまうことがたくさんあります。テクノロジーを企画に取り入れる際には、反対側から見つめてみること、あえて逆の使い方をしてみること、そういう視点の転換を大切にしています。あとは「目的」と「誰が使うか」。その使われ方によっていろんな可能性が生まれるものですし、一見無駄かもしれないこと、遊びのようなことをむしろ大事にして、人の心を楽しく動かすことを心がけています。今回の展示も、そういうテクノロジーを紹介するというテーマでおこなったものです。

『UNLABELED』

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インターネットの登場以来、時代の変遷とともにデジタル化が進み、いまや社会のあらゆる場面でテクノロジーと接するようになった。  …

ーーAIやビッグデータなど、テクノロジーの発展が日々ニュースになっており、こうした状況に対して「これから社会はどうなっていくの?」と不安を抱いている人々がいると思います。生成系AIによる詐欺被害など、具体的にテクノロジーが悪用される例も散見されます。こういった社会の状況を不安に感じる人々が、テクノロジーと向き合う・安心するためにできることはありますか。

田中:テクノロジーとかAIとかロボティクスとか、そうした技術に対して不安を覚えることはめちゃくちゃ健全だし、大事なアラートだと思うんです。そういう人々に「大丈夫だよ、安心していいよ」と伝えても、それもストレートトークですからあんまり意味はなくて、やっぱりそれを実証してあげなければいけない。情報リテラシーの差もありますから、わかっている側がわかっていない側に対してそういう不安を取り除くように働きかけていくことが大事だと思っています。

 また、その際にテクノロジーのいいところだけを一面的に見せるのもやっぱり良くないことで、リスクやメリット・デメリットをわかりやすい形で明らかにしていくことが、この産業の正しい発展にとっていいことなのだと思います。ただ、数年前まではそれができるスピード感だったと思うんですが、近年の技術革新は本当に速くて、健全な議論ができないまま、専門知識を持つ人と持たない人の二極化がどんどん進んでいるように思いますね。

Dentsu Lab Tokyo・田中直基氏

 不安の根元は、「わからない」ということで、たとえば、AIによるフェイクニュースが氾濫するような時代には、「受け手の心得」としてそのアウトプットを鵜呑みにするのではなく、背景や理由を自分なりに考える癖をつけることが有効かもしれません。フェイクニュースもその先のソースまでフェイクで作り切ることはできませんから、2次情報まで追う癖をつけるだけでかなりの不安が払拭される気がしています。ただ、おそらくですが、今後は保証ソースと非保証ソースが一目でわかるようになるようなルールやアプリケーションが出てきそうな気がします。

 ニュースに限らずですが、一歩踏み込んで知ろうとすること。その探究自体は意外と楽しいと思います。どうしても効率よくニュースや情報を得たいと思ってしまいますが、意外とその裏にあるプロセスを楽しむのもいいかもしれませんよ。

 私たちホモサピエンスは、結果だけではなく、プロセスを楽しむことで、一生の豊かさを得てきた種だと思います。それは趣味や文化や、一見不要や無駄に思えるところにこそ、豊かさの根源がある。これから、AIや技術の発展で、ますます結果への最短距離が短くなっていきます。だからこそ、その背景や物語などのプロセスが重要になっていくと思っています。なので、個人的には、結果を最速最大効率化するだけの時代は、そのうち終わるのではないかと思ってたりもします。

Dentsu Lab Tokyo・田中直基氏

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