GOTYの傑作RPG『バルダーズ・ゲート3』が日本上陸 “正規ルート”のない物語を堪能せよ

 スパイク・チュンソフトよりファンタジーRPG『バルダーズ・ゲート3』の公式日本語版(PlayStation 5版)が2023年12月21日、ついに発売された。8月のPC版正式リリース時に海外で巻き起こった圧倒的な高評価や、先日の『The Game Awards 2023』におけるGame of the Yearを含む最多6部門の受賞を通して、本作が気になっているという人は、決して少なくないだろう。本稿は、そんな同作を正式リリース時から遊び続けている筆者(プレイ時間約160時間。現在2周目をプレイ中)によるコラム記事である。

 本作はLarian Studiosという知る人ぞ知るベルギーを拠点とする名門スタジオが手掛けた、約23年ぶりとなる「バルダーズ・ゲート」シリーズの続編であり、過去の作品と同様にTRPG(テーブルトークRPG)『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(以下、『D&D』。本作では第5版のルールを採用している)をベースとしたファンタジーRPG作品だ。

PS5『バルダーズ・ゲート3』ローンチトレーラー

 おそらく、すでに多くの人にとって耳なじみのないワードが並んでいると思われるが、先に結論から書いておくと『バルダーズ・ゲート3』をプレイするにあたって、過去作や『D&D』のプレイ経験は必須ではない(そもそも過去作とは開発元が異なっており、物語自体が前作で一度完結している。とはいえ、もちろん事前に学ぶことでゲームがより楽しくなるのは間違いないだろう)。また、海外における開発者自身も驚くほどの熱狂を見ていても、本作で初めて「バルダーズ・ゲート」シリーズや『D&D』に触れたという人は少なくないのではないかと思われる(恥ずかしながら、筆者もその一人だ)。

 ただし、TRPGについては、ゲーム内でナレーターが登場したり、頻繁にダイスを振ったりする都合上、概念だけでも何となく知っておいた方がスムーズになじむことができるだろう。とはいえ、それもあくまで慣れの問題であり、本作は気軽に手に取ってもまったく問題のない作品であるということは最初に保証しておきたい。

はじめに : 『バルダーズ・ゲート3』という作品を語るということについて

 さて、本来であれば、基本的な情報をまとめ終わり、ここから『バルダーズ・ゲート3』の魅力について先行プレイ勢の一人として具体的に紹介していくべきなのだが、どうしてもスムーズにこの先へとつなぐことができずにいる。

 というのも、どんなに聞こえの良い言葉や、引きのあるフレーズを並べてみても、どうも本作の魅力をうまく表現できている気がしないし、むしろ余計な印象を与えることでこの作品を汚してしまうのではないかという不安に苛まれてしまう。

 たとえば「自由度が高い」「分岐のバリエーションが膨大」「ボリュームや密度が凄い」「キャラクターが魅力的」「TRPGの魅力を見事にゲームに落とし込んでいる」といった言葉を使って本作を語ることは可能だ。そもそも筆者自身、先日、ラジオに出演して本作について語った際に、そうした言葉を使ってプレゼンしようと試みている。

 だが、どうにも手ごたえがない。筆者にとって、間違いなく『バルダーズ・ゲート3』は2023年、あるいはこれまでに遊んだビデオゲームの中でもベスト級の傑作だ。ライターとしての技量不足といえばそれまでなのだが、こうした言葉を使うだけでは、どうしても単なる「RPGの大傑作」という言葉の先にある「なにか」を伝えることができない気がしてならない。

 いろいろ悩んだ末に、今回の記事では前半(Part I)を「一人のゲームライターによる、RPG作品としての評価」、後半(Part II)を「一人のプレイヤーによる、あるテーマについての個人語り」という二部構成でまとめることにした。果たしてこの試みが成功しているのかについては読者に委ねるが、筆者としては単純に『バルダーズ・ゲート3』という作品の持つ特別さが伝われば幸いである。それでは、再開しよう。

Part I : TRPGという「原点」を徹底的に突き詰めたことで生まれた、RPGの歴史を更新する新たな傑作

 『バルダーズ・ゲート3』と同じく『D&D』をベースとした映画『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』の冒頭で、牢獄に囚われた主人公たちが審問の場で恩赦を求めるフリをして時間を稼ぎ、審議委員かつ鳥人間であるジャーナサンを「使って」強引に脱獄する場面がある。その場面自体がコメディとして単純に面白いのだが、重要なのはこのシーンで別の審議委員が「恩赦を認めたのに!!」と叫んでいることだ。つまり、この場面における主人公たちの目的は「牢獄を脱出する」ことであり、ゲーム的には「恩赦が認められる」ことでそれを達成することができる。だが、TRPGのセッションにおいては、(少なくとも筆者の場合は)正攻法をイメージしたうえで「なにか別の(できれば奇妙な)アプローチを取ることはできないだろうか」と考え始めるのがむしろ普通だ。そこで実際に採用されたのが「鳥人間だって空を飛べるのではないか」というアイデアというわけだ。

Dungeons & Dragons: Honor Among Thieves | Escape from Prison Clip ft. Chris Pine | Paramount Movies

 こんな遊びが実現できるのは、TRPGが基本的に「紙とペンとサイコロとプレイヤーの想像力」を使って遊ぶ娯楽だからである。ゲームマスター(進行役)がプレイヤーたちの状況を語り、プレイヤーたちはその状況に対してどうするべきか、何ができるのかを考え、行動を決める。どんなに突拍子もないアイディアだろうと、実現できそうな余地があれば検討し、最終的にはダイスの出目に全てを委ねる(20面ダイスで20を出すことができれば、大抵の奇跡は実現する)。時にゲームマスターにとって、TRPGのセッションはプレイヤーの想像力との戦いにもなるのだ。

 ビデオゲームにおけるRPGというジャンルは、基本的にTRPGのセッションをコンピューター上で再現することを目的に生まれたものだが、ゲームマスターという臨機応変な存在がコンピューター(あるいは開発者)に置き換えられたことによって、必然的にそうした「想像力」の遊びの余地は削られていくことになる。現代におけるRPGが「リッチなカットシーンを使用した映画的なストーリーテリング」や「高いアクション性や高難易度」、「広大なオープンワールド」といった方向に向かっていったのは、ある意味では技術による発展の余地がある領域の進化が進んでいった結果と言えるのではないだろうか。

 一方で、そうした状況に果敢に挑み、「自由度が高い」と評価されるRPGも数多く存在しており、その多くは、シナリオにおける分岐やアプローチの豊富さ、エンディングのバリエーションなどを通してTRPG的な体験を作り出そうとしている(正しいかどうかはさておき、そうしたRPGの筆頭として語られる『Fallout : New Vegas』は、プレイヤーの計算によると1000兆以上のエンディングのバリエーションが存在すると言われている)。

 その点において、『バルダーズ・ゲート3』が史上最も自由度の高いRPGであるかと考えると、確かに分岐自体は数多く存在するものの、断言することは難しいだろう(ただし、多くの分岐において、極めて丁寧かつ濃密にシナリオが描かれていることを忘れてはいけない)。だが、TRPGの原点である「プレイヤーの想像力との戦い」という点においては、もしかしたら、史上最も優れている作品であると言ってしまっても良いのかもしれない。本作は「こんなことができるのではないか」と考えれば考えるほどに、「待ってました」とその奥深い魅力を存分に発揮していくのだから。

プレイヤーの探究心を徹底的に肯定する、想像を超える自分だけの物語

 筆者が『バルダーズ・ゲート3』をプレイしていて特に気に入っているのが、本筋とはまったく関係のない寄り道を楽しんでいるなかで、偶然にもメインクエストを進めるための(想像すらしていなかった)アプローチを発見する瞬間だ。ネタバレにならない範囲で具体的な例を挙げると、物語の途中で「アンダーダーク」という場所に行かなければならない場面があるのだが、どうやって行けば良いのかはゲーム内で明示されず、自力でルートを発見する必要がある。基本的にはメインクエストを進めていればあるひとつのルートのヒントを得ることができるのだが、実際には4種類の方法で行くことが可能だ。筆者は探索を進めているなかで偶然そのうちのひとつを発見し、「もしかして……、うわ、本当に行けた!?」とそのアプローチが成功すること自体に驚かされたのである。こういった瞬間が、本作には数えきれないくらい存在する。

 一般的に、「自由度が高い」と評価されている作品においても、メインクエストに関しては限られた道筋に沿って、クエストマーカーを追いかけながら進めることは少なくない。基本的にプレイヤーは頭の中で自然に「いまはメインクエストを進める時間」/「今はサブクエストを進める時間」と切り替えてプレイしている。だが、『バルダーズ・ゲート3』に関しては、サブクエストを進めていたら思わぬ形でメインクエストに絶大な影響を与える場合もあれば、前述のようにまったく意図しない形でメインクエストが進展する場合もある。また、目の前に提示された手段以外の方法が存在しないかどうかを積極的に探すという、よりTRPG的なアプローチも可能だ。つまり、与えられた状況に対して「なにか別のことはできないだろうか」と考えれば考えるほどに、物語全体に想像を超えたひねりが効いてくるのである。もちろん、メインクエストだけを追いかけて一直線にプレイすることも可能ではあるが、一周目のプレイを振り返ったとき、仮に自分がそうしていたとしたら歩んだ物語の内容はまるで違う(というか想像すらできない)ものになっていたと断言することができる。

 本作の描く世界は、あらゆるファンタジー作品の原点である『D&D』をベースとしているだけあって、なじみ深く、それでいて決して古さを感じさせない豊かさと美しさに満ちあふれている。冒険の舞台も、最初こそグロテスクな船からスタートして肝を冷やすが、その先に待っているのは、豊かな自然に満ちた木立や、ダークでゴシックなムードに満ちた塔、たくさんのキノコが並ぶ地下の村や、海岸沿いにそびえ立つ大都市など、どれもユニークかつ丁寧に作り込まれた、隅々まで探索したくなるような場所ばかりだ。さらに、道中にいる魅力的なキャラクターたちはもちろん、魔法を使えば死体や動物とも会話をすることができてしまう。筆者はもともと、こうしたRPG(あるいはTRPG)では探索に没頭して本来の目的を忘れてしまうことが非常に多いのだが、本作はそうした欲求をこれまでにないほど満たしてくれるどころか、そんな自分を肯定さえしてくれるようなところがある。きっと、普段RPGをよくプレイする人ほど、本作の「想像を超える」物語の展開に驚かされるのではないだろうか(ちなみに筆者は1周目のクリアに120時間を要しているが、その理由はシンプルで、飽きることなく広大な世界を探索し続けていたからである)。

あらゆるスキルと想像力(もしくは樽)を駆使して挑む、白熱のバトルと何気ない会話たち

 そうした想像力は、本作の戦闘においても大いに効果を発揮する。『バルダーズ・ゲート3』の戦闘メカニクスは、いわゆるターンベース制ではありつつも、(Larian Studiosの『ディヴィニティ:オリジナル・シン』シリーズと同様に)探索からシームレスに戦闘画面につながるという大きな特徴を持っている。たとえば、もしその場にNPCが居合わせてしまったとしたら、たとえその人物が重要人物であろうが関係なく戦闘に巻き込まれるし、逆に、あらかじめ戦いが起こることを予想して事前に環境や作戦を準備しておけば、こちらに優位な状態で戦闘を進めることができる(筆者が好きなのは、4人パーティーを二手に分けて両側から挟み撃ちする作戦である)。

 本作には地形やオブジェクト、各種攻撃などに火や水、オイルといった属性要素が存在し(たとえば、燃えている地形に水の入ったビンを投げれば消火できる)、状況に応じて有利/不利が存在し、戦闘場所自体も上下に広がる立体的な空間であることが多い。そういったさまざまな要素と各キャラクターのスキルを組み合わせて、想像力をフルに活かして戦略を考えるのが本作の大きな魅力の一つである(ちなみに本作の戦闘は標準の難易度では難しい部類に入るため、初回プレイ時は一番易しい「探検家」に設定することをオススメする)。これもまた、「目の前にある状況に対して、環境と道具とスキルを組み合わせてなんとかする」というTRPG的な体験が凝縮された体験であると言えるだろう。

 その結果としてリリース当時から一定の支持を集めているのが、通称「バレルマンサー(Barrelmancer)」こと、石油の入った樽をそこら中に配置してから戦闘を始め、大爆破を引き起こして敵を一網打尽にするという攻略法だ。戦略も何もあったものではないが、強いのは確かである。

 そして、会話についても忘れてはならない。多くのRPG作品における会話の選択肢が実際には「はい/いいえ/雑談/雑談」や「善/悪」のようなものになっていることが多いのに対して、『バルダーズ・ゲート3』はたとえ些細な会話であっても、プレイヤーの想像力になるべく応えようとする(そして、そのすべてがリッチなカットシーンによって描写される)。以下に具体例を示そう。

 旅の途中に見つけた村を訪問し、リーダーに会いに行くと、そこで目の当たりにしたのは幼い少女が盗みの罪で尋問を受け、収監されようとしている光景だった。尋問するカガというドルイド(自然と生命の均衡を重んじる、動物に変身することのできる種族)は毒蛇を操っているようで、もし命令や本能をきっかけにそれが噛みつけば、その子どもはきっと致命傷を負い、悲劇的な結末を迎えるに違いない。

 ここでプレイヤーに対して表示されるのが、以下の選択肢である。鉤括弧付きの選択肢は主人公の台詞になる。

 1.出口のほうに目配せして、子供に逃走を促す
 2.精神は蛇が子供を殺すことを望んでいるが、心は違う。その考えを振り払う
 3.「ドルイドは調和を重んじるんだろう?あの子を収監すれば自然の均衡を乱す」
 4.「彼女を解放しろ。イタズラをしないように責任を持つ」
 5.カガの心を読む
 6.黙っている
 7.攻撃の準備をする

 どの選択肢が提示されるのか、あるいはその選択がどの程度効果を発揮するのか(一部の選択肢はダイスを振って成功判定を行う)は、それぞれのプレイヤーの種族や出自、経験やスキルによって異なるが、重要なのは、このなかに明確な「正規ルート」が存在しないということだ。そこに並ぶのは行動であり、それがどのような結果を迎えたとしても、それはプレイヤーの物語として容赦なく先へと進んでいく(結果に納得がいかなければ、ロードし直せば良い)。

 そもそも子どもを助けたいのか、助けたくないのか。もし助けたいのであれば、子どもに自力で逃げてもらうのか、自らカガを説得して解放してもらうのか、あるいはいっそ強行突破を選ぶのか。説得するにしても、どのように伝えるべきなのか。「そもそもカガはなんでこんなことをしているんだ?」「というか2番目の選択肢って何だ?」といった具合に、本作における選択肢はあくまでゲーム的な分岐というよりも、プレイヤーが取りうるであろう行動や考えに重きを置いて作られたものになっており、何気ない会話のたびに自分にとってベストな選択肢を考えることになる(もちろん、場合によっては究極の選択を迫られることもある)。

 このように、『バルダーズ・ゲート3』はクエストや探索、戦闘、会話といったさまざまな要素において、プレイヤーの自由な想像力に応え、時にはそれを超えるための環境を用意してくれている(ついでに言うと、本作はファッションにおいても想像力を発揮することができる。冒険に出るときの装備と休息時に着る普段着は個別に設定することが可能であり、さらに好きな色に変えられる染色剤まで用意されている)。こうした全体における驚くほどの完成度の高さと、何より最高に面白いRPG体験の根幹にあるのは、やはりLarian Studiosが「TRPGのセッションをコンピューター上で再現する」というRPGの原点に立ち返り、現代の技術と労力を駆使して徹底的に作り込み、さらに3年間のアーリーアクセス期間を設けて、開発予算を確保すると同時にプレイヤーからのフィードバックを真摯に受け止めて改善を続けたからに他ならない(本作はリリース以降も継続的なアップデートによって進化を続けている)。そうした原点を追求する果てに生まれたのが、これまでのRPG/ビデオゲームを凌駕する体験を誇る傑作であるという事実に、いまはただただ圧倒されている。

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