最高峰のキーボードシリーズの“モダンな新顔” 『HHKB Studio』レビュー
品質の高さとカスタマイズの楽しさを両立した、オールインワン・キーボード
HHKBはファンの多いキーボードブランドであり、かくいう筆者も学生時代からHHKBにあこがれていた一人である。当時から「プログラマーのための究極のキーボード」と呼ばれていたHHKBには職人の道具の風格があり、その設計思想やバックストーリーも含めて、平成生まれのパソコン少年だった筆者はあこがれを胸に雑誌広告を見たり、秋葉原の専門店で試し打ちをしたりしていたのだが、当時の身では金額的に手が出ず、廉価版である『HHKB Lite2 for Mac』を叩いていた。HHKBといえば「静電容量無接点方式」のキースイッチとそこからもたらされる独特のキータッチが特徴だが、廉価版の「Lite」はキースイッチがメンブレンで、当時は「やわらかいなあ」と思いながら「Lite」を使っていた。フニャッとしたメンブレンのキーを叩きながら、「いつかフラッグシップHHKBのオーナーになるのだ」と大志を抱いていたわけである。
そんな筆者も大人になり、しかもライターになったためキーボードは重要な仕事道具。今回『HHKB Studio』のレビューができたことをとてもうれしく思っている。すでに手元にある『HHKB Professional HYBRID Type-S』は英語配列だが、今回せっかく借りられるのならカーソルキーの有無による日本語入力の快適さの違いも知りたいと思い、あえて日本語配列をお借りした。筆者のレビュアーとしてのバックグラウンドを説明すると、Macユーザー歴25年のライターで、MacであればJIS・USいずれの配列にも慣れ親しんでおり、業務として日常的に日本語の文章を入力している。
『HHKB Studio』をしばらく使ってみた感想としては「とにかくキーボードから手が動かない」ということに驚かされた。ポインティングデバイスとマウスキーのおかげで超省スペースの入力が可能になり、キーボードから手を離す局面がほとんど存在しないのだ。また、通常こうしたインターフェースはモバイル製品に搭載されることの多い機構であり、「省スペースだが打鍵感はリッチ」というバランス感も新鮮だ。
くわえていえば、筆者は25年以上Macを使っているが、こうしたポインティングデバイスとキーボードがオールインワンになったインターフェイスで、公式にMac対応を謳っており、しかもこんなに優秀なドライバが提供される製品をこれまでに見たことがなく、『HHKB Studio』はそういった点でも稀有なデバイスである。Macは昔から標準のシステム設定におけるインターフェースのカスタマイズ自由度が低く、「既製品のキーボードで配列やジェスチャを自由に設定したい」というユーザーにとってはこれ以上ない製品だといえる。
ポインティングデバイスの感度も良好だ。マウスキーもその他のキー同様にホットスワップに対応しており、デフォルトで搭載されているGateron社製のロープロファイルスイッチから自由に付け替えることができる。筆者はマウスキーはもう少しクリッキーなものに変えても良いと思っており、装着して違いを確かめたい。
ジェスチャーパッドも面白い機能だ。筆者は左側のパッド部分に指をおいてしまう癖があり、左側のパッドはオフにした。ショートカットやレイヤーキーの割り当てはキーボード本体のアサインで十分に対応できるので、ジェスチャーパッドには「指を滑らせて使う」という特性に応じた機能を割り当てるのが良さそうだ。前述のようにカーソルキーを割り当てるのはわかりやすい例だが、「+キー」「ーキー」などを割り当てるのも便利だろう。
また『HHKB Studio』のレビューからは脱線するものの、本機は私にとって初めて触れた「日本語配列のHHKB」で、この点でも新鮮な発見があった。冒頭でも少し触れたが、HHKBにはスタンダードな英語配列モデルと、後年ラインナップに加わった日本語配列モデルが存在する。両者の違いは記号の位置やリターンキー周りの配列など様々にあるものの、もっとも大きな違いは英語配列モデルではFnキーと他キーのコンビネーションで入力する「カーソルキー(矢印キー)」が、日本語配列モデルには独立したキーとして備わっていることである。
筆者の手元にある英字配列の『HHKB Professional HYBRID Type-S』は、導入当時非常に悩んで英語配列モデルを選んだのだが、その理由の大きな部分に「せっかくHHKBを使うのだから、その設計思想が最大に反映されたモデルを使ってみたい」という気持ちがあった。日本語配列モデルを選ぶことに対して、自分だけが感じる後ろめたさがあったのである。しかし今、日本語配列の『HHKB Studio』を使って1つ確信したのは、「自分にはカーソルキーが必要だ」ということである。
日本語配列モデルには記号の位置の違いやスペースバーの短さなど不満な面もあるが、それを超える利便性の高さを今回感じることになった。とくにHHKBの「シリンドリカルステップスカルプチャ構造」とカーソルキーの相性がよく、手元を見ずともカーソルキーやFnキーを簡単に見つけられるのが心地よい(そんなわけでいまは『HHKB Professional HYBRID Type-S』日本語配列モデルの使い心地が気になって仕方がない……)。
もっとも、文字入力の頻度が少ないユーザーや、日本語を入力する機会がそこまでないというユーザーには、独立したカーソルキーはそこまで必要ないと思う。HHKBの特長であるFnキーを使うコンビネーションはよくできているし、HHKBは基本的に英語配列を勧めたい。考え抜かれた、シンプルながら奥深い配列の恩恵を最大限享受できるのはやはり英語配列モデルだろう。
『HHKB Studio』の話に戻ろう。総評としては、複合的な機能を備えるインターフェースとして非常に高いクオリティに仕上がっている。基本的にプロクオリティの道具というのは単機能に特化していくものだが、『HHKB Studio』はポインティングデバイスとキーボードの複合という難しいミッションを見事にクリアしていると感じた。「ユーザーが自身の用途に応じてカスタマイズできる」というコンセプトは現代的だし、このコンセプトを結実させるために、HHKBのアイコニックな機構(特に静電容量無接点方式のキースイッチ)をオミットし、”Studio”という新しいブランドを掲げたことにも覚悟を感じる。
また、このクオリティの製品をベースにして、キースイッチのホットスワップ機能やソフトウェアのカスタマイズで「自分だけのキーボード」を作れるというのは、自作キーボードに興味を持つユーザーにとっても魅力的だろう。設計の堅牢さと自由度の高さを両立する既製品のキーボードとしては「一つの到達点」だといえる。
わがままを言えば、設定アシスタントの設定項目がもう少し増えるとありがたい。「特定キーの二度押し」に役割を付与できるようになるだけでも自由度はさらに高まると思うが、ここから先は“自作キーボード沼”の領分か。『HHKB Studio』は最高峰にして、“沼”への伝道師としても優秀そうだ。