『Talk About Virtual Talent』第五回:佃煮のりお/犬山たまき
漫画家と男の娘VTuberが辿ってきた“独自のルート” 佃煮のりお/犬山たまきが語り尽くす「のりプロ」のこれまでとこれから
方針を転換し“クリーン化”を果たした犬山たまきチャンネル
ーー2020年からは下ネタ系など過激な企画をやらなくなったそうですが、ファンはどのように反応していましたか?
たまき:下ネタとか過激なことやっているから好き、というファンはたしかにいました。「いつかコイツやらかさないかな」というウォッチング系の人もいたと思います。そういう人たちのなかには、方針が変わって離れていった方も結構いました。
でも、見続けてくれるコアなファンには説明をちゃんとしていましたね。「もうね、時代が違うんだよ。VTuber業界は法整備が進んでいて、犬山たまきチャンネルはクリーン化しないといつか燃えるんだよ。それ見たい?」って。
ーー2020年ぐらいというと、YouTubeの規制が厳しくなった時期でしたか。
たまき:そうですね。あと、VTuberが市民権を得たので、それまでの無法地帯のような配信を、まわりが無視できなくなっちゃったというのもあります。
ーー活動はしづらくなりましたか?
たまき:ボクはアングラで変なことやり続けるつもりだったので……。昔から好きだった「過激な配信」ができたらいいな、としか思っていなかったんです。でも、いつのまにかVTuberたちが市民権を得始めていて、数字を見ればボクも企業VTuberと同じ規模感になっていたので、当時から「客観的にみて、これはまずいぞ」と思っていたんです。ある時に「時代の流れを読まなきゃダメだ」と思い直して、何が嫌がられて何が受けるのかを分析していきました。
ーーたまきさんをよく知らない人からすると「犬山たまきって企業VTuberでしょ?」みたいに思っていた人も多そうでしたね(笑)。
たまき:実際、ある企業VTuberの大きなライブがあった時に「なんでたまきくん今回参加してないの?」って言われて「それはね、ボクが事務所に入ってないからですねー」と言ってましたね(笑)。
この時期のVTuberは、徐々にアマチュアからプロのタレントとしてみなさん成長していったタイミングだと思っています。ボク自身もこの時期から、プロのタレントとして見られることを意識して発言するようになりました。なので、この頃からは基本的に敬語でしゃべるようになっています。
ーー2021年は犬山たまきさんにとって分析を重ねた時期なんですね。
たまき:そうです。活動当初は「とりあえず数字取れれば過激なことでも汚れでも何でもやるわ」みたいな感じだったんですけど、大きくなっていくためにはちゃんと好感度調整をしないとなれないなと。過激なことし続けちゃうとアンチが増えちゃって、そうなるとファンで推してくれてる人たちが堂々と「推しです」って言いづらくなっちゃうので、それは良くないと考えていました。
ーー状況が変わりすぎて、精神的にしんどいとは思わなかったですか?
たまき:ヨゴレなことをやらずに数字が取れるのか? という不安はあったんですけど、ボクはもともと「ビジネス汚物」って言われていたんですよ(笑)。実際、数字を取るためにそう振る舞っていた部分もあったので、これからは無茶なことをせず済むんだ、と逆に気楽でしたね。
のりお:一方で、当時の私は自分とVTuber活動の剥離が年々ひどくなってたのが悩みでした。私、しゃべるのは好きですけど、家だと全然しゃべれないんですよ。家族とご飯食べる時も一切しゃべらないぐらいです。だから家族からも「誰? めっちゃしゃべるじゃん」と言われていました。
つまらない人間だったので、なんか面白いことやらなきゃっていう意識がしんどくて。それで病んでいたこともありました。そもそも、自分が面白いことをやるよりは、面白い人たちを引き立てる存在になりたいという思いの方が強くて、自分が目立ちたいという思いはあまりないんですよね。
ーーアイドル的に光を浴びたいという感覚はなかったのでしょうか?
のりお:どっちかって言うとプロデューサーっぽいことをやって、誰かを輝かせる方が気持ちいいですね。なので「犬山たまきを好きにならなくていいから、犬山たまきの出すコンテンツとか番組を好きになってほしい」って言っています。「もうMCをする機械だと思ってくれ」と。
ーーなるほど。アイドル的な売り方をせずに、プロデューサーとして在り続けたからこそ、佃煮のりお先生が結婚を発表した時もスムーズに受け入れられた。そんな側面もありそうです。
のりお:事実、そうなるように仕向けていましたね。最初は犬山たまきもアイドルっぽい要素はあったんで、ガチ恋みたいなユーザーもいたんです。だから佃煮のりおの結婚をどう発表するか、もうスケジュールを決めて逆算していたんですよ。この日までファンの方へ受け入れてもらえるようにするための準備や、コンテンツの見せ方を変えるための準備を2年ほどかけて行ってきました。
ーー2年!?
のりお:人生設計として結婚をすることと、発表する日もだいたい決めていたので、そこを想定して配信は少しずつなだらかにするとか、発言の質とかも徐々に変えていこうとか。だから、「結婚は何年何月にするからね」って毎回ちゃんと言って、嘘をつかないようにしてたんですよ。ファンにとって嘘をつかれるのは一番嫌なことじゃないですか。
ーーまるで“逆・狼少年”ですね……。
のりお:なので、ファンは「あー、先生マジで結婚しちゃった」「いや待てよ……? 結婚するって言ってたもんな」「俺たちはバカにしてたけど、冗談だと思ってた」ぐらいの感じでした。発表した時は「ね? 私、嘘つかないって言ってたでしょ」って。
「佃煮のりお」「犬山たまき」すらもペルソナである “佃煮のりおを産んだ本当の私”
ーー佃煮のりおさんが登場するとき、元々実写顔出しで配信されていましたが、突然のバーチャル化に多くの人が驚いていました。「“17歳の30歳”(※)になったら顔出しは辞める予定だった」と述べられていましたが、それはなぜですか?
(※編注:佃煮のりおの年齢は18歳のころから「永遠の17歳」である)
のりお:リアルの姿は、どうしても衰えていくものなので……。私は、自分は働きすぎで30歳まで生きられないと思っていた人間なので、歳を取って容姿が変化していくこと自体は「美しい」と思っているんです。
ですが、ネット上ですとそう考えない人もいますから、若い姿で皆さんの記憶に残りたいと思っていました。それは顔出しを始めた“17歳の21歳”の時から決めていたことでしたので、予定通りです。
ちなみに、犬山たまきは私が産んだVTuberですが、佃煮のりおはVTuberではありません。あくまでも「リアルの姿」と「バーチャルの姿」を持っている、生身の人間です。バーチャルの姿を持っているストリーマーさんが近い存在だと思います。今後、「全人類がバーチャルの姿を持つ時代が来る」と私は思っているので、その先駆けになれたらとも思っています。
ーーすこしデリケートな話題になりますが、どこまでが犬山たまきでどこからが佃煮のりおか、自分の中で保つのは難しいんじゃないでしょうか?
のりお:それで言うと「佃煮のりお」も「犬山たまき」も“本当の私”とは違う存在なんですよ。家族といる私って、しゃべらない根暗な女なので。のりお先生の言動も“私自身”からすると、ピエロのようなんですよ。
ーー佃煮のりおすらもペルソナであると。
のりお:そうです。私は漫画家として活動を始めて11年目なんですけど、始めた当初から自分自身じゃないキャラでやっていたんです。つまるところ、佃煮のりお先生も作られた存在で、その大元にいる私が作ったキャラクターでしかないんですよね。
ーーなるほど。ストリーマーにはそういう意識の方は多いかもしれませんね。
のりお:まあそうじゃないと、精神的にもたないでしょうね。だからたとえば、犬山たまきが叩かれていても、佃煮のりお先生が叩かれていても、“本当の私”には関係がないからメンタルがたもてるんです。別の戸籍を持っている別の人ぐらいの感覚なんですよ。
ーー“本当の姿”を知っていらっしゃるのは、家族と旦那さんと親しい友達ぐらいですか。
のりお:それでいうと、旦那様は「犬山たまき」のことも「佃煮のりお先生」のことも“本当の私”と違いすぎて嫌いなんですよ。佃煮のりお先生ってはっきり物事を言うキャラで、自分の意志がある強い女、みたいな感じだと思うんですけど、“本当の私”は全然しゃべることができなくて。自転車を停めて街のおじさんとかに「そこに置くな!」って怒られたら「あわわ……」って小さくなるくらいなので。
ーーある種、自分自身をプロデュースしている感じでしょうか?
のりお:そうですね。「佃煮のりお先生を先にプロデュースしていた」という感じなので、「犬山たまき」は本当の意味で「強くてニューゲーム」ですね。2回目の人生です。