『がんばれ森川くん2号』など手がけた“ゲーム×AIの先駆者”森川幸人に訊く 「生成AIとゲーム」の理想的な関係って?

ゲーム業界における“AI”はAIではない?

ーーそうした時代を経てディープラーニングが流行し、ゲーム業界でも2017、18年頃にムーブメントがあり、実際森川さんたちも多くのインタビューに出られた時期がありましたね。そこから現在に至る中で感じられたこと、そもそも現在まで続く“AIムーブメント”を、森川さんがどういうふうに受け止められているかをうかがいたいです。

森川:AIへの関心が高まり裾野が広がった一方で、「ゲームAI」という言葉が独り歩きしているなと感じています。

 たとえば「体力が50%以下になったら家に帰りなさい」というただの「if文」もAIだと言い出してしまい、ゲーム業界でいう「ゲームAI」とAI業界でいう「AI」がかなり違う種類のものになってしまったような、“軌道がずれてしまった”ような印象を受けています。

 自分たちは昔からこれまでAIアルゴリズムを使ってきたので、if文をたくさん並べるだけのプログラムは、うちではあまり作りたくないですね。我々の認識では、それをAIだとは思っていないので。もちろん、AIの明確な定義というのはないので、それはAIでないと断言はできないのですが。

ーーゲームを進化させるAI、というものがあったとして、技術の知識だけではゲームの体験としてうまく組み込むのは難しいでしょうし、ゲームプランナーやディレクター・プロデューサーも、技術のポテンシャルを100%活かすにはある程度AIを扱うスキルや知識が必要になってきますよね。

森川:ゲーム業界が扱うAIとして、生成AIは期待が持てる分野だと思っています。

 ディープラーニングをゲームで使うには、さまざまな面でのAIに対するきちんとした理解が必要ですし、モデルも大きいですからスマホやゲーム機に対応させようと思うと、負荷に関するチューニングの知識も必要になります。

 プランナーの経験とAIの知識・扱う能力のすべてを持っていないと、AIを使ったゲームというのを組み立てられない。そうなってくると、ゲーム業界のプランナーにはハードルが高かった部分もあったのではないでしょうか。

 一方で、生成AIはプロンプトを書けば済むことが多く、イメージもしやすいです。またAIを呼び出すAPIも完備されています。

 『Red Ram』も、「生成AI×ゲーム」ジャンルのコンセプトモデルとして、ゲームクリエイターの方たちにはどんどんパクって欲しいと思っています。体制が整えば技術公開もしちゃおうと思うので。

 大々的にブラウザで公開していた時期もあって、会期中も200人くらいの方がプレイしてくれました。とはいえ大々的にやるとうちのサーバーがパンクしちゃうんでね、「Azure」さんや「AWS(Amazon Web Services)」さんに協力いただけるようにお話できないかな、と(笑)。

ゲーム×生成AIを健全に成長させていくためには

ーー『BitSummit』で『Red Ram』を公開してみて、業界関係者の方々からの反響はいかがでしたか?

森川:思いのほかありました。自分たちが想定するもので、イチからすべてをAIで作るというゲームはあまりなく、世の中でも生成AIが注目される流れがあったので、ゲーム業界の方々も関心はあるんだな、と。ただ、大手のゲーム会社さんは割と慎重だなというのを感じました。

 生成AIは、モデルによっては著作権など学習データの問題、公序良俗に反する物を生成する可能性もあるので、法務の面で許可がおりない可能性があるんですよね。ゲームの品質保証をされている方々にとって、何を出力するか分からないAIは厄介な存在でしょう。

 法律が関わってくるので、行政や国がきちっと指針を示してくれないと、生成AIが活発に使われる時代はなかなか訪れないでしょう。

ーーすでにAIの精度自体は高くて、問題は法律や実用の枠にどう入れ込むか、人間社会の習慣、変容といったソフトウェア部分に課題が移ってきているともいえますね。

森川:「ネガティブプロンプト」(※指定したものを生成しないようにする命令文)を打ち込んで「AIが下手なことを言わないようにしよう」というのは“諸刃の剣”なんですよね。

 人間が制御すれば失敗は減るけれど、人が驚くようなことを言ってくれる能力は抑えられてしまう。AI活用のほとんどがビジネスまわりのコストカット、業務効率化だと思うので「お前はなにを憂いているんだ」っていうふうに多分突っ込まれちゃうんですけど(笑)、クリエイティブでの活用を模索している側から言うと、ちょっと寂しいことになっていく可能性はあると思います。

ーー絶対評価がないものには対応できなくなってくる、ということでしょうか。

森川:クリエイティブ面での壁打ち相手としては物足りないものになっていますね。

 『ChatGPT』も精度はどんどん上がってきているけれど、だんだんつまらない奴になってきているとも感じます。「こいつはなんてそつのない返事をするんだ」「守備力だけどんどん上がっちゃって」なんて。

 いまはAIのネガティブプロンプトを書くところも人間がやっているんですけど、今後はこれもAIに任せてしまえばいいのではないかと思っています。忖度しないプロンプトを書いてくれれば、もう一度ちょっとはじけてくれるかもしれませんからね。

ーーネガティブプロンプトをAI自身に書かせる……それはたしかに面白そうです。AIで生成できるものが増えると、ゲーム業界に対して還元できる部分も増えるのでは。

森川:実用のレベルで言えば増えると思います。どこまで粒度を細かくできるかは未知数ですが、ある程度のところまで作れるようにはすぐになっていくと思います。特に作業コストの削減、新しいキャラクターの生成・創出といったシーンで役に立っていくでしょう。

 意外なのが、音楽生成は少し遅れていることですよね。音楽生成AIはすでにジャンルとしてもありますが、楽譜化・パターン化が中心で、人を感動させるような“音楽”を生み出すまでには至っていない印象です。

 『Red Ram』を通じて、AIはある程度整合性のあるストーリーを作れると分かったのですが、「完成度が高い」から「面白い」に持っていく難易度は全然違います。人間がどんなものを面白がるか、どういったことに感動するのかなど、認知学の専門家なども巻き込んでちゃんと研究する必要があると思います。ジェネレイティブとクリエイティブは違うと。

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