ファッションブランド「ANREALAGE」はなぜメタバースに進出したのか? キーマンが語り合う、ファッションで結ばれる“二つの空間”

 ファッションブランド「アンリアレイジ(ANREALAGE)」。ファッションデザイナー・森永邦彦が立ち上げ、「神は細部に宿る」という信念のもと作られた色鮮やかで細かいパッチワークや、人間の身体にとらわれない独創的なかたちの洋服、ファッションとテクノロジーを融合させた洋服が特徴のブランドだ。

 そんなアンリアレイジが株式会社Vと協業し、2023年のパリコレクションで発表したパッチワークドレスを、『VRChat』『ZEPETO』『Roblox』の3つのプラットフォーム向けに、メタバースで着用可能なデジタルウェアとして発売。設立から20年を迎えるなか、「ファッション×テクノロジー」という分野にまなざしを向け続けた彼らは、広がり続けるメタバースの地平線に何を思い、どのような在り方を示そうとしているのだろうか。

 リアルサウンドテックでは、アンリアレイジ事業部長の志村典昭氏、株式会社V CEOの藤原光汰氏に、取り組みに至った経緯から、デジタルファッション領域への進出にあたっての苦労、今後の展開における課題と可能性まで、さまざまな話を伺った。

「コロナ禍が『衣服の在り方』という“概念的な部分”を考えさせられるタイミングとなった」

 

 

――メタバースを題材にした作品『竜とそばかすの姫』でベルの衣装デザインを手がけるなど、アンリアレイジはファッションブランドの中でもNFTやメタバースなど新たなテクノロジーにも積極的に目を向けている印象です。こうしたファッションとテクノロジーの交わりに目を向けるようになった経緯や、そうしたスタンスの背景にあるものを教えてください。

志村:アンリアレイジとしてメタバースやNFT領域に参入したのは、新型コロナウイルスのパンデミックがきっかけでした。世間ではステイホームやソーシャルディスタンスが求められている中、アンリアレイジ社は誰とも会わない環境下での服作りを試みました。

 そこが大きく「衣服の作り方」だけでなく「衣服の在り方」といった“概念的な部分”もあらためて考えさせられるタイミングとなりました。

 パリコレクションが映像でのリモート発表に変わり、ファッションを画面で見ることが当たり前になり、大きな時代の変化を感じるなかで、人と会わずにパターンを含めた「服を作っていく環境」をいち早く整えました。そこで生まれた3DCGデータが我々の考え方を具体的に変えましたし、現実にはないものですが「もうひとつの世界」の存在を身近に感じたきっかけだったと思っています。

――2020年初夏の段階で3Dへシフトしたり、デジタルで洋服作りを行っていたブランドは、日本ではほとんどなかったように思います。

志村:そうですね。リアルで洋服を作っているブランドが完全に3Dでの制作にシフトすることはなかなか難しいことだと思います。そんななかでパターンや素材など服作りを分かっているCGクリエイターをアサインできたことが、我々が加速度的にデジタルの制作環境を構築できた理由なのかなと思います。

アンリアレイジ事業部長・志村典昭氏

――リアルでの作業と3Dでの作業で一番明確に違いを感じた点、アンリアレイジとして越えないといけないと感じた点を教えてください。

志村:リアルの服作りでは実際にサンプルを作り、モデルにフィッティングをして修正をする作業があるのですが、3Dでの作業ではリアリティをもった物体として服を感じることができないことが一番のハードルでした。パターンのデータを正確に再現することと、素材の特徴をしっかりと画面上で再現できるクリエイターを起用してシミュレーションを行えたので、それを信じてやるしかないという状態だったんです。

――デジタル上の数字や図形にシビアになるしかなかったというか。

志村:そうですね。だからこそ、生地やパターン、縫製のこともしっかりわかっている3DCGクリエイターである必要がありました。繰り返しになってしまいますが、やはり服作りの知見を持つクリエイターに出会えたからこそスピーディーに実現できたのだと思います。

――時系列で言うと、アンリアレイジさんの中でデジタルシフトが起こって3D上で洋服を作ることが社内に浸透していき、それから『竜とそばかすの姫』の衣装デザインがあったという流れですよね。

志村:そうですね。『竜とそばかすの姫』で劇中の主人公の洋服をデザインしてほしいという依頼が先にありました。その直後に控えていたパリコレクションでも引き続き『竜とそばかすの姫』と協業をさせていただいて、映画の内容とシンクロする、リアルとデジタルを行き来するようなショーを発表しました。

 そのパリコレクションでは『DIMENSION』と銘打って、モデルの背面に映像を投影する巨大なセットを作りました。実際の服を着たモデルとデジタルのアバターの映像をシームレスに繋げ、どこで切り替わったかわからない「リアルとバーチャルを行き来する」映像作品にしました。そこで生まれたデジタルの洋服を使ってNTTの『DOOR』というプラットフォームで体験型のメタバースエキシビションも開催し、未来では当たり前に行われているかもしれない体験を作ろうと動いていました。

大切なのは「バーチャルの世界に持ってきたときに“リアルの下位互換”にならないこと」

 

――バーチャルの世界では専業で服を作っている方も多いなか、リアルクローズを作っているブランドから見てどんな違いを感じましたか?

志村:アンリアレイジはファッション以外の分野のものを積極的に取り入れ、そこで生まれた化学反応をもとにファッションの新しい形を模索し、新たな素材開発に力を入れ、未来のファッションの可能性を提示しているブランドです。僕の業務は、ファッションではない“なにか”が、ファッションの領域に来たときに「この掛け算でどのような価値が生まれるか」「今後ファッションにとってどういう意味をもつものに生まれ変われるのか」といったことを考えることなので、違和感はなかったと思います。

 ただ、「ついに来たな」という感覚はありました。たとえばゲーム内でキャラクターが身にまとうものをファッションブランドがデザインする事例などはこれまでもたくさんありましたが、自社の洋服を自社が製作したうえでバーチャルの領域に踏み込むということが実際に起こったことを、すごくポジティブに感じています。

――これまでもアンリアレイジは様々な業種や分野とコラボレーションされていますし、その度に異なる業界も含めて大きく話題になっていますが、今回『竜とそばかすの姫』とのコラボレーションを経て、バーチャル、メタバース界隈からの反響はどのように受け止められていますか?

志村:NFTを発表した当時、国内のファッション業界では「先駆け」という言葉をよく使われていました。その後「メタバース・ファッションウィーク」に日本で唯一のファッションブランドとして参加してデジタルファッションショーを行ったり、経済産業省主催のファッションとNFTを結ぶ合同展に出展したりと、引き合いは多くありました。我々としてもアンリアレイジ直営のリアル店舗で、NFT作品をノベルティとして配布するなど、実験的なことも行いましたが、一方で「自分たちから発信するデジタル領域」だけで成り立つコミュニティを作っていく活動はまだまだできていないと感じました。

アンリアレイジ事業部長・志村典昭氏、V CEO・藤原光汰氏

――その後、アンリアレイジと株式会社Vの2社が組み、デジタルウェアを発売するという展開にさしかかっていくと思うのですが、タッグを組むことになった経緯を教えてください。

志村:最初はアンリアレイジの展示会でご挨拶しました。そのときに僕の中で「リアルだけでなくデジタルのウェアラブルアイテムを生み出して、なにか面白いコミュニケーションを作れないか」という思いがありました。

 我々に足りないリソースとして、クリエイターや各プラットフォームにおけるコミュニケーションやマーケティングの部分がありました。それぞれのシーンに精通している企業との協業が必要と感じている中、出会った藤原さんにお話をしたところ「なにか協力できるかもしれない」と言ってくださり、そこから取り組みが始まりました。

藤原:以前からアンリアレイジの取り組みは耳にしていて、すごく興味を持っていたんです。実際にお洋服を見させていただいたり、ブランドとして考えていることを伺って、僕らとしても「こういうことができたらいいんじゃないか」というイメージが湧いてきたので、具体的に相談をしまして。それが昨年10月くらいの出来事だったと思います。

――今回はクロスプラットフォームで販売されていると思うのですが、どのプラットフォームに展開するかをはじめ、差配しないといけないことも多かったかと思います。そのあたりはどのように進めていったのでしょう?

藤原:メタバースの市場ではいろんなプラットフォームが乱立していますが、まずはアクティブユーザーがいるところで、かつ洋服のようなアイテムが既に売買されていたり、リアルのようなファッションのコミュニケーションが起こっているプラットフォームをリストアップするところからはじめていきました。

 アンリアレイジはすごく多彩な表現をされていますが、それをバーチャルの世界に持ってきたときに“リアルの下位互換”にならないことが非常に大切だと思っていて。良くないように見えないようにする、「アンリアレイジの表現や拡張性がどう広がっていくか」ということを意識して進めていきました。

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