空間演出ユニットhuez「3.5次元のライブ演出」第八回

帰ってきた観客たちの受容は変化し、パフォーマンス・アクトは密教化するーーhuez代表・としくにが語るコロナ禍を経た"ライブ演出”の現在地

先端技術の台頭によりアーティストの象徴は“溶けていく”

ーーここまでは世相を振り返りながら語っていただきましたが、ここからはhuezさんが手掛けた制作のお話を伺います。テクノロジーとパフォーマンス・アクトの掛け合わせはhuezさんの演出の妙の一つかと思いますが、直近で手掛けたモノの中で面白い事例があったらお教えください。

としくに:最近だと5月にVTuberの月深ツキさんのバーチャルライブ制作を担当しました。これは実験的なこと、技術デモ的なことはあまりしていなくて、「ストレートなバーチャルライブをちゃんと作りましょう」というような感じです。

 この前のDUSTCELLのライブでは「Kinect」みたいな、ちょっと前の技術を使ったりもしています。距離センサーで測定した人の形を粒子状にして、映像で出すみたいなことをやったんですけど、今々は、ライブの演出では技術への取り組みよりも「コロナ禍以後、何がウケるのかな」っていうことを試行錯誤しながら出している感じです。やっぱりノリが変わってしまったので、これまでの演出だとあんまりウケないこともあり、流行を精査するターンだなと。アーティストサイドの要望としても、いまはなによりも「ちゃんとしたライブがしたい」という声を聞きます。

 ただ、最新のテックを追いかけることはもちろん続けていて、直近だとAppleの『Vision Pro』には大きな可能性を感じています。これが普及すれば、これでしか観られないライブが作れるはずで、たとえば小さなライブハウスでも、30席だけ「Vision Pro席」を設けて、MR(Mixed Reality)的なアプローチでアーティストの生のパフォーマンスにパーティクルを仕込んだりするようなライブはやってみたい。音楽ライブに絞らないのであれば、脱出ゲームとかそういうアトラクション的なエンタメは『Vision Pro』で絶対に面白くなると思います。

ーー『Vision Pro』はhuezさんのテーマである「フレームの変更」をまさしく実現するデバイスだと感じました。

としくに:完全にそうですね。あとは、AIを活用したいというのはずっと考えています。CY8ERの最後のライブ(『CY8ERなりの横浜アリーナ at 日本武道館』)の演出でAIを使った事例があって、過去の彼女たちのライブ映像をもらって、それのスクリーンショットを1000枚ぐらい撮って、AIに「これがCY8ERです」と覚えさせるんです。で、彼女たちの姿を認識させて、彼女たちが映るところに、VJの映像がマスクで重なるようにしたんですね。どう見えるのかっていうと、映像には本人たちが写っているんだけど、本人たちの上からVJの映像が乗るんです。

『CY8ERなりの横浜アリーナ at 日本武道館』

 AIの自動認識を使ってマスキングをやったわけですが、こういう技術の精度がこれからもっと上がるはずで、顔認識を組み合わせて「この人の顔だけマスクする」とか、ずっと顔にモザイクをかけたりもできるし、そこに歌詞を出すこともできる。最近だと「おめがシスターズ」というVTuberが近いことをしているんですけど、配信ライブでそういうことをできるのは面白そうです。

 あと、冒頭にも話したんですが、先端技術をゴリゴリ使った演出というのは、近頃はMVにその潮流が移行しています。たとえば、先月末に公開された戦慄かなのさんのMVは僕がクリエイティブ・ディレクターを担当した作品で、これはスタジオで戦慄さんを撮影して、CG化して作ったんです。本人的にはCG化した時点でMVの撮影は終了していて、あとは作家と一緒に頑張って作りました。CGが割れたり、ぐちゃぐちゃになったりする。

戦慄かなの "wake me up" M/V

 そんな感じで、「最先端の技術を使って○○をしてみよう」というチャレンジは、いまだとMVの方がやりやすいと思っています。というのも、huezという集団のメインの仕事がライブに集中しているためで、これまではMVの制作を受注すると、とてもじゃないけど撮影時間を確保できないのでやっていなかったんですよ。でも、いまはいろんなツールが発達して極端な話、パソコン上で完パケできるMVも成立するので、最先端の技術を使ったストレートな映像作品としてMVを作ることは今後もやっていくと思います。「ビジュアルをちゃんと作っていこう」「変なことをどんどんやろう」というのはhuezの今年のテーマでもあるので。

 あとは、アニメーションのMVも近年すごく増えてるじゃないですか。こういうことって昔は絶対考えられなくて、たとえばアニメタイアップの楽曲でMVがアニメーションだと、その楽曲は“アニソン”ってジャンルに区分されて多くの人に届かなかったはずなんですけど、YOASOBIの『アイドル』はストレートなアニメMVなのにすごい勢いで拡散しましたよね。つまり、たとえ楽曲のMVに本人が出ていなくてもお客さんはそれをアーティストのMVとして認識してくれるようになってきた。

 これに近い話として、アーティスト本人の姿とアバターの姿を、お客さんが両方とも「本人だ」って認識できるような時代になっている。

ーーアイドルにもアバターと実写の姿を併せ持つ方がいらっしゃいますし、AIアニメのMVなども見るようになりましたね。

としくに:こういう「アバターと本人を同一視すること」って、これまではむしろちょっとタブーだったと思うんですが、もう近年は「それはそれで一つのプレゼンの仕方だ」という理解をされている。これもコロナ禍で加速したことだと思うんです。インターネット上にあるアバターや、もう少し抽象的なペルソナも、その人本人だよねっていう認識は、もう『マトリックス』の世界観ですよね。

ーーそういう時代が来ると、huezさんがずっとやってきたリアルとバーチャルの垣根なく、ライブパフォーマンスを演出していくことというのは、ますます発展していきそうです。

としくに:そうですね。『Vision Pro』の件もそうですが、VRグラスで本人とアバターを同時に観るライブとかも作れるようになると思うし、どんどんこの「リアルとバーチャルの表層」というのは“溶けて”いくんだろうなと。

ーー実存・実写と虚像・アバターが融和して、境界がなくなっていく。

としくに:『VR Chat』とかで生活している人たちの中では、もうだいぶ前から溶けちゃっているものだと思いますが、こうした現象がアーティストとファンの間にも起き始めている。考えてみれば「SNS上の名前しか知らない友だち」とかもいるわけだから、普通のことですよね。ネットの文化が現実世界にバンバン入って溶けまくってて、しかもみんな無意識。「スパチャをくれた人のコメントを生ライブで読む」みたいなことをやる人もいますし、この時代ならではの文化だと思います。

関連記事