連載:作り方の作り方(第二回)

「お金がないことは死に値しない」 放送作家・白武ときお×『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』など手掛けた上出遼平が語る“テレビ業界への反発心”

コンフォートゾーンが本当に嫌い

白武:上出さん、ニューヨークへ移住するんですよね?

上出:行きます、ようやく。

白武:ニューヨークで暮らすのって、どえらい金額かかりますよね。だって、年収1000万円くらいあっても……。

上出:2000万円あってようやく健康的な食事がギリできるくらいらしい。

白武:大金持ちってことですか?

上出:ないない。無理よ。だからまあ、修行ですね。

白武:修行って何ですか?

上出:「上京」みたいな感じじゃない?

白武:いいですね。僕も上京したいです。

上出:いや本当にね、けっこうみんな「上京」ってしたいじゃん。ニューヨークって10年前だったらわりとパッと行けたけど、いまはもう物価の高騰と円安のダブルパンチだから。だから裸になって帰ってくるくらいの気持ちじゃないと行けない。

白武:収入のアテはあるんですか?

上出:ないです。

白武:本当、なんなんですか? 考え方が違いすぎて、なんでそんなことをするのかわからなくて。ニューヨーク行って何をするんですか? 行ってから考えるんですか?

上出:決めてから行くぞって言ってると、たぶん行けないのよ。決まんないんだもん。だってそんなの、行ってみないことにはわかんない。『ハイパー』もそうだったし。

白武:即興性、ですか?

上出:即興性です。ゲリラです。基本的には。

白武:僕は絶対に事前リサーチをして、こことか、あそことかに、いいものがありそうってアタリをつけて行きたい。そのアタリを捨てるとしても。

上出:僕だって完全に準備ゼロではないよ。でも、もう本当にいろんな国の人と話してきて、日本人ほど一歩踏み出さない国民っていないって感じた。減点方式が蔓延しているからとかもあると思うんだけど。失敗しちゃダメ、みたいな。

白武:多分染み付いてるんでしょうね。

上出:でも「失敗しないように」って言ってるとさ、「じゃあ踏み出さないほうがいい」ってなるじゃない。でも「10%くらい見込みがあればとりあえずやってみる」みたいな世界ってあるから。

白武:でも僕は本当に石橋を叩きたいタイプなので……。

上出:それもわかるし、どちらが正解ということもない。

白武:と言いつつ、新規性が面白いと思うんでいろんなことには挑戦していると思うんですけど、それにしても「行ってから考える」みたいなことには憧れるので、上出さんの行動原理を知りたいんです。

上出:なにが怖いんだろうね。だってさ、仕事がなくなるって怖さはあるけど、どうにかなるじゃない。ここまで一生懸命やってきたら。スベるとか、笑われるとか、もちろん考えるよ。「一年ももたずに帰ってきたよ」とか言われるとか。でも、そんなこと言ってくる人たちは関係ないじゃん。

白武:笑ってくるヤツらとかは関係ない…。

上出:笑ってくるヤツなんて、どうせなにやったっているわけじゃん。失敗したら笑われるとしても「なにを失敗とするか」でしょ。我が夫婦としては全然失敗と思わないし、むしろ得るものてんこ盛り。どっちに転んだって、それより動かないことのほうがマイナス。

白武:現状でいうと、僕は今持ってる荷物が多いから動けない。上出さんは持っているものが少ないんですかね?僕も動きたいなら、いま持っている荷物を一回手放すってところからですよね。

上出:そうだね。でも荷物って何があるの?

白武:現状やっている仕事とか、人付き合いとか、友達とか、そういうのを一度ゼロにして次の街へ行くわけじゃないですか。

上出:ときおくんの仕事、アフリカでもできるでしょ。

白武:できるんですかね。もう行くって決めたら、できることはあると思うんですけど。でも、食べていける算段がないのに行くっていうのが怖い。僕はギャンブラーじゃなさすぎるので。

上出:僕だってギャンブラーじゃないよ! ギャンブルしたことないし。

白武:いや、生き方がギャンブラーじゃないですか。たとえば『ハイパー』のロケでも、出会った人のうち誰について行くか決めるのはギャンブルだと思うんです。僕はできれば、複数の候補を持っておきたい。でも、ひとつに全額ベットできる性格になれたらいいなと思うんです。そういう緊張感を『ハイパー』の漫画を読んで感じて。僕は弛緩し切った柳なので……。

上出:素晴らしい日本語。

白武:だから徐々に上出さんの精神を取り込んでいきたいと思ってます本当に。だから、ニューヨークに移住するみたいなことをぶちあげたいですね。

上出:あら。ロンドンとかいいんじゃない? 合いそう。静かだし。

白武:差別されたりとか、ナメられたりとかするんですよね?

上出:もう僕すでにめっちゃされてるよ。つらいよ、ニューヨークとか。

白武:なんでそんなことわかってて自分を放り込めるんですか?

上出:いやもう、本当につらい。でも、つらいのが好きなのよ、たぶん。つらい状況にいれば次のフェーズに行けることを知ってるから。日本でつらいってあんまりないじゃない。でもニューヨークでさ、ブロンクスのアフリカ系のチームとかと一緒に動いてたりするとさ、もう、自分が幼稚園児みたいなの。

白武:しんどい……。

上出:言葉もよくわからないし、文化資本的にも、覚悟も、やってきたことも、みんなレベルが違ってさ。それでもこの人たちにしがみついて行かなきゃってなる。そうすれば全然違う世界が見えるだろうってことは、直感としてわかるから。そのいつか見える世界で、今まで自分が培ってきたいろいろなことを新たな形で活かせるのはワクワクする。

白武:そうですけど、その1歩が踏み出せない。

上出:コンフォートゾーンっていうのが本当に嫌いなんだよ。僕も、たぶん妻もそうなんだけど、「居心地いいな」と思ったと同時に「アカン!」ってなるわけ。そのまま緩んでいく人は大勢いるじゃない。自分でコントロールできる状況って楽だから。ときおくんもいま、コンフォータブルでしょ。心地いいことばっかりじゃない?

白武:心地いいことばっかり……。

上出:そんなことない?

白武:いや、心地いいことばっかりです。ただ、めっちゃ追い込んでるというか、常に考え続けろってことを自分に課してます。ただ、テレビマンに育てられた、お笑いのいろはを叩き込まれたときみたいな「面白いものを出さなきゃ。ここで“おもんない”って思われたら、この先はない」みたいなヒリヒリはない。

上出:ヒリヒリするのはもう嫌だ、って気持ちはあるでしょ。

白武:「精神衛生の安全圏から最高傑作を出す」と思ってたんですけど、今日お話しして、確かにヒリつくような環境に身を投げたほうがいいのかもしれないって、初めて考えました。

上出:たまにはヒリヒリすることもあったほうが良くない? 一年中そうである必要はないけどさ。

白武:今日は学びが多いです。

上出:良い悪いはあると思うけどね。世の中には、本当に不要なストレスもあるから。

関連記事