にじさんじ・朝日南アカネの卒業に寄せてーー不器用で、旅が好きで、どこまでもファンに真摯だった彼女の足跡を記す
どこまでもファンに真摯な姿勢を貫いた朝日南アカネ
「VTuberはネットカルチャーの最先端」「そんなVTuberのトップを走る事務所」というイメージから、にじさんじに所属する多くのタレントがネットカルチャーに非常に強く、パソコンなど機材の知識も豊富である、という印象を持たれがちだ。
もちろん、そうした側面があるのは事実で、ネットカルチャーやパソコン知識も人並み程度に持ち合わせているタレントが多いわけだが、かといって全員が全員そうだというわけでもない。これは、にじさんじを少しでも追いかけているファンならばご存知だろう。些細なパソコンのトラブルに怯えたり、配信がままならなくなって同僚らに助け船を求めるという場面も時折見られるほどだ。
そんななかで朝日南アカネは、デビューした当初パソコンに限らず機械周りに非常に疎く、「デスクトップパソコン」が何かが分からず、「USB」や「スパム」といった言葉の意味ですら分からなかったというエピソードを持つ、ある種稀有なタイプのライバーであった。
昨今はギガスクール構想をはじめ教育現場のデジタル教育が推進されるなど、小・中学生のころからパソコンに触れる機会が増えている。そのため、なんとなくでもパソコンやインターネット、そこで使われる単語について理解している若年層が多いだろう。
しかし、おそらくパソコンに一切触れることなく人生を送ってきた彼女にとって、こういった単語や機械に触れることは初めての経験。同時期にデビューした西園チグサ、北小路ヒスイらが手厚くサポートしていたという。
くわえて、ツイッターの仕様をあまり理解していなかったり、『Minecraft』を購入する際にも同じソフトを重複して購入してしまったりと、SNSやネットショッピングすらも覚束ないといったエピソードもある。
デビューから2年経過したころにはだいぶパソコンの扱いも慣れてきていたのが分かるが、それでもちょっとしたトラブルが起きると「どうしよう!」とあたふたする姿は、最後まで変わらなかった。
少し話は変わるが、朝日南は2023年3月に自身の3Dお披露目ライブ『カナリア』、Nornis 1st LIVE『Transparent Blue』を終え、リフレッシュのために海外をグルリと回る旅行へとむかった。そこで体調を大きく崩してしまい帰国できない状況となってしまったり、石垣島への一人旅の模様を記録したVlog動画を投稿したりと、旅行にまつわるエピソードが多い「大の旅行好き」でもあった。
旅行を楽しみながら動画や写真を撮影し、配信やSNSを通じて報告する姿もたびたび見られ、ファッションにも詳しいことからZARAやdazzlinをつかったファッションコーデやメイクにまつわるショート動画を、YouTubeだけでなくTikTokにも積極的に投稿するなど、自身の「女の子」な一面をたびたび発信してきた。
こういった部分からも、朝日南アカネがインドアというよりはアウトドア派だったことがよくわかる。前述したような機械に疎い一面や、Z世代のユーザーが多いTikTokでの投稿にも注力するなど、彼女がかつてのオタク的な存在からはかなり離れた人物であったことは容易に想像できるだろう。
どのような存在・どのような世代の人間であってもインターネットに触れることの多い令和において、そこにあるカルチャーを自然に楽しもう!と手を伸ばしてくる。朝日南アカネは、内向的な人物が多いという過去のインターネット利用者像に引っ張られることなく、日本国民全員がネットカルチャーに触れる、令和的なインターネット像にマッチした存在だったようにも思える。
日々の雑談配信では、そういった普段の生活・経験から面白そうなエピソードを決めて話すタイプだった朝日南アカネ。
しかし、一方で自分が話そうと決めた話題から、大いにそれていき、好きなだけ話してようやく着地する。そんな不思議なハンドリングで進んでいく会話やテンポも特徴的だった。間を置いてリスナー側に考えの咀嚼を促したりするような、ラジオパーソナリティー向きな一面はなかったと思う。
いちどテンションがあがってしまうとその傾向は余計に強くなるタイプで、ふっと我に返って「あぁ~! これは! 話を元に戻さないと!」と自虐気味にツッコみ、ふたたび元の話題へ……といった調子で進むのが通例だった。
加えて、突拍子な発言、脊髄反射で飛び出るようなワードや、話している内容までは深く考えず、言葉だけが先行して出てくるようなシーンも多かった。
朝日南アカネは、文字に書き起こしたり、うまく言語化するにはすこし難しい発音・発話をすることが何度となくあり、その不可思議で感覚的な言葉遣いは少なくないファンを魅了し、笑わせ、時に戸惑わせることもあった。
テンポ良く配信を楽しみたいリスナーからすれば、「どこか不器用そうなひと」という印象を受けるかもしれない。
だが、その振る舞いがどれだけ不器用で、不格好であろうとも、彼女はその瞬間配信に集まったリスナー・ファンの声に応えようとする真摯な姿勢を優先し、リスナーと対話することに重きを置いていたと筆者は感じていた。
リスナーのコメント・返信・スーパーチャットをじっと読み込み、しっかりと答えようとする。どれだけその数が多くなっても、そのすべてに言葉を尽くして返そうと数時間に渡って会話し続けることもあったほどだ。
それから、彼女はファン一人ひとりのことをよく覚えているライバーでもあった。デビュー初期から応援しているファンの名前だけでなく、書かれたコメントの内容までしっかりと覚えており、「この方は〇〇の時に××だった方」「この方は1年前に▽▽っていう話しをしてた人」とかなり詳細に言及するほど。
久しぶりにコメントしたファンに気づけば声を上げて感謝を告げ、前回コメントした際の内容からその後の近況を聞くなど、むしろリスナーに質問すらする。とある配信で「リスナーのコメントや声はなるべく読もうとしてきた」と口にしていたのが、筆者の記憶に残っている。どれだけ不器用で、四苦八苦しながらの配信であっても、真摯に、誠実にリスナーやファンに向き合ってきたのだ。
それはデビュー初期から続き、4万人以上が集まった最後の歌配信でも同じように振る舞った。歌っているときと同じくらいの熱量、むしろ歌っている時間よりも多い時間をかけて、ファンから寄せられた言葉の一つひとつに返答しようとした彼女の姿をみたファンは多いだろう。
さすがにすべてのスーパーチャットのコメントを最後まで配信中に読み上げることはできなかったが、そんな朝日南アカネのことだ、配信が終わった後にじっくりと読んだのではないだろうか。