連載「音楽機材とテクノロジー」第14回:OMSB

OMSBに聞く、ラッパー・ビートメイカーとしてのMPC&DAW論。歌寄りのフックが増えた理由も“機材の変化”?

 音楽家の経歴やターニングポイントなどを使用機材や制作した楽曲とともに振り返る連載「音楽機材とテクノロジー」。第14回に登場してもらうのは最新アルバム『ALONE』とそれを携えた初ワンマンライブが評判だったOMSBだ。

 SIMI LABのメンバーとして名を馳せて以来、ラッパー/ビートメイカーとして多岐に渡る作品に携わってきた彼はどのような機材とキャリアを歩んできたのだろうか。初めてのビートメイクやラップ、MPCやDAWを導入したころの思い出など、興味深いトピック満載でお届けしよう。

「MPCは簡単な英単語さえ分かれば、使うほどに理解が深まるのが楽しかった」

――OMSBさんはビートメイクとラップの両方をされていますが、始めたのはどちらが最初でしたか?

OMSB:ビートメイクからですね。15、6歳くらいのころにCDJでDJを始めたのがスタートです。それから自分でもビートを作りたくなってきて、リズムマシンでトラックメイクみたいなことを始めたんです。

――最初に作ったビートはどんなものだったか覚えてます?

OMSB:USのプリモ(DJプレミア)のような感じのサウンドだったなと思います。リズムマシンに入っている音色のせいか、少し早めでダンサブルなものが多かったですね。まだ自分ではラップもしてなくて、トラックを作ることしか考えていませんでしたね。ステレオタイプな洋楽好きみたいに「ラップは日本語でやるもんじゃないっしょ」という考えだったんです(笑)。

そういえば、当時USヒップホップをよく聴いていて、ギャングスタやスクリュー周りの音楽が好きだったんですが、米軍基地のCD屋に使ってジュブナイル「Slow Motion」を買いに行ったら、BPMがすごく遅くて。最初は「不良品を買わされた」と思っていたんですが、その時にスクリュー盤の存在を知ったんです。聴いていくうちにだんだんとハマってしまい、一時期は遅くないと聴けないくらいでしたね。

 それから18歳でQN(ex.SIMI LAB)と知り合って、彼が使わなくなったサンプラー・KORG『ELECTRIBE』を自分のリズムマシンと交換してもらったんですよね。いまから考えるとまったく等価交換ではありませんでしたが(笑)。

――QNさんからサンプラーをもらってからはいかがでしょう。

OMSB:デトロイトのヒップホップを聴くようになってきて、リズムが揺れているような音を作ろうと試行錯誤していました。上ネタ(※)を面白くするための研究もしていた記憶があります。ほどなくしてサンプリングだけでなく『microKORG XL+』も足してました。

(※編注:上ネタ=楽曲をサンプリングする際に、旋律部分をサンプリングする手法のこと。)

――ラップを始めたころの話も聞かせてください。

OMSB:友だちとグループを組んだのが最初ですね。Nas「The World Is Yours」と同じ元ネタのビートを俺が作って、相方が2分の間「スピリチュアルな話」をフックなしでフリースタイルするという曲を作っていたんですよ(笑)。ただ、それがMCひとりだと寂しかったのもあり、遊びで僕がラップを重ねていきました。MTRで録っていて、よいテイクを決めるのに時間がかかったのを覚えています。

 その相方とSD JUNKSTAのイベントに行った時に出会ったのがQNだったんです。それから彼の家でKANDYTOWNのYUSHIも交えて曲を作っていて、空いた時間に「俺もリリック書いてみていい?」と。それが初めてきちんと書いたリリック。「家に帰る」をテーマに3人でマイクリレーした「カラスの勝手」という曲ですね。最初にしてはよくできたなと思いますよ。

――2007年にSIMI LAB「Walkman」をリリースしてリスナーを驚かせましたが、その時のことについて改めて聞きたいです。

OMSB:QNのビートですね。ちょうど彼がMPCを極めだした時期でした。当時のSIMI LABは、メンバーが減って俺とQN、Hi'Specの3人でやっていて、DyyPRIDEが入るか入らないかという状態だったと思います。それから元々バックDJをやっていたATTOが連れてきたのがMARIAですね。その5人で「Walkman」をレコーディングしました。そのままノリでMacの内臓カメラを使ってMVを撮影して、その日のうちにYouTubeに上げましたね。

SIMI LAB/WALK MAN

――いま聴くとラップの位置や揃い方など、粗削りに感じられる部分もありつつ、やはりドープだなと。

OMSB:技術的な点は色々ありますね。ちょうどデモをばら撒いていた時期なので、まず面白いと思ってもらえればよかったんです。ライブでかますだけでなく、映像でも興味を持ってもらえればと。結果としてMETEORさんがブログで紹介してくれたのをきっかけに、彼と繋がりのあるPUNPEE君や環ROYさん、サ上(サイプレス上野)さんが面白いと思ってくれて、ありがたかったです。

――SIMI LABの1stアルバム『Page 1:ANATOMY OF INSANE』は随分ラフさがなくなったように感じましたが、なにか制作方法に変化があったんでしょうか?。

OMSB:「Walkman」からアルバムを出すまでの間にAKAI『MPC1000』を使うようになっていましたね。なので、その時の機材的にはすでにドキュメンタリー映画『THE COCKPIT』とほぼ同じスタイルになっていました。「Uncommon」などのアルバム収録曲はそれで作ってますね。

AKAI『MPC1000』(左)とRoland『SP-606』(右)

 MPCは簡単な英単語さえ分かれば、あとは使うほどに理解が深まるのが楽しかったです。フライングパンを使ってキックの音に“当てない”、いまでいうサイドチェイン的な手法や、スネアのボトムを敢えて削って「ペチッ」という音にしたり、自分で手法を編み出したりしていました。

 特に「Moonbeam」ではチョップした音の後ろに、それを逆再生したものを繋げるとディケイがカッコよくなることに気付いて、そのアイデアを試しました。思い出深い曲です。

AKAI『S950』

――いまならYouTubeでチュートリアルを見れば完結しそうなことを、ご自分で探されていたことが驚きです。また『Think Good』の時の機材は過去のインタビューなどを見る限り、MPCと『SP-606』とターンテーブル、それにAccess『Virus』を使っていたとか。

OMSB:「MPCとシンセ」という組み合わせには変わりなかったと思います。『Virus』は菊地(成孔)さんのライブ『DCPRG YAON 2012』に出演したときに、キーボードの坪口昌恭さんが使っていて「音太え!」と思い、奮発して買いました(笑)。あと当時必須だったのは『SP-606』のエフェクト。ひとつのエフェクトしか使えない『SP-404』などと違って2種類がけできるのが面白かったんです。あと「Dビーム・コントローラー」でフィルタがかけられるので、ライブでテルミンみたいに使ってましたね。

 『Think Good』の前後は、スーツケースに機材が入るだけ詰めてマシンライブをよくやってました。『KAOSS PAD』も使ったりして、取り入れられるものは取り入れてみようと思っていた時期だったかな。ただそれと同時に、機材を増やしすぎるとどんどんフィジカル感が失われるのも理解したんですよ。バックDJのHi'Specはいいかもしれませんが、ラップをやっている側は動いていた方がいい。あと余計なことをするよりもシンプルな方がカッコいいと思うようになったのもあります。このスタイルは自分に合わないな、と思い至ったんですよ。

――シンプルなことに目覚めたきっかけは?

OMSB:これ、というのは難しいですが、『Think Good』をリリースしたあとにAKAI『MPC3000』を買ったことはきっかけのひとつかもしれません。『MPC3000』は『MPC1000』より出来ることが限られているのですが、出音が超カッコいい。それで展開を付けるよりも、シンプルなサウンドの方ががいいなと感じるようになりました。あとは、昔の音楽を聴くことが多くなって「結局キック/スネア/ハイハットで成り立っている曲が最強」と感じたのもあります。

 それに関連する話で、Twitterに「『MPC3000』がほしい」と書いたら、K-BOMBさんから「送るよ」と返信が来たことがあります。住所を教えたら『MPC2000』が届いたんですよ。ただ、これはTHINK TANK『BLACK SMOKER』で使われた、ヘッズにとって伝説の機材ですから、ヤバすぎるなと。結局使わずで申し訳なく思ってます……。

K-BOMBから受け継いだ AKAI『MPC2000』

――それは驚きますね(笑)。そういえば、OMSBさんがDAWを始めたのは、ここ数年のことなのだと聞きました。

OMSB:2年くらい前ですね。やっぱり宅録はできた方がいいなと。恥ずかしい話ですが、それまで『GarageBand』にMPCの音を2mixで入れて、ラップをMacのエアーマイクに吹き込んだ音源をデモにしていたんですよ。当然ですが、それだと曲の良さも伝わりづらい。それでなんとかDAWを導入して、「絶対に元を取ろう!」と火が付きました。

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