SKY-HIと株式会社stuの『BE:FIRST』MV制作における挑戦 『SIW SHIBUYA 2022』セッションレポート(後編)

『SIW2022』トークレポート(後編)

さまざまな挑戦を繰り返したBE:FIRSTのMV制作

 セッションの後半には、stuの手がけた事例紹介が行われ、黒田氏とSKI-HI氏がBMSG所属のボーイズグループ「BE:FIRST」のMV制作の一端を紐解いていった。

「BE:FIRSTのMVを撮り始めたのは今年の春くらいだが、stuさんとは2年弱くらいの付き合いがあり、そこからクリエイティブのこと含め、色々な相談をさせていただいていた」とSKY-HI氏は振り返る。

「クオリティの定義という意味では、BE:FIRSTがデビューしたばかりの頃ですと、どんなものを作れるかが未知数でした。なので、複数作品を出していくなかでさまざまな角度からクリエイティブを考えていったんです。そして、音楽制作においては自信を持ってクオリティが高いと言えるレベルにまで仕上がっており、映像制作に関しては自分の考える予算に見合うだけのクオリティを作れる日本のチームが限られていると。そう感じていたので、だったら新しい映像制作のあり方から作ればいいという考えが、BMSGとstuの間の基本的なスタンスになっています」

 黒田氏も「アニメーションやCG制作の方が多かったので、BMSGさんとはゼロから一緒に作っていこうという気概で取り組んできた」と話す。

 MVの予算感について、一般的なものの場合は100~500万円くらいだといわれているという。また、ある程度の予算がかけられる500~3000万、3000万~1億円のMVだと、予算の使いどころや良いものを作るために正しく努力する姿勢が問われてくる。

 こうしたなか、BE:FIRSTにおけるパイプライン(制作工程全体)を示したのが次の図だ。

 可視化された数字をベースに、stuとBMSG双方で正しい方向に進んでいるかの擦り合わせをしながら、MV制作を進行していったという。

「BMSGがMV制作に求めるものとして『多いカット数』、『多い画変わり』、『美術セットの作り込みや規模感』に予算をかけていきたいというものでした。これらをstuさんと相談しながら、BE:FIRSTの各楽曲のMV制作に取り組んだ感じです」

 また、韓国と日本のMV制作における“クレジット表記”の違いについても、SKY-HI氏は意見を述べた

「日本のMVを見ていると、スタッフのクレジット記名がないことも少なくなく、クリエイターが育っていかない原因にもなってしまうのではと問題意識を感じています。一方、K-POPのMVを見ていると、『何だ、この役職は?』と目につくことが多いんです。知らない役職や監督が複数いたりと、驚かされることも多いわけですが、クレジットがあることで、次のオファーにも繋がりやすいことも考えると、この点についても解決したいと思うところです」

 BE:FIRSTの楽曲の中でも、BMSG所属のアーティストやトレーニーが総勢15人参加した楽曲「New Chapter」では、「現場でプレビューをしない」という制作手法をとったという。

 黒田氏は「セッションの2部に登壇した柿本ケンサクさんが監督を務めたが、捨てカットがひとつもなかった。これは本当に素晴らしいことだと今でも実感している」とし、これに対してSKY-HI氏も「よほど事前に頭の中で完成した映像が流れていないと不可能だと思う」と監督の柿本氏を絶賛した。

「どうしても人間は臆病なので、予備カットを撮っておこうとしがちですが、それだと使われないデータも増えてしまう。こうしたなか、『New Chapter』は、総勢15人が出たり入ったりするだけでも大変で、ちょっと時間が押してしまえば全てが台無しになる可能性もありました。それでも柿本さんの英断に助けられ、高いクオリティを保ったままMVを撮り終えることができたと思っています」

 もうひとつの事例として挙げられたのが「Message」だ。この楽曲については、プリプロダクションに32日間をかけており、しっかりと煮詰めて仕上げていくアプローチでMVを制作していったという。

 この期間では、田中氏が表に出ていない脚本を作り込んだ上で、ドラマシーンのような撮影を敢行したそうだ。

「各々の人物設定やドラマなど、すべて書き起こしました。本当のドラマを作っているのと、ほとんど遜色がないような形で、『Message』のMV制作に携わらせてもらっていましたね」(田中氏)

 紹介された事例を振り返ってみると、BMSGがこうしたチャレンジングな制作手法を積極的に受け入れているからこそ、挑戦的かつハイクオリティなアウトプットが生み出されたのだとわかる。

 SKY-HI氏は「今後、アーティストやクリエイターがアントレプレナーシップを持つことが加速していく」と予想を語る。

「BMSGは会社を経営し、大きくしていきたいという野望があり、その結果としてエンターテインメントのシステムそのものを変えたいと思うようになった。アントレプレナーシップを持って取り組むことが、個人事務所や小さな会社単位まで浸透していくと、日本のエンターテインメン産業はもっと変わっていくのではないでしょうか」

エンタメ業界のシステムの形骸化やガラパゴス化は覆せる

 stuとしても、「こうやってやれば良いクリエイティブができる」といったものをたくさん成功事例として積み上げていきたいという。

 そのような流れのなかで、新たな制作手法となるのが「ライターズルーム」というもの。海外では複数の脚本家が集い、ディスカッションを通じて、ひとつのストーリーを紡いでいくことが一般的であるが、こと日本においては事例が少ない。

 実際にオリジナルドラマ制作の案件でライターズルームを経験した田中氏は、「個の力に全てを委ねるのでなく、協業していくのが当たり前になっている」と実体験を通して得た感想を話す。

「それぞれの脚本家たちの意見を聞き、都度確認を取りながら進行していくような現場でしたが、ひとりの知恵やアイデアよりも、複数人による英知を結集させた方が、言わずもがな良いものが生まれやすいなと感じましたね」

 田中氏が作るライターズルームは三幕構成を採用。この構成には山場を2つ作れるという利点があるそうだ。

 また、全体のスケジュールを俯瞰した綿密な全体構成シートと、詳細なキャラクター設定シートなども活用し、プリプロダクションに時間をかけることも、ライターズルームの大きな特徴のひとつである。

 最後にセッションのラップアップとして、各登壇者がメッセージを語った。

「ものを作るからには、日本国内ではなく、世界の人々に届けたいという気概を持ってやらないと、ガラパゴス化が進むなかで日本が世界から置いていかれてしまう。私自身もその危機感を持ち、新しい価値観やクリエイティブの生み出し方をインストールしながら頑張っていきたい」(田中氏)

「日本のエンターテインメント産業におけるシステムの形骸化やガラパゴス化は、ネガティブな側面として存在している一方、そのような現状を覆せる時代だとも思っていて、すごく前向きに楽しめる状況だと個人的には思っている。冒頭の黒田さんが紹介したアジアのエンターテインメントの台頭を見ても、世界におけるアジア人のプレゼンスは確実に高まっているのも事実。私は本気で世界に通用するコンテンツを作りたいと思っていて、それは十分に実現可能性がある時代だからこそ、これからも頑張っていきたい」(SKY-HI氏)

「アーティストになりたい、脚本作りたい。そう思う若手が、今のstuが進めるライターズルームのようなところに入れるといいのではと感じる。最初からグローバルスタンダードで仕事をしていける体制づくりが、今後求められてくるのではないだろうか」(ローレン氏)

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