ふたたび輝くValensiaの美旋律――『Air Twister』を彩る、絢爛たるシンフォニック・ポップ
レコード会社を〈マーキー/アヴァロン〉に移し、2000年に発表された第4作『Gaia II』は、『Gaia』以前、あるいは同時期に書きあげながらも封印していた楽曲を解禁して創りあげたセルフプロデュースアルバムであり、Valensiaとしての真価をふたたび問うものであった。また、全曲のドラムス演奏を実弟デイヴィッド・クラークソンが担当し、以降のValensiaの活動における右腕的存在となってゆく。
2002年発表の第5作『The Blue Album』ではさらにもう一歩踏み出し、組曲仕立ての趣向や、ニューロマンティックサウンドの再解釈、独創性あふれるジャズ・スタイルの楽曲などを盛り込み、自身がこれまでに辿ってきた音楽遍歴とシンクロさせながら「ポップ・ミュージック」の醍醐味をあの手この手で味わわせてくれる。
ブックレットに記された「Who Says Modern Pop Music Has to be Bad?」というフレーズも、ポップ・マエストロたるValensiaの強い矜持を感じさせるものだった。外部の意見に左右されることなくアルバムのレコーディングを進めることができたことも、ポジティブな影響をもたらしている。
2003年から2004年にかけて、QUEENとバンド関連楽曲を持ち前の緻密なアレンジでカバーしたマニア魂炸裂のトリビュートアルバム『Queen Tribute』(なかでも「Bohemian Rhapsody」のカバーは“完コピ”の域に達した見事な仕上がり)や、デイヴィッドとの兄弟シンフォニック・メタル・ユニット「METAL MAJESTY」名義のセルフタイトルアルバム、新曲を含むアコースティック・ミニアルバム『Non Plugged』を立て続けに発表。
しかし、その後は表舞台に姿を現すことが稀になり、実質的に活動休止に近い状態が続く。2009年にValensiaはオスカー・ホールマン(WITHIN TEMPTATIONなどを手がけるオランダのプロデューサー/ソングライター。VENGEANCEのオリジナルメンバー)とのレコーディングや、音楽関係者へ新曲のプレゼンテーションを行ったものの実りある結果とはならず、翌2010年には新作アルバムの先行シングルというふれこみで「One Day My Princess Will Come」の発表を計画するも、種々の事情により見送られることとなった。
ポップ・アーティストとして活動がままならない状況に加え、かねてから関心を抱いていた映画制作の想いが募っていたValensiaは、オリジナルのホラー長編映画『spo0K』の構想を形にするためにしばらく奔走することとなる。
そしてさらに時が経ち、2014年。Valensiaは第6作『Gaia III・Aglaea・Legacy』で音楽活動へ久々にカムバックすると同時に音楽活動からの引退を表明。アルバムジャケットのValensiaのどこか哀しげな表情や、これまでになく赤裸々に綴られたライナーノーツや歌詞、すべてをさらけ出したうえで、かつての『Gaia』の再現に渾身の力を注ぎ込んだ「セルフトリビュートアルバム」にして、至高の「予定調和」ともいえる本作の内容には複雑な感情が湧き上がったが、諦念の境地から生み出された独特の凄味は圧巻というほかないものがあった。かくして『Gaia』三部作の円環は閉じられた。
その後、2015年から2017年にかけて長編映画第2作『LEVINE』の制作に取り組んでいたValensiaだが、やはり音楽と完全に縁を切ることはできず、ポップ・アーティストとしてふたたび足を踏み出すこととなる。2017年3月、Valensiaのアルバム制作のためのクラウドファンディング・キャンペーンが立ち上がり、活動休止期間中に書かれた楽曲をコンパイルしたデジタルアルバム『Eden and the Second Serpent』『The Secret Album』などが出資特典として設定されていた。
これを再始動の足掛かりとして、完全新作のオリジナルアルバムのレコーディングに着手。往年のアルバムの雰囲気を求めていた〈キングレコード〉と契約を交わし、2019年発表の第7作『7EVE7』で再度カムバックを果たした。実弟デイヴィッドがドラムスのみならず、プログラミング、マスタリング、プロデュースを担った本作は、『Gaia』『K.O.S.M.O.S.』の頃のクオリティを基準に据えつつも意図的に『Gaia』と対を成すようなコンセプトがとられている。
歌詞においてもかつての虚実入り混じったかのようなファジーなものではなく、より自伝的で、シリアスで、ダークなトーンが強まっているのだが、「したたかなポップ・アーティスト」として吹っ切れた感もあり、再出発にふさわしいアルバムとなった。
Valensiaのアルバムに通底しているのは、「胸ときめかせる鮮烈なポップサウンドの伝道者」としてのスタンスだ。物心ついたときから慣れ親しんできた数多のポップソングからの影響を、Valensiaは惜しげないアレンジのもとに聴き手の前に鮮やかに広げてみせる。デビューアルバム『Gaia』の究極ともいえる様式美・旋律美を様々に形を変えて更新し続け、新たなリスナーに向け続けることで、Valensiaのオリジナリティはきらめくのだ。
「僕が音楽を創造しているのは、3歳の時に聴いたいくつかの曲に驚嘆したからだ。こうした曲は、それ以来、僕に多くの喜びを与えてくれたよ。僕はただ同じ様な喜びの瞬間を人に伝えたいと思っているんだ」
(『Gaia II』(2000)ライナーノーツより引用)
「僕はいつも“ベスト盤”を創るよう心掛けてきたけれど、最初の曲からラスト・ソングまで全部が優れたポップ・ソングで、ロック、レゲエ、ポップ、ジャズという風にスタイルは違うけれど、全部ヴァレンシアのスタイルで書かれている。これこそが僕の音楽とこのアルバムの存在意義なんだ」
(『The Blue Album』(2002)ライナーノーツより引用)
「肝心なのは楽曲そのものなんだ。そしてそう、それはオリジナル。聴けない人にはそうは思えない。僕の音楽はとても若い人たち、そしてとても音楽性豊かな人たちのためにあるんだということを発見した。その他の人たちは、僕が他の人たちと同じことをやっていると僕をオリジナルと見なす。興味深いパラドックスだ」
(『Gaia III・Aglaea・Legacy』(2014)ライナーノーツより引用)
「長年に渡ってプロデューサーたちやレコード会社は、私のサウンドをモダンにするよう説得してきた。それを「アーティストとしての音楽的成長」と呼んでね。自分がまったく成長していないといえることを嬉しく思う。そもそも成長を必要としていないのかもしれない。たぶん、私は“Gaia”を書いた時点で、自分がいたいと思う場所にいたのだろう」
(『7EVE7』(2019)ライナーノーツより引用)