「YouTubeを頑張るとCDが売れなくなる」という誤解を解いた先に YouTube音楽チーム担当者と考える“日本の音楽シーン”

YouTubeショートの可能性

ーー動画再生数やチャンネル登録者数を意識するアーティストも増えたと感じますが、YouTubeの音楽チームでは、視聴データをどのように活用していますか?

鬼頭:データは主に3つの切り口で活用しています。ひとつ目はアーティストに対して「YouTube Analytics for Artists」という分析ツールを通じて、よりアーティスト目線で音楽に特化した形式でのデータを提供しています。楽曲がどういった再生方法で、どの場所で再生されたか、公式コンテンツの再生が多いか、UGCでの再生が多いか、など、さまざまな情報を知って頂くことによって、アーティストはより精度の高い戦略作りや仮説検証に活かすことができます。ふたつ目は、ユーザーの皆さんが音楽をより楽しんでもらうためのデータ活用です。YouTube内ではレコメンデーション経由の再生の割合がどんどん高まっています。YouTubeで音楽を再生するユーザーは、レコメンデーションのデータが活性化されます。それによって、より多くの音楽に出会うことができます。3つ目はムーブメントを創出するデータです。このデータによってYouTube独自の音楽チャートを構築できます。日本ではYouTubeミュージックチャートを提供しています。公式のMVだけでなく、UGC動画やカバー動画の再生も合算したチャートです。YouTubeの中でどの楽曲がヒットしているか、最近急上昇している楽曲は何か、を見せていくことで、ヒットコンテンツの新しい兆しや、次のトレンドを可視化していきたいと考えています。アーティストへのデータ提供。ファンやユーザーに向けたデータ活用。そして市場を可視化するデータ。この3つの領域でYouTubeのデータは大きな役割を果たしていると思っています。

ーーアーティストが活動を続ける上で、再生回数だけを追う時代は終わったのかなとも個人的に感じています。

鬼頭:MV中心でYouTubeを捉えると、どうしても単一の動画の再生回数に目が向きやすいですが、YouTubeの立場から申しますと、個別の再生回数よりも重要視したいのは、YouTubeチャンネルでファンやユーザーと向き合う際に生まれるエンゲージメントに関するデータだったりします。各動画の再生回数の集合体や、どれくらいの頻度でチャンネルの更新頻度など、なかなか表では見えてこない部分のデータも合算して評価しています。再生回数の議論で言うと、最近YouTubeショートを始めましたが、短尺動画と長尺動画の再生回数を同じ土俵で比較することは、すごく難しいんです。こうした変化で、今までの再生回数だけを見る目も変わっていくと思っています。

ーーYouTubeショートは昨今、音楽業界やアーティストの間で活用が増えてきています。新しい縦型短尺動画にはどんな可能性があると思われますか?

鬼頭:2021年にYouTubeショートを日本で始めて以来、アーティストの大きな価値になると考えるのは、ファンとのエンゲージメントを高めるツールとして活用できる点です。アーティストの皆さんは、多くのYouTubeクリエイターさんのように毎日、毎週動画を投稿し続けるのは現実的でなかったりします。ですが、MVがメインコンテンツとなっているチャンネル運用では、数ヶ月に一度公開されるMVだけでファンとのエンゲージメントを高めるのは難しくなっています。MV公開を一つの山場と考えた時、山と山を埋める日々のコンテンツとしてYouTubeショートを活用できます。アーティスト本人が自分の素顔を見せたり、スタッフの様子を映したり、メイキング動画の1シーンを投稿するなど、ライトなコミュニケーションができます。キラーコンテンツとしての新曲リリースやMV公開と、ライトウェイトなコンテンツのYouTubeショートを組み合わせることで、常にファンやユーザーとエンゲージしている戦略がYouTubeショートによって実現可能にあると考えます。今年7月、YouTubeショートが全世界で立ち上げから一周年を迎えました。その際に公開したブログ記事で、YouTube音楽部門のグローバル責任者のリオ・コーエンは、YouTubeショートで音楽を見つけた時、その音楽について深堀りできる導線を作ることがYouTubeの仕事だと言っています。長尺と短尺の両方の動画でアーティストとファンを繋ぐ唯一の場を提供していくことを目指したいです。

ーーYouTubeショートからヒットが生まれるかもしれないですね。

鬼頭:ヒットは作りたいですね。短尺動画と長尺動画の両方をアーティストが単一のプラットフォームで公開できるのが、YouTubeの大きな特性であり強みです。YouTubeショートを見て、アーティストのチャンネルでMVを見たり、MVを見てその楽曲を使ってYouTubeショートを投稿してみたり、クリエイターさんがYouTubeショートでカバーし合ったり。こうした組み合わせを広げることで、YouTubeならではのヒットの創出にYouTubeショートも加えていきたいです。

ーー今後、音楽チームが取り組みたい活動やゴールを教えてください。

鬼頭:日本の音楽チームが目指すゴールは2つあります。ひとつは、一人でも多くの多様なアーティストのサポートを行っていきたいです。当然ですが、レコード会社に所属され、一線で活躍されるアーティストだけではありません。すでに引退したアーティストや作品もあります。個人活動で活躍する音楽クリエイターさんもいます。多種多様なアーティストに応じてYouTubeの活用方法は異なります。できるだけ多くのアーティストの皆さんにYouTubeの可能性に気付いてもらい、多くのファンを獲得できるようにサポートの幅を広げられればと思います。ふたつ目は、グローバルなプラットフォームであるYouTubeの特徴を生かして、世界中のユーザーと日本のアーティスト、日本の音楽を繋げていくことです。世界と日本の架け橋的な役割で、世界のオーディエンスに音楽を届ける上での障害を少しでも取り除けるよう、世界を目指す音楽業界のパートナーでありたいと思っています。この2つが大きな注力ポイントです。

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