ウクライナ紛争にゲーム企業とゲーマーはどう立ち向かったのか

 2月24日に始まり、現在も続くウクライナ紛争の凄惨には、もはや言葉を失う。日夜、民放のニュースにはモザイクに包まれた市民や兵士の遺体の画像が流れ、SNS上では信じられないような蛮行が日夜報道されている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によれば、死亡した民間人の数は3日時点で少なくとも1417人に上り、うち少なくとも121人が子どもだった。(参考:CNN

 いま、まさにこの記事を書いている筆者には、ロシア、ウクライナ双方に友人がいる。大学時代の友人もいるが、多くはゲームコミュニティ関係の人間だ。だからこそ、日本人である私にさえ、彼らそれぞれの心境や価値観がいかに複雑か想像もできず、特定の立場からこの紛争について論ずることができない。

 また日本国内でSNSの発信を読んでいても、ロシア、ウクライナ双方の発信があまりに切実が故に、その訴えが日本人の心に届ききれず、安易なミームや偏向的なデマに解釈されることが多々見受けられたことも、残念でならない。

 それでも、この紛争について日本人の立場から、特にゲーマーの立場から論じるには、一体どこから始めるべきなのかと考え、限りなく当事者に近い立場の人々、ポーランド、チェコ、ベラルーシといった東欧諸国のゲームスタジオが、とりわけこの紛争に心を痛めていることを伝えようと思う。

ウクライナ紛争におけるゲームスタジオの対応

 まず、ウクライナ紛争におけるゲーム業界全体の動向からお伝えしたい。ゲーム業界もまた多くのエンタメ産業と同じく、多数の企業が反戦を唱え、特にウクライナの犠牲者を支援している。

 たとえば、アメリカ、西欧などの国々のゲーム企業は、ロシア国内ではサービスを停止するなどの措置を取っている。具体的には、Microsoft、SIE、任天堂のようなプラットフォーマーにはじまり、Activision、EA、Epic Games、Ubisoft、Supercellほかのパブリッシャーも、ロシアでの一部あるいは全体の事業を停止している。

 また、ウクライナへの支援やウクライナ市民のための人道支援を呼びかけたり、実際に寄付などを行う企業も多い。なかでも、Epic Gamesの人気ゲーム『Fortnite』が、2022年3月20日から2022年4月3日までの全ての収益、1億4400万ドル(およそ170億円)を国連を含む支援組織に寄付したことは大きな話題となった。

Epic Gamesが発表した寄付の内容

 ほかにも、Necrosoft Gamesのスタッフが主にインディゲームを扱うゲーム販売サイト「itch.to」で、総額6500ドル相当(およそ80万円)のゲームがわずか10ドルの寄付から入手できる「Bundle for Ukraine」を販売し、合計637万ドル(およそ7億9000万円)を慈善団体に寄付した。こちらはEpic Gamesほどの大企業ではない、独立系スタジオのクリエイターたちとゲーマーたちが紛争の犠牲者のために行動を起こした結果だ。同様に、Humble Bundleは「Stand with Ukraine Bundle」を販売し、714万ドルを全額寄付している。

 かつて、アメリカのドナルド・トランプ元大統領が何度も「米国で銃乱射事件が多発しているのは、残酷で不気味なビデオゲームが世間に広まっているから」と発言したように、ビデオゲームは子どもを暴力的にし、紛争を推奨しているかのように批判されやすい。だが実際には、当事者でないにも関わらず、極めて多くのゲームクリエイターやゲーマーがこの紛争に心を痛め、メッセージを打ち出し、実際に行動をしている点は注目するべきだろう。(参考:GIGAZINE

東欧諸国の積極的な動き

 なかでも、ウクライナを積極的に支援したり、ロシアの侵略行為を批判するスタジオの集まる国々がある。それが、ポーランド、ベラルーシ、チェコ……そう、ロシアとウクライナの近隣諸国だ。具体的には、以下のスタジオが支援を表明している。

・CD Projekt RED(ポーランド)・・・難民の援助として100万ズウォティ(約2675万円)を寄付
・Techland(ポーランド)・・・同様に、難民の援助として100万ズウォティを寄付
・People Can Fly(ポーランド)・・・100万ズウォティを寄付
・The Farm 51(ポーランド)・・・1週間分の売上全額寄付+支援用のDLCを販売
・Acid Wizard Studios(ポーランド)・・・2週間分の売上全額寄付
・11 bit Studios(ポーランド)・・・1週間分の売上全額寄付
・SCS Software(チェコ)・・・DLC「Ukrainian Paint Jobs Pack」の販売、売上全額寄付+2万ユーロ寄付
・Bohemia Interactive(チェコ)・・・「Arma 3 Charity Bundle」の販売、売上全額寄付
・Warhorse Studios(チェコ)・・・Koch Mediaと共に即時50万ドルの寄付、将来に渡る追加50万ドルの寄付
・Amanita Design(チェコ)・・・1週間分の売上全額寄付
・Wargaming.net(ベラルーシ)・・・人道支援に100万ドルの寄付。ロシア、ベラルーシの本拠点を撤退。
・Sad Cat Studios(ベラルーシ)・・・ロシア、ベラルーシ両政府を非難。2020年には同スタジオの反対運動から逮捕者も出ている。

 このように、彼らを含む膨大な東欧国のディベロッパーがウクライナへの支援、そして反戦への強い意志を表明している。

 率直に言えば、彼らの多くがインディースタジオを含む中小規模の企業であり、EAやEpic Gamesのような大企業と比べて経済的な余裕もないはずである。それにも関わらず、この支援の規模は、日本を含む欧米の企業と比べても明らかに大きく、ポーランド、チェコ、ベラルーシといった国々がどれだけこの紛争について深刻に捉え、行動を起こしているかは注目に値するのではないだろうか。

 この背景には、ロシアをとりまく東欧の国際関係の緊張がある点が考えられる。特にポーランド、チェコ両国は第二次世界大戦にて、(ロシアが中心の)ソ連とドイツが衝突する板挟みにあい、戦後もソ連の影響力を強く受けた。その結果、ソ連や共産党への反発として、チェコのプラハの春(1968年)、ポーランドの「連帯」の結成(1980年~)、ポーランドの円卓会議やチェコのビロード革命(1989年)へと発展している。よって両国は歴史的にも地政学的にも、ロシアへの危機感を西欧以上に持っている。

プラハの春(Wikipediaより)

(なお、大戦間に起きたポーランドの悲劇として、2万2000名ものポーランド軍捕虜がソ連により虐殺されたとする「カティンの森事件」もあり、今年4月にはポーランドのドゥダ大統領はその歴史と国際法廷での審判を改めて主張した。参考:時事通信

 さらにここで、彼らがただポーランド人、チェコ人としてでなく、ゲームスタジオとしてこの紛争に対してNOを唱えた点こそ、筆者は注目するべきだと思う。何故なら、ポーランドやチェコの国々で作られたビデオゲームはいずれも、長く苦しい歴史を反映するかのように、極めて「国家」や「民族」そして「紛争」といったテーマを真摯に捉え、ゲームというメディアで体験可能なものにしてきたからだ。

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