歌広場淳の続・格ゲーマーは死ななきゃ安い
歌広場淳が聞く、“ひとり格ゲーメディア”HiFight氏の信念 「格ゲーマーが持つストーリーを伝えたい」
大のゲームフリークとして知られ、ゲーマーからの信頼も厚いゴールデンボンバー·歌広場淳による連載「続・格ゲーマーは死ななきゃ安い」。今回は、Twitterで格闘ゲームの大会、配信等の魅力的な瞬間を切り取ったクリップを投稿し続け、いまやコミュニティになくてはならない“ひとり格ゲーメディア”となったHiFight(ハイファイト)氏をゲストに招き、歌広場が気になる質問をぶつけた。タイ出身のHiFight氏はなぜ、格ゲーにハマり、驚くべき時間を費やして、その魅力を広く発信し続けるのか。多くのプレイヤー/格ゲーファンからリスペクトを集める“HiFight兄”の素顔が、いま明かされる!(編集部)
「“ひとり格ゲーメディア”のような存在」(歌広場淳)
歌広場淳:すごい! HiFight兄(※にい/格ゲー業界でおなじみの親しみを込めた敬称)だ〜! 僕のこと、何となく知ってもらっていますか?
HiFight:もちろん知っています!(笑)
歌広場淳:HiFightさんは格ゲーのクリップを共有することでコミュニティを大きく盛り上げていて、どんな方なのかずっと気になっていたんです。僕みたいなプレイヤーの試合もピックアップしてくれて、「こんなところまで観てるの!?」と驚くような幅広い情報を伝えている“ひとり格ゲーメディア”のような存在ですが、なぜこうした活動をスタートしたのでしょう?
HiFight:「HiFight」というTwitterアカウントを作ったのは、『ストリートファイターV』がリリースされた2016年でした。2010年〜11年ごろから格ゲーの大会を追いかけていたのですが、周りに関心を持ってくれる人が少なくて、SNSを通じてこの楽しさを共有したいと思ったんです。
歌広場淳:もともと格ゲープレイヤーについては詳しかったんですか?
HiFight:それ以前は『ストリートファイターIV』や『ULTIMATE MARVEL VS. CAPCOM 3』が好きで、特にその界隈のプレイヤーはよく知っている方だったと思います。ネットで情報を集めて、配信もよく見ていましたね。
歌広場淳:HiFightさんはタイのご出身で、英語と日本語の両方でツイートされていますよね。最初は海外と日本のどちらのリアクションが大きかったんですか?
HiFight:アメリカを中心に、海外の方が多かったですね。自分としても最初は海外向けに考えていたのですが、ただ日本に住んでいて、日本語も話せるので、人気の日本人プレイヤーの話を翻訳して伝えたり、逆に海外の情報を日本語で伝えたりするようになって。それで日本人のフォロワーの方も増えてきたので、今はアカウント名を「HiFight(ハイファイト)」と表記しています。2018年くらいからは、自分自身も対戦会に参加したり、日本の格ゲーコミュニティとリアルでかかわるようになっていきました。
歌広場淳:プロ選手も含め、プレイヤーの間でもHiFightさんの名前は広く認知されていますが、プライベートなことをお話しされる機会って、あまりなかったですよね。
HiFight:ほとんど初めてですね(笑)。
歌広場淳:もちろん明かす必要がなかったこともあると思うのですが、僕はプレイヤーとしていつもHiFightさんにお世話になっているので、いろいろと伺いたくなってしまって。例えば、最初にプレイしたゲームは覚えていますか?
HiFight:タイで過ごしていた子どもの頃も、日本のゲームはずっとプレイしていました。タイにはアーケードの文化がほとんどなくて、家で遊ぶのが一般的で、たぶん、最初にプレイしたのはスーパーファミコンの『ロックマンX』だったと思います。中学、高校と時代が進むとPCゲームも流行りましたが、僕は家庭用ゲーム機で遊ぶことが多かったですね。
歌広場淳:対戦格闘ゲームと出会ったのは、どんなタイミングでしたか?
HiFight:最初に格ゲーにハマったのは高校時代、『The King of Fighters 2001』だったと思います。ただ、本格的にやり込むには至らなくて、次にプレイしたのはだいぶ時間があいて、ニンテンドー3DSの『スーパーストリートファイターIV 3D EDITION』(2011年)でした。通信環境がそんなによくなくて、対戦相手もあまりいなかったのですが、オンラインで楽しんでいましたね。
歌広場淳:そうして楽しく遊んでいたなかで、格ゲーコミュニティ、プレイヤーについて深く掘り下げていくことになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
HiFight:ちょうどその頃に、遅ればせながら梅原大吾さんの「背水の逆転劇」(※2004年に開催された世界的格闘ゲーム大会「EVO」の『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』部門・準決勝にて、梅原が見せた大逆転劇。格闘ゲームの歴史のなかで最も有名な試合/シーンのひとつ)の動画に出会って、衝撃を受けたんです。そこから大会の配信を観るようになって、2011年の「EVO」は手に汗を握りました。『スーパーストリートファイターIV AE』部門で、韓国のPoongko選手がセスを使って大暴れしていて、梅原選手、ときど選手を倒して、決勝でそれをふ〜ど選手が倒す……という熱い展開で。
歌広場淳:熱かったですね。周りに格ゲーの楽しさを共有できる人が少なくて、大会の熱気に魅せられて……という流れ、すごくよくわかります! 試合をずっと追いかけているから、ある意味で大会に参加しているプレイヤーよりシーンに詳しくなっていきますよね(笑)。そのなかで、特に好きになったプレイヤーはいますか?
HiFight:たくさんいすぎて選ぶのが難しいですが(笑)、やっぱり、興味があるのは梅原さんと、ときどさんですね。二人にはストーリーがあるので、それをまとめるドキュメンタリー動画を作ったりもしました。