永遠の命は人を幸せにするか? SF映画『Arc アーク』から考える“命の平等性とテクノロジー”

 生物にとって、「死」は「絶対で究極の平等」であるはずだ。

 しかし、テクノロジーの発展は、その大前提を過去のものとするかもしれない。

 6月25日に公開された石川慶監督のSF映画『Arc アーク』は、不老不死が実現する時代の人間ドラマを詩的な映像で綴った作品だ。原作は、稀代のSF作家ケン・リュウの短編小説『円弧(アーク)』。不老不死を手に入れた人類最初の女性の「一生」を通じて、人間にとって生とは何か、そして死とは何かを問いかける。派手なFVXを駆使せずとも素晴らしいSF映画を作れることを見事に証明した作品だ。

2つの不老技術

 本作の主人公リナは17歳で出産を経験したものの、生まれたばかりの赤子を病院に置き、放浪生活を送る。19歳となったリナは、亡くなった人間の遺体を永遠の若さに保つ「プラスティネーション」施術を提供する会社「ボディワークス」を知る。その経営者エマは、リナの師となり、リナは遺体を永遠の若さに保つ仕事に生きがいを見出していく。

 そして、エマの弟、天音は、プラスティネーション技術をさらに発展させ、生きた人間を若いまま保つ不老不死技術の開発に成功。リナはその施術を受けた最初の一人となり、30歳の身体のまま永い時を生きることになる。

 本作には、不老にまつわる2つの技術が登場する。「プラスティネーション」と「不老不死」技術だ。

 「プラスティネーション」という技術は、実際に存在する。人間や動物の遺体に含まれる血液などの水分と脂肪分をプラスチックなどの合成樹脂に置き換えることを指す。原作小説では、その過程を以下のように記述している。

プラスティネーションの技術は、まず腐敗を止めるための死体の防腐処理からはじまる。つぎに死体を切り開き、皮膚や脂肪をめくり取って、その下に隠された人体の構造を露わにする。そののち、組織内の水分と脂肪がアセトンに置き換わるまで何度もアルコールとアセトンの溶液に浸す。それから死体はポリマー風呂に浸けられ、死体のまわりから空気を抜く。組織内のアセトンは陰圧をかけられて低温度で沸騰し、気化する。それによって液体ポリマーが筋肉や血管や神経に入りこみ、すべての細胞に合成樹脂が滲みこむ。(『もののあはれ』P106、ハヤカワ文庫SF)

 このプラスティネーション技術は、現実の世界では解剖標本などに利用される。剥製と異なり細胞レベルで本物を維持できるため、研究や勉強のための資料として重宝される場合もあるようだ。この技術は人体にも応用されたことがあり、かつて「人体の不思議展」などの名前で展覧会が世界的に行われたこともある。

 日本では1995年に国立科学博物館で開催された「人体の世界」という展覧会で、ドイツで作られたプラスティネーションによる医学用の標本が初めて一般公開された(参照:https://www.kahaku.go.jp/special/past/human/human.html)。

 その後、1996年から1998年には、プラスティネーションの生みの親、グンター・フォン・ハーゲンスのプラスティネーション協会と日本の主催者による共催で『人体の不思議展』が日本で開催された。これは剥製や模型ではなく、本物の人間の遺体を用いた展覧会であり、人道的な視点から賛否両論が巻き起こった。2018年には、中国の団体主催の、スイスで開催予定だった同様の展覧会に、拷問死した人々の遺体が使用されている疑惑が持ち上がったこともある(参照:https://www.afpbb.com/articles/-/3193577?pid=20624466)。

 このように、現実社会ではかなり物騒な話題が散見されるプラスティネーションという技術であるが、本作においては、家族や恋人など、愛する人々を失った人々がそれでも一緒にいたいという気持ちを叶えるために利用するものとして描写される。

 そして、本作では、プラスティネーションをさらに発展させ、生きた人間の不老を実現する。プラスティネーション技術から生まれた細胞を人体に流し込み、永遠に細胞分裂を繰り返せるようにすることで若い身体のままで不老不死を実現するものだ。

 プラスティネーション技術と違い、不老不死はいまだ現実には実現していない。だが、人類の寿命はどんどん伸びており、人はいずれ150歳以上まで生きられるようになると予測する者も出てきている。そうした説を唱える者にとって、老化とは避けられない必然ではなく「病気」なのだそうだ(参照:https://courrier.jp/news/archives/228635/)。日本でもソフトバンク孫正義会長が、DNA治療や人工臓器が一般化し、人類は平均200歳まで生きられると講演で語ったこともある(参照:https://www.nikkei.com/article/DGXNASM105005_T10C13A8SHA000/)。

 確かに人間の平均寿命は医学の進歩によって伸び続けている。150歳や200歳が実現可能かはまだわからないが、少なくとも100歳まで生きるのが当たり前の時代は、すでに多くの人にとって難しい想像ではないだろう。

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