『The VOCALOID Collection -2020 winter-』特集(Vol.2)

Ado×jon-YAKITORY対談 「シカバネーゼ」タッグが振り返る、それぞれのボカロシーン

 この1年で、バイラルチャート1位、メジャーデビュー、YouTubeミリオン連発と、大躍進を遂げた歌い手・Ado。彼女が界隈の内外へ広くその名を轟かせるきっかけの1つとなったのが、ボカロP・jon-YAKITORYが手掛けた「シカバネーゼ」だ。

 もともとボカロ曲として昨年公開された同曲。jon-YAKITORYのオファーでボーカルにAdoを迎えた動画が投稿されたところ、TikTokやサブスクで話題に。6月25日付のバイラルチャートで1位に輝き、Adoとjon-YAKITORYのタッグは一躍、2020年ネット音楽シーンの新星となった。

 世代は異なるものの、ともにニコニコ動画をルーツとする彼ら。ボーカロイド文化の祭典『The VOCALOID Collection -2020 winter-』の開催を前に、初の対談が実現した。2人はなぜニコニコ動画で活動を始めたのか。また、スマッシュヒットを経験した今、何を思うのか――。(ヒガキユウカ)

ニコニコ動画は実家 流れるコメントは“中毒性がある”

――まずは、お二人が活動を始めたきっかけから伺っていきたいと思います。Adoさんの初投稿は2017年1月10日、「君の体温」(クワガタP)の歌ってみたでしたね。

Ado:はい、中学2年生のときでした。私、要領が悪くて、準備にだいぶ時間がかかってしまったんです。機材自体は小学6年生のときにそろえていたんですが、実際にそれをどう使って録音すればいいのかわからなくて。ひとつのハウツー記事を何回も読み直して、「あ、もしかしたらこれはこういう意味なのかもしれない」といろいろ工夫をして、ようやく動画が完成したのが中2だったんです。

――そもそも「歌ってみた」に興味を持ったきっかけは何だったんでしょう?

Ado:小学生のときにカゲプロ(カゲロウプロジェクト)のアニメが放送されたりして、すごく盛り上がっていたんです。そこから歌ってみたも聴くようになって、まふまふさんや、そらるさん、天月さんの歌ってみたを聴くうちに、面白い世界だなあって思うようになりました。

jon-YAKITORY:小学生でカゲプロあるのうらやましい! ドンピシャの世代ですね。

――メジャーデビュー曲「うっせぇわ」特設ページのインタビューで、当時、ニンテンドー3DSでニコニコ動画を見ていたとありました。

Ado:そうですね。もともと3DSのゲームが大好きでのめりこんでいたら、あるときニコニコ動画が見られるようになって。小さくても自分の所有物で見られるっていうのがうれしかったです。それまでは親のパソコンで見ていたので。

jon-YAKITORY:僕は高校生くらいのときにryoさん、ジミーサムPさん、ハチさんたちの曲をめちゃめちゃ聴いていました。すごく実験的で熱がこもっていて、それまでそういう音源を聴いたことがなかったので、「なんだこれ!」って感じ。タグ検索でいろんな曲を聴くうちに、「どうやらみんなプロじゃないらしい」と気付いたんですよね。ということは自分もできるんじゃないか……と思ったのが、ボカロ曲を作り始めたきっかけです。

――お二人が衝撃を受けたボカロ曲を教えてください。

jon-YAKITORY:いわゆる「ぶっ飛んだボカロ曲」とは少しズレるかもしれませんが、ハチさんの「WORLD'S END UMBRELLA」です。MVにナレーションのようなテロップが流れて、動画の中で物語が完結するんですよね。いわゆる物語音楽をあんなにはっきりとやっていて、それでもダサくないのが、すげえなと思って聴いてました。

Ado:いっぱいあるんですけど、印象に残っているやばい曲はwowakaさんの「ワールズエンド・ダンスホール」です。音作りも当時の私からしたら「何この曲!」って。人間じゃ歌えないくらい速くて高くて、未知の音楽。なのに中毒性も高くてすごいなって。

――2020年ヒットしたAdoさん、jon-YAKITORYさんからレジェンドお2人の名前が出て、なんだか嬉しいです。jon-YAKITORYさんが初投稿したとき、どんな反応が来たか覚えてますか?

jon-YAKITORY:覚えてます。コメントを見て、ひたすら一喜一憂してましたよ。「良い曲」ってあると「うおおおお」ってなって、「うぽつ」ってあると「うぽつ……だけかあ」みたいな。やっぱりコメントが流れてくるのってデカいですよね。曲のどの部分でみんながどう思っているとか、そういうライブ感が伝わってきて。ニコニコの場合はガヤに近いかな(笑)。

――ほぼ同時期にYouTubeにもインスト曲も上げていますが、これは住み分けを意識されていたんでしょうか?

jon-YAKITORY:いや、「ニコニコとYouTubeどっちも上げといた方がいいだろう」くらいのノリです。どちらかというとニコニコがメインで、YouTubeはサブ的なイメージでした。今は逆転しちゃっていますが、ニコニコはずっと実家のような存在です。

――jon-YAKITORYさんがボカロ曲の投稿を始めた2013年当時は、シーンとしては少し落ち着いた印象でしたが、ご本人から見てどんな世界でしたか?

jon-YAKITORY:カゲプロがひと段落して、確かに初期の熱狂が落ち着いている感じではありました。でも僕個人としては、「みんなにはあのときの熱狂が刷り込まれているから、きっとまた盛り上がる瞬間が来るはずだ」と思っていて。

――熱狂が刷り込まれている、というのはすごくわかります。

jon-YAKITORY:それこそカゲプロのときなんてすごかったじゃないですか、じんさんが投稿した数分後にはもう何万再生みたいな。「こんなん埋もれるしかないわ! でも曲すげぇ格好いいから何も言えない!」みたいな(笑)。それがだんだん落ち着いて、次のスターやヒットをみんなが探している雰囲気があったので、そこになんとか入り込めたらな、と。

――Adoさんの初投稿は2017年。その頃の小中学生にとっては、もうYouTubeの方が身近な存在だったんじゃないか、とも思ったんですが。

Ado:私にとっても、ニコニコ動画は実家なんです。ボカロや歌ってみた以外にも踊ってみた、ゲーム実況、音MADとかを見ていて。もちろんYouTubeも見てましたけど、やっぱりニコニコ動画の流れるコメントに憧れてました。「自分の動画にコメントが流れるところを見たいな」っていうのが大きくて。

jon-YAKITORY:あれ中毒性ありますよね。

Ado:ありますね。

――自宅のクローゼットの中で録っていたというエピソードが印象的でした。

Ado:そこしか録音できる空間がなかったんですよね。「録るか」って入って、バタンって閉めて。端から見たらおかしいですよね、クローゼットからすごいうるさい声が聞こえるっていう。少ししたら「休憩しよ」って言ってドア開けてゲームして、みたいな。

――メジャーデビュー以降は、違う録り方もされてるんですよね?

Ado:一応スタジオには行ってるんですが、クローゼットとやってることは一緒ですよ。机に自分のパソコンを置いて。一人で歌って一人で録ってます。エンジニアさんに付いていただいたこともあるんですけど、私は自分で納得できるまで録り直したくて、それに付き合わせてられないし、もし「付き合うよ」って言ってくださったとしても自分が気になってしまうので、クローゼットのときのスタイルに落ち着きました。クローゼットと同じように入っていって、休憩したくなったらバンって出てくる。

jon-YAKITORY:でも想像したらその図、めっちゃ格好いいですよね、広いスタジオに1人で歌う。

Ado:格好いいですかね?

jon-YAKITORY::『情熱大陸』でありそう。「Adoはまたひとり、スタジオに入っていった……」みたいな(笑)。

Ado:(笑)。

“TikTokパワーはすごかった” 「シカバネーゼ」がヒットするまで

――「シカバネーゼ」の制作話も伺っていきたいと思います。

jon-YAKITORY:「シカバネーゼ」のときは、TwitterのDMだけでやりとりしてましたね。

――そもそも、jonさんはどんな経緯でAdoさんを見つけたんですか?

jon-YAKITORY:去年の夏くらいかな、Adoさんが「bin」(猫アレルギー)を歌った動画がRTで回ってきて、「この人歌めっちゃ上手い!」って思ったのが最初です。そこからAdoさんの動画はチェックしてたんですけど、「バスケットワーム」(ナポリP)のときに「がなりがすげえ」って感動して。「シカバネーゼ」作ったときにはもう「絶対この人に歌ってもらおう!」って思ってました。

Ado:ありがとうございます。

――Adoさんへは、どんなオーダーをされましたか?

jon-YAKITORY:もう「自由にやっちゃってください」って。そもそも「bin」とか「バスケットワーム」を聴いて信頼感がありましたし、この人に投げたらいいものが返ってくるんだろうなって分かりきっていたので。そうしたら正直、想像以上でしたけどね。

 特に間奏の「アーアーアー」っていうアレンジ、TikTokでよく使われてるところなんですけど、あれボカロ版にはないんですよ。Adoさんがあのアレンジを加えてくれて、思わずテンション高めのDM送っちゃいました。「ヤバいです!!!!!!!!」って、ビックリマーク8個くらいつけて(笑)。

Ado:アレンジは基本的に自信がなくて、ダメ元でやってるんですよ。とりあえず入れてみて、もしダメだったらまた考えようって。原曲をリスペクトしつつ、自分なりに試行錯誤してアレンジしているつもりです。

――「シカバネーゼ」公開後、お2人に届く反応はいかがでしたか?

jon-YAKITORY:自分的には「すごいものができた!」って思ってましたけど、投稿して最初の1か月~2か月くらいはそんなに伸びなかったんです。そうしたらTikTokで使われ始めて、そこからですよね。再生数の伸びよりは、バイラルチャートで1位になったときの方が、反応はもらえました。

Ado:私は手ごたえとかよくわからなかったんですけど、投稿後しばらくしてから動画を覗きに行ったら「え、急にこんなに再生されてる!」って驚きました。TikTokパワーってすごいなと思いましたね。

――jon-YAKITORYさんは「シカバネーゼ」について、ビリー・アイリッシュの「bad guy」のプレべ(プレシジョンベース)の使い方にインスピレーションを受けたとか、フレーズ感はファレル・ウィリアムスの「Freedom」に影響を受けたかも、といった話をnoteに書かれていました。ご自身の制作のルーツとして、洋楽は色濃くあるのでしょうか?

jon-YAKITORY:そうですね。最初の頃は洋楽を聴いて「このエフェクトどうやってるんだろう」とか、ひたすらググってました。最近は人に聞くことを覚えたので、ボカロP仲間や詳しいMIX師さんに「これってどうやってると思う?」と相談していますね。そうやって「あ、これいいな」って思ったことを頭の片隅に置いておいて、曲を作るときに引っ張り出してくるイメージです。

――リファレンスがあったとしてもモンタージュするというか。

jon-YAKITORY:あ、リファレンスといえばそうですね、作曲の仕事を請けていた時期があって、コンペとかも出してたんですよ。リファレンスが大体3つくらいきて、どう1つの曲に落とし込むかを考えなきゃいけないので、その経験は今も活きているかもしれません。「シカバネーゼ」の話に戻ると、ドラムはカニエ・ウェストの「Black Skinhead」、歌詞はRADWIMPSの「五月の蠅」のあのドロドロ感に影響を受けました。でもただ組み合わせるだけだと真似になるので、それらの要素をこねくりまわして、何回もブラッシュアップして作っていってますね。

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