Spotifyの新プロモ機能は”アーティストフレンドリー”か? メリットとデメリットからその価値を考える
Spotifyが11月2日、アーティストやレーベル向けに楽曲をプロモーションできる新機能を実装した。
この機能は、アーティストやレーベルなど楽曲の権利者がリスナーに聴かせたい曲を設定し、その情報がSpotifyのアルゴリズムによる音楽セレクト機能に追加されることで、その楽曲が自動再生またはラジオで再生されやすくなる代わりに、通常よりも低いプロモーション用のロイヤリティー・レートに変更するというもの。
Spotifyはこの機能について、「アルバムのアニバーサリーやカタログにある楽曲がバイラルヒットした時に効率よくプロモーションできること」をメリットとして挙げている。最近では、TikTok経由のバイラルヒットによって、それまで見向きもされなかった曲や過去のヒット曲など”埋もれた楽曲”が再評価され、人気曲になることも決して少なくない。そういった時に効率良く、話題の曲をプロモーションできることは、たしかにアーティストやレーベルにとっては大きなメリットだ。
また、TikTokによるバイラルヒットはある意味で「運ゲー」の要素も強く、狙ってヒットさせることが難しい。しかし、その反面、無名アーティストのブレイクのきっかけになり得る。ここ最近で言えば、無名の新人だったsalem ileseが「Mad at Disney」をTikTok経由でバイラルヒットさせているが、もし、こういった無名のアーティストがいきなり注目を集めることになったとしても、十分なプロモーション費用をすぐに捻出することは難しい。特にレーベルに所属していないアーティストであればなおさらだ。しかし、この機能があることで、アーティストは、楽曲の認知度や露出をさらに高めるためのプロモーション費用捻出に腐心するという課題が解決されるため、昨今の音楽ビジネス的には今の時代に則したサービスとして捉えることができる。
加えて、この機能はプレイリストによる楽曲再生数増加にも大きな影響を与える可能性がある。音源のリリース形態が、多様化する時代において、ストリーミングサービスでの配信リリースは多くのアーティストにとって非常に身近なものになっている。基本的にはひと昔前のようにレーベルに所属することなく、誰でもリリースできるため、日々、膨大な数のリリースが行われており、無名アーティストだけでなく、ある程度知名度があるアーティストであってもリリース作品が埋もれてしまい、日の目を見ないことも往々にしてあり得る。しかし、なんらかのきっかけで影響力を持つプレイリストエディターの耳に楽曲が止まることがあれば、そこでアーティストはチャンスを得ることができる。
この機能では、リスナーの傾向にあわせて、アーティストらが聴かせたい楽曲がプロモーションされるため、少なくとも何もしないよりは露出を増やし、そういったプレイリストに選曲される確率を上げることができる。その意味ではチャンスに飢えた無名アーティストにとって、知名度を高めたるための有意義な機能だといえる。
しかしながら、このようにメリットが挙げられるこの機能にも、もちろんデメリットがあり、それ故に一部のアーティストたちからは批判が寄せられている。その批判の的になっているのは、「通常よりも低いプロモーション用のロイヤリティー・レートを受け入れなければならない」という点だ。
Spotifyの目的としては、無名アーティストに経済的な負担を課すことなく、プロモーションを可能にすることで、”アーティストが新しいリスナーとつながる機会を増やす”ためのものとしているが、この機能ではシステム上、すでに十分なプロモーション費用を捻出できるアーティストやレーベルなど、資金的に余裕がある者であっても同じように使用することができる。そのため、結局、資金力が乏しい側が成功するためのパイが削られる一方、成功している側もプロモーションによって、得られるロイヤリティーは少なくなり、最終的に美味しい思いをするのは、Spotifyのみになるというのが批判する側の主張になっている。
特にSpotifyは、かねてからアーティストやレーベル側に十分なロイヤリティーを支払っていると主張するものの、未だ多くのアーティストたちからは支払われるロイヤリティーの少なさに対する不満の声も多く、実際、先月末にはアメリカの音楽業界ユニオン「UMAW(Union of Musicians and Allied Workers)」が、1再生あたりのロイヤリティー・レートを1セントに引き上げることを要求したことが報じられたばかりだ。そのため、多くのアーティスト、特に無名アーティストにもチャンスを与えるこの機能にも批判が集まっている。
また、この機能を使った際に適用されるロイヤリティー・レートが明らかになっていないこともこの機能が批判される原因だ。機能自体は現段階ではテスト段階であり、今後のロイヤリティー・レート自体も結果次第で調整される可能性があるというが、現時点ではその不透明さが、信頼性に欠けるという印象につながっていると考えられる。
今夏、Spotifyは、財政報告で「トップ層」のアーティスト(再生数の上位10%を占めるアーティスト)が、1年前の3万組から4万3千組を超えるまでに増加したことを報告。確実にストリーミングの収益によって、十分な収入を得ることができるアーティストが増えていると改めて主張している。しかし、現状ではその対象になるのは、文字どおりトップ層のみであり、依然、ストリーミングで十分な収益を得られていないと考えるアーティストは多く、そういったアーティストは資金的な余力がないため、余裕があるアーティストに比べて満足なプロモーションを行えていない可能性が高い。そのことを考えると、この機能はまさにそういったアーティストの課題を解決するものであり、場合によっては、ロイヤリティー・レートを引き換えにしても露出を増やすチャンスを掴みたいアーティストも中にはいるはずだ。
特に筆者の経験上、無名アーティストの楽曲が先述のバイラルヒットのような要因なしに十分なストリーミング収入をいきなり得ることは現実的には難しく(場合によっては配信のためにアグリゲーターに支払う手数料すら回収できないケースもある)、事前費用なしで自分の楽曲の露出を増やし、少しでも収益を得ることができるのであれば、この機能の利用を検討する余地があると思える。また、最近ではインディペンデントアーティスト向けのPRエージェントが無数に存在するが、中には怪しげなものも多く、信頼性の面を考えると利用することを躊躇する場合もある。それだけにデメリットがあるとはいえ、まだ音楽プラットフォームの自家製プロモーション機能の方が、利用する側からすると信頼性が高そうな印象があるため、試しに使ってみたいと考える者もいることだろう。