魂を死者の世界へと導く『Spiritfarer』が描く、「ケア」を通じた死への向き合い方

 ゲームの世界は戦争や私闘、暗殺など、枚挙に暇がないほど"人の死”が充溢している。物語重視であれ、アクション重視であれ、死はプレイヤーのゲーム体験を様々なかたちで支える装置といえるだろう。

 とりわけナラティブ中心の作品では、死はプロットを展開させるにあたってきわめて重要な役割を持つ。どのキャラクターが死を迎えるのか、あるいは迎えないのか。もし迎えるとすれば、それはどういった形で、どういったタイミングで起こるのか。一方で、ゲームにおける死は、多くの場合でリトライにつながるたった一度のゲームオーバーでしかないという軽さも持ち合わせている。死は不可欠な装置である傍ら、必ずしもゲーム体験の本質的なテーマであるとは限らない。

あらすじと世界観紹介

 カナダの制作会社Thunder Lotus Gamesによる『Spiritfarer』(国内ではNintendo Switch/PC向けに2020年9月29日発売)は、カラフルな色彩のアニメ調のタッチから受けるポップな印象とは裏腹に、“死そのもの”をテーマとして扱ったアクションプラットフォーム・シミュレーションだ。タイトルの“Spiritfarer”は直訳するならば「魂の旅人」の意。物語は、生と死の狭間に位置する海洋群島世界。主人公の少女ステラと愛猫ダフォディルは、カロンから死にゆく人々の魂の世話をする“Spiritfarer”の役目を任される。ステラは幼い子どもの姿をしているが、生前は看護師として多くの人々の末期の世話をし、看取ってきたようだ。魂たちを船に乗せて広大な世界を旅しながら、船を改造し、デッキには家屋や農園、鍛冶場やキッチンなど様々な施設をこしらえながら、魂たちの死に支度の手助けを進めていく。そして、準備が整った魂を死後の世界の入り口「エバードア」へと導くのが、ゲームの目的だ。

 物語冒頭で、ステラに“Spiritfarer”の役目を引き渡す先代カロンの名からも明らかなように、本作はギリシア神話に登場するカロンとステュクスをモチーフにした、生者の世界と死者の世界とのあいだに位置する、幻想的な水の世界と魂の運び手の物語だ。古来より、水は死と親和性があると見なされてきた。例えば、フランスの哲学者ガストン・バシュラールが『水と夢』のなかで、水のイマージュを美や歓喜を湧き上がらせる生の源泉である一方、それを曇らせる孤独な死の恐怖を同時に内包していると論じた。本作は、まさしくバシュラールが論じたような水の世界だ。本作の広大な海洋世界の中で、水は各島々に散らばる人々をつなぐネットワークである傍ら、最終的には魂たちを死へと誘う道程でもある。相反するこの二つの性質を内包した水はゲーム全体を通じて、常に(物理的なかたちで)足元にある。そのさりげないながらも巨大な存在感が世界観を支えている。

「ケア」を通じた人々の死への寄り添いとハグ

 PC Gamerに掲載されたインタビュー記事によれば、同作のクリエイティブ・ディレクターを務めるNicholas Guérin氏は、本作において「あらゆる物事の中心にケアがある」("Everything is centered around care")と答えている。プレイヤーはゲームプレイ上のタスクとして、死へと向かう魂たちへの「ケア」を要求される。死に臨む魂たちのケアを、ゲームという媒体に落とし込むのは本作の妙と言えるだろう。

 ステラが世話をする魂たち全員が、生前は彼女の家族や知り合い、友人であった者たちだ。彼ら/彼女らが抱く住まいや食事といった物的充足へのケアから、死に臨む漠然とした不安や閉塞感といった心的ストレスへのケアまで、ありとあらゆる世話がタスクとして提示され、プレイヤーはそれらをクリアすることで魂たちの死出の旅支度に手を貸す。この意味で、魂たちはステラのケアへの依存状態にあるとも言えるかもしれないが、しかしながら、彼女は魂たちの世話役でありながらも、同時にその内面的葛藤や苦悩、安堵の観察者でもある。様々なケアを通じて、ステラは死に臨む彼ら/彼女らの心境を知る。そこには良い面もあれば、もちろん負の面もある。からっとした魂もあれば、うじうじとした魂もある。プレイヤーとしては身勝手に要求だけをしてくる魂たちに対して、多少の苛立ちを感じることもあった。しかし、ステラは積極的に死出を後押ししたり、あるいはそれを妨げもしない。あくまで、死を当人だけの経験として預け、その傍観者として寄り添い続ける。このことは、物語を通じてステラが言葉を発さないことにも表れている。

 この点において、本作のゲーム体験の特徴は強い受動性にあるだろう。「やらされている」感をストレスに感じるプレイヤーもいるかもしれない。プレイヤーは、表情や身振りを通してステラの内面を推測しかできず、積極的に他のキャラクターたちへと働きかけを行なうようなアクションは設定されていない。しかし、唯一彼女が見送る魂たちに対して起こせるコマンドがある。それが「ハグ」だ。ただハグをする。それは性別や年齢、血縁的近接性も関係なく、また理由もなく選択肢に常にある。特別なイベントや理由も必要とされない。筆者がプレイしていたかぎりでは、ゲーム上特に大きな影響を及ぼしはしないようだったが、しかし本作全体を「ケア」の観点から俯瞰する際には軽視できない。

 準備のできた魂をエバードアから死後世界へと送る際のイベントシーンで、ステラは必ず見送る相手に飛びついてハグをする。それは死別を惜しむものとしてだけ見ることはできない。相手を腕に抱くという行為が示唆する積極的受動性とでも言うべき所作はケアの精神そのものにほかならない。魂たちは死に臨み、最後はひとりきりで旅立っていく。その後、船には旅立った魂たちの住居が物理的な名残として残される。それを目にするたび、そこにできた空白が寂寞感を喚起するかもしれない。

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