『ペーパーマリオ』に潜むメタ構造 『オリガミキング』で崩壊した物語を考える

『ペーパーマリオ』に潜むメタ構造

 その世界観とは、メディアアーティスト・落合陽一が言う「デジタルネイチャー」の世界観だ。「デジタルネイチャー」とは、人工物であるはずのコンピュータが自然現象をも再現できるようになり、「人工物」と「自然」の区別が(人間の認知領域においては)なくなる世界のことだ。この世界においてはコンピュータが世界を記述し、そのコンピュータを人間一人ひとりが当たり前のように利用できる。これは「オリガミ」が世界を記述し、「オリガミ」がキャラクターたちの支配下に置かれているという点で「ペーパーマリオ」の世界観と相似形である。落合の言葉を借りれば、マリオたちはすでに「オリガミネイチャー」とでも呼ぶべき世界に生きているのだ。

 このような世界観を提示したことで作品に批評性を与え、さらにシリーズ全体に統一した(メタ)物語をもたらしたという点で『オリガミキング』は偉大な作品である。しかし、いや、それゆえに次回作のテーマ設定は困難を極めるだろう。

 もはや「世界を記述する力」がマリオたちに敵(への勝利という価値)を用意することはないし、その力に対抗する必然性もない。これからは絵本の、物語の力を借りずに価値を生み出さなければならなくなったのだ。

 では、彼らは今後どんな“生き方”をしていくことになるのか。落合は著書『デジタルネイチャー』で以下のように述べている。

今後の社会で求められるのは「わらしべ長者」的な働き方だ。何の変哲もない藁に虻をくくり付けることで新たな価値を生み出し、その藁をいかに別の価値と交換するかという発想が求められている。

 つまり、誰もが持つようになった「世界を記述する力」を使って、自分なりの価値をどう生み出すかという発想が求められるようになるのだ。

 この考えを基にするならば、次回作は「ドラゴンクエストビルダーズ」のようなシミュレーションとRPGを組み合わせたようなものになるかもしれない。もちろんこれは筆者の限られた知見によるもので、本心を言えばこの予想が(いい意味で)裏切られることを期待している。なにしろ『ペーパーマリオ』の世界は、すでに自在に記述できるのだから。

■徳田要太
フリー(ほぼゲーム)ライター。『スマブラ』ではクロム使いで日課はカラオケ。NiziUのリク推し。Twitter

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