ライブ会場の熱量をオンラインならではの体験に 『SPWN』など手がけるバルス・林範和に聞く“配信ライブの課題”
世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、自宅にいながら楽しめるオンラインイベントや、VR/ARイベントに大きな注目が集まる昨今。突如そうしたイベントへの切り替えを余儀なくされたアーティストも多い中で、もともと配信ライブを手掛けてきたプロフェッショナルは、どんなことを考え、どんな工夫をしているのだろうか。
今回は、xR(VR、MR、ARなどをすべて含む技術の総称)とエンターテインメントの融合をテーマに、MonsterZ MATEや銀河アリスを筆頭にしたバーチャルタレント/アーティストのマネージメントや、ライブイベント、配信プラットフォーム『SPWN』までを一括して手掛けるバルス株式会社のCEO・林範和氏を取材。前編では、彼の経歴から配信ライブにまつわる工夫、4月20日から5月31日までの累計で100本以上のイベント実施と流通金額が1億円を突破した『SPWN portal』の現状や、現在のイベントにまつわる課題までを聞いた。(杉山 仁)
コロナ禍で浮き彫りになった「ファンとファンが触れ合う機会」の重要性
――まずは林さんがバルス株式会社を創業した経緯や、その際にxRの領域に感じた可能性について教えてください。
林:僕は高専を3年間で修了した後、一度は音楽の専門学校に入学後、大学に編入しました。そのときは、メディアなど音楽やイベントに係る業界で働きたいと思っていたんですが、学生の間にその分野で色々と経験をさせてもらう機会があったこともあり、卒業後はもうひとつの興味だった経営を学ぶために金融関係の会社に就職し、その後ゲーム会社に移りました。そのときに海外のゲームやアニメのイベントに行く機会が何度か有り、海外の観客が日本のアニソンで盛り上がる様子を見て「これはすごい!」と思ったんです。
そもそも、エンタメやスポーツのような分野は、もともと体験を共有して国境を越えやすいものだと思いますが、そこにARやVRのような技術をかけ合わせることで、(地理的な制約を越えて)「エンターテインメントをそのまま現地に届けることができるんじゃないか」と考えたのが創業のきっかけです。世間的にも、ちょうど2017年頃には「VR/AR元年」と言われるようになり、ゲームエンジンでリアルタイムにCGが作れるようになったりと、一見バラバラだったものが繋がっていくのを感じていました。
――「バルス」という社名には、どんな思いが込められているんでしょう?
林:社名には、スペインの「バル(バール)」のように、クリエイターやファンが集まる場所にできたらいいな、という気持ちを込めました。ソーシャルゲームやオンラインゲームもそうですが、現在はエンタメ自体も、ひとりで楽しむというより、「不特定多数と双方向コミュニケーションを取る」ことに価値が移ってきていますよね。ですから、プラットフォームをつくる際も、ライブビューイングのようにただ観るだけではなく、双方向的にコミュニケーションが取れるものを目指しています。実際、「SPWN」のイベントでも、お客さんに次にやってほしい曲を投票してもらうなど、インタラクションの感じられる演出を大切にしています。
――なるほど。世界の様々な方々と、インタラクティブにエンターテインメントを楽しむ環境をつくっていきたい、ということですね。xRはまだまだ成長過程の領域ですから、事業をスタートさせて以降、改めて気づいたことも多かったのではないかと想像します。
林:僕らは、立場として3つの側面を持っています。1つめははMonsterZ MATEや銀河アリスのようなバーチャルアーティストのマネージメント会社の側面。そして2つめは、ライブを開催するイベント会社としての側面。そして、3つめはそのライブを届けるプラットフォームとしての側面です。そんなふうに、コンテンツの大元から届けるところまでを担当しているので、そのすべてを見る中で、「もっとこうすれば、アーティストが活躍しやすいのかもしれない」と気づくことは多かったです。
また、イベントの適正な回数なども含めて、よりお客さんのニーズを理解するために、もともとはプレイガイドに委託していたチケット販売システムを内製化したり、自社主催のイベントでお客さんがグッズを買うために8階から地下1階まで並んでいたのを見て、行列しなくてもいいように自社サイト内でグッズを事前予約して会場で受け取れるシステムを構築したりしました。そこから、「配信でも双方向にするために配信も自社でやろう」「グッズを配信の人に届けるためにECもはじめよう」というふうに、事業を広げていった形です。そういうものをワンストップで提供可能にすることで、アーティストもファンのことをより理解できますし、ファンにとっても利便性の高いものになると思ったんです。そこから、オンラインのみのイベントや、ラゾーナ川崎プラザで行なわれたAR謎解きゲーム「V×R GAME」なども開催するようになりました。
――今のお話にも顕著だと思いますが、会場がリアルにもオンラインにも繋がれる架空の場所に存在することで、“どちらにもアクセスできる”というのが、「SPWN」の大きな特徴になっていますね。この特性については、どう感じているのでしょうか。
林:オンラインだけだと、アーティストはどうしてもファンの熱量を感じづらいですし、ファンの立場としても、ひとりでずっとファンを続けるというのは、なかなか難しいことだと思っているんです。というのも、僕はオフラインでもイベントがあることで、ファンの間にも繋がりや熱量を共有するような機会が生まれて、それがまた新しいファンを生むことに繋がっていくと思っていて。その両方を提供することで、アーティストがファンと触れ合う機会だけではなく、「ファンとファンが触れ合う機会も提供できる」のが特徴的だと思っています。
今は新型コロナウイルスの影響でなかなか現実的に人が集まることはできない状況が続いていますが、僕は人って本来「集まりたい生き物」だと思っていますし、そういう場所をつくる大切さを、改めて実感しています。ですから、「SPWN」でも当面の間はオンラインのイベント開催を主体にしていくとは思うのですが、その中でも「どうやってバラバラの場所にいる人が、一緒に楽しむことができるか」「オンラインでも熱気を感じられるか」を考えていかないと、楽しいイベントは実現できないんじゃないかと思っています。