『テラスハウス』東京編:第29~32話ーー“物事を単純化する危うさ”が浮き彫りに?
住人たちが見せる“複雑さ”という魅力
29th WEEK。徳井さんが抜けた穴を埋めるゲストとして登場したブルゾンちえみさんは、『テラスハウス』の好きな場面やメンバーについて聞かれた際に「流佳の英語の発表で泣いちゃいました」と答えていた。そうだよな、ときには泣けることもあるくらいおもしろい番組なのだよな、と再認識させられる、個人的には非常に印象に残るコメントだった。
そこで「なぜテラスハウスは“泣ける”のか?」と考えてみると、そのひとつには「人間がもつ多様な側面が映像のなかに刻まれているから」と仮定することができるだろう。ここでは「ほんとうに“リアル”なのか」という横槍は(真偽の判断が下せないので)一旦無視するとして、ドラマにも映画にもない“リアリティショー”という形態だからこそ見える人間の本質が映っているからこそ、『テラスハウス』は“泣ける”コンテンツなのだ、とひとまずは(勝手ながら)結論づけることができる。
“多様な側面”とはすなわち、人間がもつ“複雑さ”とも言い換え可能なもの。そして他人のもつ複雑さは、個人が簡単に理解できるものではない。たとえば、「(凌がテラスハウスに入居した理由は)売名って思ってる」と言った愛華が、凌の卒業を聞いたときには号泣し、またその数時間後には凌のどっちつかずな行動を非難する。それを山ちゃんは「情緒のビッグウェーブがすごい」と一蹴するが、実際のところ愛華がなぜそこまで態度をコロコロ変えるのか、私たちには“わかり得ない”。複雑なものは複雑なままでありつづける。
あれだけ世のサラリーマンを侮辱したようなネタを披露した快にしても、だからといって冷たい男なのかというとそうではなく、恋に破れそうになり自信をなくす花に「花は可愛くて面白くて、すべてを持ってるよ」とサラッと言えてしまえる温かさがある。「物事をはっきりさせたい」と言うビビも、凌という夢中の相手に出会ってしまうとアメリカで活躍する夢を忘れてしまう、意外な芯のグラつきを見せた。その凌はビビに興味がないわけではないしキスされたらあえて拒むことはないけれど、「夢を捨ててほしくない」と変に律儀な姿勢をとってビビを振ってしまう。この一見して自己矛盾を抱えているような性格のすべてがその人の“複雑さ”を形作っていて、それこそが人間という生き物の大きな魅力でもある。
31th WEEKにおいて、「もしかして凌と愛華は裏で関係を結んでるんじゃないか」とスタジオメンバーが言い出したとき(そして誰も反対意見を述べなかったとき)、正直ゾッとするほど怖かった。おそらく以前にもテラスハウスにそういうことがあったからこその発言なのだろうけど、あまりにも憶測と飛躍が行き過ぎているにも関わらず、その意見が全体の声として出てしまっているからだ。6人の住人に対して6人のスタジオメンバーを配したならば、多くて6つ、少なくとも2つ以上の意見が交わされてくれないと、『テラスハウス』は偏見とレッテル貼りが目立つコンテンツになりかねない。