Real Sound Tech × agehasprings 『Producer's Tool』第二回:田中秀典
agehasprings 田中秀典が語る“作詞のツール”とK-POP訳詞のポイント
「すごく大きな船に乗せられての航海が始まった」
ーーそのフォーカスの寄せ方がすごく良いなと思ったんです。続いて、連載のテーマが“Producers Tool”ということで、田中さんの使っているツールを紹介してもらいたいんですが、「作詞のツール」ってあまり話す機会はないですよね。
田中:話す機会はないですね! 恐縮です。自分自身、あまりデジタル人間ではないので、アナログなツールも多いんですが、一番使っているのはフリクションのボールペンかもしれません。作詞をやり始めた頃は、わざと消えないようにボールペンで書いて、元々のアイデアをリカバリーできるように残していたんです。でも、どんどん場数を踏んでいくうちに、こっちの方がいいと思ったら上書きしていった方が早くなりました。あとは、迷いが生まれないように自分に制限を課している、というのもあるかもしれませんが。
ーーということは、作詞家を目指すにあたって、最初の方は書いた歌詞を残しておく方がいいと。
田中:そうですね、あと、本当に歌詞自体を書きたいけどまだやったことがない、くらいの人は作文を書くところから始めたほうがいいと思います。自分は10代の時から作詞をしているんですが、最初は散文からスタートしていますし、アーティストでも初めての自作詞となると、ポエムに近いような「言いたいことの箇条書き」を書いてもらって、「それを音楽として捉えると、こういう風に嵌まっていくんです」と導くところから始めるので。そうするうちに、何がポイントなのかがわかってきます。
ーーどんどん言いたいことが短い文字数で書けるようになって、音に嵌まるくらいになったら作詞に挑戦する、という順番でもいいかもしれませんね。
田中:そうすると、音楽として言葉を捉えられるようになってくると思いますし、そうなると「このサビ頭のメロディだったら、絶対ここで伸ばすからこの言葉が入るな」というポイントを見つけることができるようになります。
ーーポイントを見つけるうえで、歌手としてのキャリアが活きることはありますか?
田中:あります。自分の利点は歌えることにありますし、本人が歌いやすいか歌いづらいかを瞬時に判断できるのは強みだと思います。だからこそ、ボーカルディレクションの仕事に興味を持ちましたし。
ーー作詞とボーカルディレクションが一緒にできるのは、アーティストからしても安心ですよね。
田中:ありがたいことに、よくそうおっしゃっていただけることが多いです。共作詞をするアーティストさんだと、レコーディングの場で歌詞を変えようとなったときに、こちらからも歌い回しを考えた歌詞を提案できますから。
ーー確かにそうですね。ほかによく使うツールはありますか?
田中:いくつかあるんですが、とりあえずiOSのメモアプリですかね。最終的には紙とペンやwordファイルになるんですが、移動中はメモアプリやボイスレコーダーでの録音になることがほとんどです。ボイスレコーダーは歌ってチェックするというより作曲に使うことが多いですね。言葉のハマりは頭のなかでわかるようにもなったので、あまり録って確かめることはありません。
ーー音源を聴きながら作詞することがほとんどだと思うんですが、リスニング環境については意識していますか?
田中:とことん高音質で、というよりは機能性重視ですね。外出時は『WI-C400』(SONY)で、家では作曲をするので『MDR-CD900ST』(SONY)を使っています。『MDR-CD900ST』は符割りをチェックするときにも使用することが多いですね。だいたい作詞のときに使うのはこれくらいで、あとは仕事を準備するためのアイテムとしてコーヒーがある、というくらいです。
ーーせっかくなので聞きたいのですが、自宅作業が多いからこそ、コーヒーが仕事始めの合図にもなっているんですか?
田中:そうですね。なるべく買って来た挽きたての豆を冷凍保存して鮮度を落とさないようにしておいて、解凍せずにそのままコーヒーミルにかけると美味しいんです。時間をかけて淹れて、心を無にすることで、仕事に集中できているんですよ。料理もそうなるかと思って試してみて、良かったんですけど、結構時間がかかったり、考える暇がなくなったりしちゃって。
ーー心を無にしたいときに料理を作るので、よくわかります(笑)。作曲ツールに関してはボイスレコーダーが挙がりましたが、今も弾き語りで作っているんですか?
田中:いまは鼻歌でメロディが浮かぶところからスタートして、それをコードに変換して弾き語りの音源を作って、『Cubase』を立ち上げる、という感じですね。その時点でリズムなども頭の中には浮かんでいるので、一気に打ち込むんです。自分はギター以外の楽器があんまり得意じゃないので、それ以外の楽器に関しては、MIDIで打ち込むことがほとんどです。MIDIの打ち込みはかなりやってきたので、コードの形が視覚的にわかるようになりました(笑)。
ーーなるほど、ご自身をアナログな人だと自称する理由がよくわかりました。とはいえ、DAWでの作曲もやっていたりと、ツールの進化による恩恵も受けてはいますよね?
田中:間違いないですね。あと、ツールが発展したことで、単純に音がよくなったのも自分にとってはすごく大きくて。プラグインや音源が進化したことで、ホーンセクションやストリングスも嘘臭くない音源が手に入るようになって、作り手としてはアレンジの意図を伝えやすくなりましたし。
ーーそんな田中さんですが、『agehasprings Open Lab. vol.3』では即興で訳詞をする、という試みに挑戦しました。agehaspringsとしても作詞のワークショップは初めての試みですか?(参考:『agehasprings Open Lab.』初の作詞ワークショップで玉井健二と田中秀典が“日本語訳詞の難しさ”語る)
田中:だからこそ、すごく大きな船に乗せられての航海が始まった気分です。シンガーソングライターとして人前に立つことと勝手が違いましたし。
ーー新しい挑戦の一番手になるというくらいの期待が寄せられているわけですね。
田中:教科書通りにやって乗り越えられるものでもなかったですし、「Who(誰が)」「When(どのタイミングで)」、「What(何の曲として)」というシチュエーションが即興で出てきて、そこに対して歌詞を書くというのは、コンペと違う筋肉を使った良い経験にもなりました。玉井さんがプロデューサーという立場で、時には仮想クライアントにもなって、それがイケてるかダサいかというジャッジもしてくれたので、良いやりとりになったと思います。作詞の考え方としても、「文学と音楽ーーリリックとポエム」は違う、というのを見せることができたと思うので、また次の機会に向けて準備していきたいです。
(取材・文=中村拓海/撮影=樋口隆宏(TOKYO TRAIN))