エイベックスの“ファントム組織”キーマンとジェイ・コウガミが語り合う 音楽とテクノロジーはどう共栄すべきか?

エイベックスの“ファントム組織”仕掛け人に聞く

「音楽業界は『どこでもドアがある時代の鉄道会社』」

ジェイ:もちろん業務的な確認などはあると思いますが、必ずしも捗らない定例会議で時間を過ごすのはナンセンスだと。組織としての運営で課題を感じたことはありますか?

2ndF:アイデア出しの段階までは、先ほど挙げた例のように色んなスタッフが携わることができるのですが、いざ制作に入るとクリエイターが中心になって、置いてけぼりになる人が出てきてしまうんです。その人に対してケアすべきかケアしないべきかも、正直わかってなくて。一応役割を与えるときもあって、それがとんでもない方向にハネることもあるんです。『DOLLHOUSE』で展開した音声ARのコンテンツなどは、シナリオを書いたのが宣伝をやっているスタッフで。よくよく聞いてみると、『IPPONグランプリ』にガンガン応募して採用されていたという、ハガキ職人みたいな人だったんです。「そんなことができるなら言ってよー!」と茶化すと、本人は「まさか自分が脚本書くとは思わないじゃないですか」と言っていて、まあ確かにそうだなと。最近は個人が複数の会社に所属することを推奨する動きもあって、そういう考えも間違ってはいないと思いますが、副業を認める・認めない以前に、その会社で働いている側も働かせてる側も、お互いそこに対して多面的にアプローチができてないだけなんだと思いました。

ジェイ:専門職は得てしてそうなりがちですよね。

2ndF:そう。営業は営業スキルが、制作は制作スキルが求められるのが当たり前なんです。でも、僕がこうして制作のことについて対外的に話しているのも、一種の営業スキルが求められることだったりするわけで。自分の多面的な部分を有効活用するには「副業」というのも一つの選択肢なのですが、まずは「副部署」でしょうと。こういうファントム組織がいくつもでき、それに2つ3つ所属してるスタッフが出てくることで、会社としても多面的にその人のスキルを発揮させてあげられるんじゃないかと考えています。そんな考えを社内でも進めていたんですが、そろそろ20人規模になってきたので、エイベックス社内でこれ以上メンバーを増やすのはいいかなと思い、今は他社さんにまでメンバーの輪が広がっています。

ジェイ:中で大きくなることに限界を感じて外に広がる、というのはますます面白いことになりそうです。

2ndF:〈2nd Function〉は他社さんとのコラボレーションも多くて、僕らの知恵をお貸しするというか、ただ作るだけだと面白くないので、アイデアの段階からクリエイティブのコンサルティングとして入ることも少なくありません。そんな状況で一緒にセッションしていると、いつの間にか他社の担当者さんが徐々にうちの考え方にハモりだして、最終的には僕たちが全く違うところでクリエイションしてる時に相談する相手になったり、その会社が持っているノウハウやハードウェアを提供してくれたりするんです。そう考えると〈2nd Function〉は、もしかしたら多国籍、ではなく多企業的組織になっていくような気はしています。もちろん、お互いにPRしたいものがあって、それが一つのクリエイションで繋がって、全員が得するからこそできているネットワークだとは思いますが。

ジェイ:現在の20人を集める際に、何か基準はあったんですか?

2ndF:最初は数人のクリエイターが集まって、少しだけ宣伝やアウトプットのできる人間を入れたぐらいだったんです。でも、それから「こいつも入れたいんです」という紹介制になっていき、いまの人数になりました。

ジェイ:実績などは特に見たりもせず?

2ndF:全く見ないですね。ただ、一流企業のコンサルを間近で見れるし、会議のファシリテーションもするので、その環境の中でセッションをし続けることで、嫌が応にも成長はします。会議も何か言わないと恥ずかしくなる温度感ですし。そういえば、僕らの会議は特殊で、上がった意見を一切捨てず、全部パラレルに並べるんです。置いておくことで、最後の方で「あれ?」と答えに繋がるものもあったりする。実績よりも環境で人は育つのか、実証実験ともいえるのかもしれません。責任者として当然ですが、環境で人が育つようにしないといけないと思っています。そもそも入社試験を経て入ってきている以上、その人は会社が一旦優秀だと認定しているわけじゃないですか。その人をある日突然、会社が「優秀じゃない」と言い出すとすれば、それはその人の責任なのか、会社の責任なのかと考えれば、その両方だと思うんです。そういう意味では、かなり本気で作った組織なので、組織や会議体、ルールや哲学については、120ページくらいの思想とメソッド集が共有されるようになっています。

ジェイ:マニフェストに近いものなんですかね。

2ndF:それを1カ月単位でアップデートしているので、普通の組織より丁寧なのかもしれません(笑)。何をやるにしても、自分がどこに長けてるのか、どこでスペシャルな人になれるのかというときに、大事なのは哲学だと思うんです。チーム内での共通言語は多いですし、リンダ・ヒルやナシーム・ニコラス・タレブのことを共有したりします。ナシームは『ブラック・スワン:不確実性とリスクの本質』で有名ですが、彼が最近出した『反脆弱性:不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』という本が面白くて。その考えは徹底して覚えてもらいます。来るもの拒まずでやってきましたし、2年目のスタッフもいますが、基本、所属しているスタッフは周りの人間より圧倒的に積極的で思慮深くになっているような気はします。だから、〈2nd Function〉みたいな組織が今後エイベックスのなかにできるとしても、そういう哲学がないと続かないだろうから、最初はうちのチームから誰かを派遣する形の方がいいんだろうな、なんて勝手に思っています。

ーーそんな〈2nd Function〉の活動において、自分たちのプロジェクトとして『ADIRECTOR』をスタートさせたのは、大きな方向付けの一つだと思います。音楽やエンタメの視点から、ここではどんな思想を形にしようとしているのでしょうか。

2ndF:『ADIRECTOR』という言葉は造語なんですが、これは『AUDIENCE』の対義語として考えたものです。『AUDIENCE』はラテン語で「聴く」という意味の言葉から「集団」を指すものに拡張した単語で、元々の意味を辿ると「(一方的に受動する)集団」ということになります。さっき話したように、音源業界が縮小してきて、音楽業界がコト化しているわけですが、それって「どこでもドアがある時代の鉄道会社」みたいだなっていつも言ってるんです。言葉だけを聞くと潰れる会社、と捉えられるかもしれませんが、そういうことではなくて。例えば、ニューヨークには飛行機で行けるのに、豪華客船のビジネスは生き残っている。最初はいかに早く着くかという競争のなかにいたのに、飛行機が登場したことによって「移動手段の提供から移動の演出の提供」に変わってきて、ビジネスは持続している。その時代の鉄道会社は「旅」という回帰的でプリミティブな価値に戻るなら、レコードメーカーは、既にそのタームといえるのかなと。

ジェイ:では、鉄道会社でいう「旅」は、音楽における何にあてはまるのでしょう。

2ndF:「旅」はプロセスなので、音楽に例えればそれは「ライブ」に置き換えれるんだと思います。ライブの音楽は、本来インタラクションなもので、その場の状況に応じて演奏もテンポも変わるし、3分の曲を聴くのには3分掛かってしまいますが、音源にすることで早送りも巻き戻しもできるようになってしまう。だから、音源は音楽がそもそも持っていた他の芸術にはなかなかない特異性を削ぎ落とした側面もあるのかなと考えていて。そういう音楽にプロセスが求められていくことは当然、どこの人たちも考えていたと思いますし、「踊ってみた」や「TikTok」はMVがプロセス化したものとも言えるじゃないですか。

 一方的に受容するものだったのが、自分が体験するものになってると。そこで、ライブもMVもメディアアート化して、参加してもらってなんぼ、という価値基準が生まれた時に『AUDIENCE』は『AUDIENCE』のままではなくなるわけです。「あなたたちのことを『AUDIENCE』と呼ばずに、個人として扱いますし、あなたたちが方向性を決めるんです」という思いを込めて『ADIRECTOR』と名付けました。その定義に対して〈2nd Function〉が具体的なアプローチを担っていくわけです。そこで出てくるのが「エンターテック」という言葉で。

ジェイ:テクノロジーを介在させることで、『AUDIENCE』の『ADIRECTOR』化が進むと。

2ndF:テクノロジーは不可欠とまでは言いませんが、あればすごく多様なことができるものですよね。例えばPanasonicさんと組んで作り上げたARライブ「ACRONS」は、ARライブをやることが大事なわけではなくて、「物理的な法則から解放される」ことに重きを置いたんです。これまでのVRやARライブというのは、「東京ドームに海外スターが来るけれど、実物で見るのが難しいからせめてVRで」という風に、現実の下位レイヤーのような扱いにしかされていませんでした。AR体験が現実よりも上、もしくは同等の経験価値を持たないと、そちらが選ばれる未来はこないと思っています。

 だから、「8Kでリアルに撮る」とかそういうことだけでなく、例えばステージ上のスターの衣装がバンバン変わるとか、照明の色が変わるとか、舞台がドームじゃなくて宇宙や水中になっているとかーーその上で、僕らが一番大事にしているのは、その演出を誰がやるのか、という点です。その演出を決めるのが、不特定多数のカスタマーだとすれば、それはコトになる。そうやってプロセス化していくことで、その音楽にもライブにも、テクノロジーにも価値が生まれるんじゃないかな、ということを考えています。

ジェイ:その話への回答としてはローテクになってしまうかもしれませんが、数年前にドレイクとリル・ウェインがジョイントツアーを行ったとき、2人がツアー用に作ったアプリが面白くて。アプリが格闘ゲームみたいになっていて、アメリカ中を回るんですけど、都市ごとに2人のキャラが戦って、勝った方が先にステージへ上がるという。その時に曲も表示されるようになっていて、セットリストも出る順番も変わるようになっていたんです。お客さんは自分が見たい方を勝たせようとして、どちらかを応援するんですけど、ショーが始まってようやくどっちが出てくるのかが初めてわかるようになっていて。

2ndF:僕らもテクノロジーを必ず使う、ということに固執をしているわけではなくて、表現したいのはそういうプロセス化されたコトで、ジェイさんが話してくれたネタはその最たるものです。コンテンツを民主的にして、結論がわからない文化を楽しみ、ずっとプロセスであり続けるーー発想が何より大事で、そこに合わせて適正なテクノロジーを使っていくことが重要です。

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