エイベックスの“ファントム組織”キーマンとジェイ・コウガミが語り合う 音楽とテクノロジーはどう共栄すべきか?

エイベックスの“ファントム組織”仕掛け人に聞く

 8月に表参道 B SPACEで開催された体験型アート展『DOLLHOUSE』や、世界最大規模の家電見本市『CES 2018』に出展した“2025年のライブ体験”「ACRONS」など、音楽を主体とした数々の「エンターテック」(エンタメ×テクノロジー)を手がけるクリエイティブ集団・2nd Function。彼らの実態は、なんとエイベックス社員による匿名の“ファントム(幻影)組織”なのだという。

 そもそも“ファントム(幻影)組織”とはなんなのか、彼らはなぜ匿名を貫くのか、そして音楽とテクノロジーは、どう共存し、共栄していくべきなのか。デジタルジャーナリストのジェイ・コウガミ氏とともに組織の仕掛け人(匿名組織のため、ここでは「2ndF」とする)に話を聞いたところ、次々と示唆に富んだ回答が飛び出した。

「“音楽”はメディアアートが目指しているものを全て持っている」

FEMM - ACRONS at CES 2018 (Teaser Movie)

ジェイ:エイベックス社内で2nd Functionはどのようにして立ち上がった組織なのでしょうか。設立の背景を教えていただけますか?

2ndF:そもそもの理由を話すと、「2nd Function」はその名前の通り「二次的な機能」という意味で立ち上げました。レコード産業が発祥してだいたい120年くらいで、「音源業界」が音楽業界のトップに君臨した時代を経て、僕ら自身にバイアスがかかってたように思うんです。確かにレコード会社を中心にして音楽業界が回っていた時期もありましたが、グーテンベルクの活版印刷によって音楽業界が生まれて約550年、エジソンたちが録音技術を発明して以降の新しい文化なんですよ。音源業界にはかつて「テクノロジーに対する盲信」があって。いい音のメディアが出てくると売れるし、新しいメディアが出ると「音源業界」も発達するとして、高音質なメディアがもてはやされたんです。でも、実際はそうならなかった。なぜだと思います?

ジェイ:リスナーが求めていたことと乖離していたから、ですよね。

2ndF:そうです。例えばカセットテープがもてはやされたのは「いい音質で聴ける」ことではなく「エディットできる・自分でコンパイルできる」ということで。カーラジオやウォークマンは音楽をモバイルにできることで流行したわけです。かつて、ラジオで斜陽したアメリカの音楽業界をジュークボックスが救ったように、テクノロジーが起こしてくれた僕らに対するメリットって、実はそういうコトであるというのを把握している人が少なかった。わかりやすい例だと、iPodもそうでしたよね。最初は「こんな音質のもので音楽を聴くなんて」という声がありました。でもそれって顧客目線に立てていないだけで、最終的には今のような時代が来ている。音楽って、リアルタイム性とかインタラクション性とか、ナラティブであることなど、メディアアートが目指しているものを全て持っていると言っても過言ではない芸術なんですけど、音源になることでその部分が損なわれていた側面もあると思うんです。

ジェイ:それをモノではなくコトとして補っていたのがウォークマンやカーステだったと。

2ndF:そうです。モノではなくコト、というのが非常に重要。今だとYouTubeやTikTokもそうですが、音楽がマテリアル化してきたなかで、音源を売るというレーベルの価値が問い直されていると思うんです。だからこそ、僕らがコトを提示しないとリスナーから求められないし、チャンス・ザ・ラッパーのようにレーベルを求めないアーティストが増えていく。それらを踏まえたうえで、モノではなくコトを作り出せる集団が必要だと思い、「2nd Function」を立ち上げました。実際に「2nd Function」が生み出す多くのコトは、広告代理店がクリエイターに依頼して生まれるメディアアートや体験だったりするんですが、僕らの場合はそこに必ず“音楽を広める”という主目的があるんです。音楽を広めるということが第一義にあって、あくまでクリエイティブは二義的なものであるという意味も「2nd Function」には込められています。

ジェイ:2nd Functionのメンバーが社外で正体を現さずに匿名で活動していることについては、どういう理由があるんですか。

2ndF:昔はジャケットやPVだけ作っていた制作という仕事が、メディアアートなど体験創出まで担う役割に変わったり、アウトプットもメディアへのプロモーションだけでなく、体験価値を生む宣伝プロセスまで考えるという意味では、広告代理店のような仕事に近い部分もある。ただ、それらの全ては音楽のためであるわけなんです。そうなったとき、正直個人の名前って邪魔なんですよね。もちろん、音楽クリエイターは名前を出していくべきだし、クリエイターとしての活動が主体の方はそうすべきだと思います。ただ、僕らはエイベックスという会社のスタッフであり、アーティスト第一義の考え方なので。

ーーそれが面白いなと思ったんです。メディアアートや映像・演出・プロモーションのクリエイティブに関わる際は、会社所属の人間であっても作り手の名前が前に出ることが多いのに、なぜそうしているのかという。

2ndF:僕のなかでは、2nd Functionをレーベルのようなものにしていきたいんですよ。そこと仕事をすることで何か別の価値を与えてもらえる、エイベックスに行くと宣伝戦略からして、他とは一線を画してる、と思ってもらいたい。現在メンバーは20名前後なんですが、個人個人の役割は違うのに、すべての仕事が「2nd Funciton」としてクレジットされています。例えば、僕単体だと、手がけた作品数が10個だったとして、チーム全員の作品を合わせると100個だとします。個別にクレジットされていると影響力は小さいですが、全部の制作物を〈2nd Function〉の仕業にすれば、PR効果が高い。エゴを捨てた集団のように見えて、逆にエゴが残ってるんだと思います。

ジェイ:そもそも論的な話なんですが、社内でプロモーションを担当している方たちと、〈2nd Function〉は、どのように棲み分けているのでしょうか。

2ndF:〈2nd Function〉自体は“ファントム(幻影)”みたいなものなので、僕は「ファントム組織」って呼んでるんです。ジェイさんのおっしゃる通り役割として被る時はあるんですけど、構造が違うから連動もできるというか。僕は、普段、A&Rですが、中にはデザイナーもプロモーターもいます。各自が普段それぞれの役割で働いていて、案件があるときだけ、集合できるメンバーが集まって会議をやるんです。縦割りで仕事するのもいいとは思うんですが、僕らは横軸でいろんなスペシャリストが集まって、立場も役割も関係なく越権越境をして、ひとつの作品なりプランを仕掛けます。クリエイターがPRの顔になる時もあれば、営業がクリエイティブの顔になる時もある。部活というか、同好会のようなものなのかもしれません(笑)。

 だから、チームのルールとして「途中退席あり」「当日の無断の遅刻あり」「プロジェクトの途中離脱あり」というものがあり、「やりたいやつだけ集まって、形にならなければ中止しちゃえばいい」というある意味、無責任な体制なんです。反面、メリットを感じるメンバーが1人でも残れば、そいつが一所懸命頑張ることもあるわけで。

ジェイ:逆に組織としてもっと強固なものにしたい、拡大したいという将来像は持っているんですか?

2ndF:〈2nd Function〉を大きくしていくというよりは、〈2nd Function〉みたいなファントム組織がいくつかあってもいいのかな、と思っています。エイベックスはいま、アニメやプラットフォームなども、自分たちの会社が売るべきコンテンツやコトになっているので、それぞれの第一義をもった〈2nd Function〉が生まれてもいい。会社全体でも、1800人ぐらいの規模感なので、そういう活動をしていると名前も広がって、社内にアンチも出てきたりしているんです。個人的にはその状況がすごく好きで、トップダウンで新規事業を考えさせる流れや社内ベンチャー制度もあれば、僕らのような「仕事が遊び、遊びが仕事」というモードで活動しているエイベックス同好会も生まれているという状況は、健全だと思っています。

 だから、これを決まった組織にするのは、ナンセンスなのかもしれません。組織にした時点で、それぞれの役割や役職が決まっちゃうじゃないですか。デザイン部署の人間がいたり、制作の人間がいたり、宣伝部の人間がいたり、バックヤードの人がいるからこそ、〈2nd Function〉は面白い。バックヤードの人が提案したアイデアが大きなクリエイティブになったりすることもあります。代表的なものだと、みんなで「香りを可視化する」というプロジェクトで悩んでいるときに、宣伝寄りのスタッフが一言「ダンスは?」って言ったんですよ。それは誰も思い付いてなくて、「確かに香りは唯一、人の軌跡を残せる現象だ」という話に展開し、残り香=過去の軌跡をダンスで表していくのは面白いねと、クリエイターが、思い付きで意味を後付けをしていったんです。

ジェイ:それは確かに〈2nd Function〉のようなチームからしか生まれない連携ですね。

2ndF:そうなったとき、このプロジェクトのクリエイティブディレクターは誰かというと、その宣伝部のスタッフなんですよ。あとからどんどん規模感が大きくなっていくのを見て、「私の出した案がすごいクリエイティブになっていってる」と驚いているけど、クリエイティブの種を蒔いたのがその人であることは間違いないので。

ジェイ:プロジェクトや案件ごとに、適性に合わせて1つひとつの役割が変わるというのは、参加メンバーたちもやりがいがありそうですね。

2ndF:〈2nd Function〉のプロジェクトって、本業とは別のところでやっているからこそ「儲けても儲けなくてもいい事業」なんですよ。悪い言い方をすると「無駄なこと」でもあるという。会社からすれば「ウチに何のメリットがあるんだ」と言われてもおかしくないんですけど、逆に成果評価を導入してくれているんです。要するに、失敗してもマイナスにならないけど、成功すれば評価は上がる。ファイナンシャル・数値目標みたいなことから著しく逸脱すると、こんなに評価ってやりやすいのか、と驚きました。もちろん「いくらでも失敗していい」だけだと怠惰になっちゃうんですけど、成功を評価されるからこそ自発的にもなる。どれもこれも、やっていくうちに偶然そうなっただけなんですけどね。

 一応、これまでの動きをまとめて体系化しようとしているんですけど、書き出せば書き出すほど、リンダ・ヒルの提唱する「コレクティブ・ジーニアス」(編注:集合天才。集団の一人ひとりがそれぞれの能力を生かすことで、天才をしのぐ成果が挙げられるという、組織運営上の発想)に近い考え方なんですよ。こういう活動形態なので、10日も集まって企画書を作るみたいなことはできなくて、ブレストもしないし、少ないセッションで必ず結果を出すようにしています。1個の企画に対して2、3日しか話さないことなんてしょっちゅうです。

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