横山克が語る、機材で『テクスチャーを作る』ことの重要性 日本のレコーディングスタジオへの提言も

横山克、日本のRECスタジオへの提言

横山の制作環境。マスターキーボードは『KOMPLETE KONTROL S49 MK2』(NATIVE INSTRUMENTS)。

 「スタジオが門戸を開いてくれないと、ミュージシャンのチャンスにも繋がらない」

ーー面白いですね。そんな横山さんが現在の核だと思うハードやソフトは?

横山:核になるソフトは『Cubase』ですね。フレーム単位で音楽を合わせる映像音楽としてのまとめは、やはりCubaseなしにはできません。ただ、以前は『Cubase』だけで全部やっていた要素を、『Ableton Live』や『MASCHINE』や『Pro Tools』で拡張して、色々な国で直接、もしくはリモートでレコーディングして、平行してオリジナルのサンプル作りも常にやっていて。逆に、ハードウェアはもう全く使いたくないですね。

容量が4TBになったということで即購入した『Mac Book Pro』(Apple・写真上部)

ーー確かに、横山さんのスタジオに入って、はじめにハードの少なさに驚きました。

横山:それこそ玄関に置いてあるバッグ一個に全部入ることを条件としているんです。『Mac Book Pro』の容量が4TBになったときには、即購入しました。プラスアルファで4TBのSSDも持ち歩いています。ネットワーク環境で言えば『Dropbox』も使っていて、楽曲やライブラリを全てクラウドに20TBくらい保存しています。とにかく、自分がいる場所にとらわれたくないんです。音楽業界、特に日本においては、東京にいることが前提になってしまっているところがある気がします。でも、『Skype』や『Source-Connect』(インターネット経由でのDAWレコーディングを実現するプラグイン)があれば、どこでもミーティングやレコーディングはできると思っています。

『WAVEDRUM WD-X』(KORG)と『APOLLO TWIN MK2』(Universal Audio)

ーーそういった意味でも、横山さんにとってテクノロジーの進化は大きいわけですね。

横山:はい。電車や飛行機の中でも曲を作りますが、それを可能にしているのはシンプルな機材であり、ノイズキャンセリングイヤホンだったりもするわけで。制作中のヘッドフォンは『Beats Studio 3 Wireless』ですし(笑)。あとは『Expedia』と『Airbnb』。しっかり作業ができるデスクとWiFiがあれば良いです。直接的なテクノロジーではないですが、『Bugaboo Boxer』というスーツケースもすごいんです。ぜひ検索してみて下さい。ベビーカーのメーカーが作っていて、ほとんど重さを感じないんですよ。だから、物を移動させることが苦痛じゃなくなったんです。

ーーそれは大きいですね、重い物を持って行く感覚がないという。だから気軽に海外にも行けるんですね。SNSを見る限り、最近も長期間海外レコーディングにも行ってましたよね?

横山:7月はブルガリア、ロンドン、イタリアで、1カ月くらいレコーディングやミックスをしていました。本当に100曲近く録りまくってきました。ブルガリアでは物理的にオーケストラの人数をたくさん呼ぶことができますし、広いホールも借りることができます。ロンドンのAbbey Road Studiosでは『スターウォーズ ハン・ソロ』を制作した面々と世界トップレベルのレコーディングを経験しました。

ーー純粋な疑問なのですが、世界トップレベルのレコーディングについて、そのすごさを言語化してもらえますか。

横山:世界の多くのサウンドトラックが、ロンドンのミュージシャンとAbbey Road StudiosかAir Studiosで収録されています。今回のロンドンレコーディングを体験して、その理由を痛感しました。日本のミュージシャンはアキュレイト(正確さ)な演奏において本当にトップレベルです。どんな譜面でも弾けますが、はみでた演奏は「リズムが悪い」とみなされがちで、エモーショナルな演奏を得にくいです。一方で、日本以外の国でレコーディングすると、エモーショナルな演奏は得やすいですが、難しい譜面はうまくいかないこともあって、ロンドンはその両者が共存しています。正確でどんな譜面も弾けるし、それは音楽的でありエモーショナルな演奏です。まさに『スターウォーズ』といってしまえばわかりやすいのでは。テクニカルですが、ダイナミックです。

 また、僕は『ニューシネマ・パラダイス』の音楽が大好きで、どうやったらあの質感を出せるんだろうとずっと悩んでいましたが、イタリアのミュージシャンに演奏してもらうと、まさにモリコーネのサウンドそのままがすぐに出てきました。dolceで弾いてくれというと、もう本当にdolceです。彼らにその理由をきいたら「だって僕らはdolce(イタリア語)の本当の意味をわかっているからね」って言うんです。それを言われちゃったら何も言えないですよ。

ーーその土地にはその土地なりの音があるんですね。それは教育や演奏する環境に大きく寄与している気もします。

横山:まさにそうだと思います。例えば、日本のレコーディングではダイナミクスレンジの幅が狭すぎると感じています。ピアニッシモでお願いしてもメゾピアノくらいだったりするんです。ただそれにもちゃんと理由があって、「それだとマイクにのった時の音が悪い」と感じるためです。部屋の広さや、人数の問題、そして僕を含めたコンポーザーのレコーディングの時のディレクションの問題もあったのだと思いますが、日本以外の国では、そういった音も当たり前のように収録されます。しかし、繰り返しますが、アキュレイトな演奏をするには日本のミュージシャンは本当に優れています。海外と日本、みたいな話をもう一つすると、日本のレコーディングスタジオに、リモートレコーディングに対する取り組みをもっと進めてほしいです。

ーーそれは、どうなれば進展する問題なんですか?

横山:ネットワークのセキュリティに対する意識改革です。コストがかかる話ではないんです。現状は、とにかく機能を制限して一切何も出来ないようにしている。具体的に言うと、限定されたポートを開放するだけです。それでリモートレコーディングはすぐにでも始められます。

ーーとはいえ、ハッキング対策といった事情もあるような気もしますが。

横山:限定されたポートだけなのでリスクは限りなく低いですし、ソフトウェアのFirrwallも簡単にONにできるので、併用すれば簡単に安全なセッティングができます。そういったネットワークの知識が、『Pro Tools』のオペレートと同じレベルで求められる知識である、と認識することが大切だと思います。リスクとメリットで考えれば、明らかにメリットのほうが大きいです。ロンドンでクワイヤレコーディングした時も、リモートレコーディングは素晴らしいという話をご高齢のクワイヤリーダーの方がされていたほどです。ブルガリアはリモートで録る事のほうが多いようにも感じました。

ーーなるほど。

横山:僕、意識改革とかそういうものにはほとんど興味がないんですが、これだけは言っていこうと思っています。今はどんな業種も、日本だけで、まして東京だけで仕事していればいい、という時代じゃないですから。身近な例では、アニメ作品は世界に常に発信されていますし、その状況は素晴らしいですよね。リモートができるようになれば、同じアジアからの案件もあるだろうし、日本のミュージシャンって世界のどの国よりもアキュレイトな音を出すことができるという強みもあるのに、それが全然海外に伝わっていない。海外のコンポーザーに驚いてもらえるレベルだと強く感じますし、逆に得られることも多いはずです。

 でも、スタジオがその門戸を開いてくれないとミュージシャンのチャンスにも繋がらないので、みんなの可能性を潰さないためにも、いますぐ変化すべきポイントだと言い切っていきたいです。スタジオの方も含めて、僕もできる限り協力をして、一緒に状況を変えていきたいです。

(取材・文=中村拓海/撮影=はぎひさこ)

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