noiz 豊田啓介インタビュー:情報の集積としての都市と新しい建築
「建築情報学」というテーマはなぜ重要なのか
――建築における「情報の扱い」をめぐっては、どのような問題がありますか。
豊田:日本だと、建築にも工学系と美学系の学科があり、かつそれぞれに建築意匠、構造、計画、材料、環境、歴史などさまざまな分野があります。そして、それぞれのなかで情報の扱い方がまったく違う。デザインの分野だったら3Dモデリングがあったり、建築史だったらスキャンデータやアーカイブだったり、環境だったらシミュレーションデータだったり――それらをどうデジタル技術という共通言語をうまく横串にしてつなぐかが現在の大きなテーマです。これがバラバラのままだったら、いまの時代らしく外の分野とコラボレーションをして新しいものを生み出したり、ビジネスチャンスをつないだり、ということがどうしてもできない。デジタル技術を使って情報を処理していないサブカテゴリはひとつもありませんから、そこはなんとかつなげたいと考えています。
――noizの立ち上げが2007年ですが、当時すでに「情報」というものをひとつの柱にした建築のあり方を模索されていたのでしょうか。
豊田:そのときは「デジタル技術をうまく取り入れる」という感覚でした。つまり、3Dモデリングをうまく使うとか、いわゆるデジタル・ファブリケーションを利用するような、もう少し狭い範囲のことをピンポイントにいくつか考えていて。僕が以前働いていたニューヨークは、日本の建築界と比較すると、デジタルな分野では10年くらい進んでいて、これを日本ベース、アジアベースでやったらどうなるかな、という興味があった。建築情報学という切り口が見えてきて、教育に取り込まなければいけない、ということを伝え始めたのは、ここ7~8年です。
実務をやっているうちに、文章を書く機会も増えてきて、まだ僕ら以外誰も使っていなかった「グラスホッパー」について、解説をする教科書を書くことになりました。そこでただのノウハウ本になると面白くないから、歴史的な視点のなかでどんな価値/意味があり、今後どういう展開をしていくのか、ということを書いてたんです。そんな中で、「この先にはおそらく建築情報学のようなものがあり、グラスホッパーはその入口になるのではないか」ということが見えてきて。そうして、実務のなかでだんだんと見えてきたことが大きかったですね。
――建築にかかわる「情報」のなかには、社会や政治の動きも含まれますか。
豊田:社会のありとあらゆるものが入ってくると思います。社会そのものが根本的に変わっていく、大もとのプラットフォームがまさに情報的なものですし、「情報物理学」のように、情報をモノの世界に近い扱いをするようにもなってきている。その文脈のなかで語られる建築や都市というものがもっとあるべきで、日本ではそれに対する学問的な研究だったり、基礎づくりがほとんど進んでいないという危機意識があります。noizだけではとてもできることではないので、社会全体でそれに投資しませんか、と投げかけています。
――なるほど。海外では、例えば建築をめぐる原理的な議論は活発になされているのでしょうか。
豊田:そうですね。例えばアメリカでは、複数の雑誌でそうした論文がどんどん上がっていますし、それが日本にまったく入ってこないのが非常にもったいない。大学の建築学科の図書館にもほとんど入っていませんから学生には存在すらわからない。大きな機会損失です。日本の建築界では、いわゆる評論や批評のような活動の土壌、そうしたものを育てる意識ごと薄まっているような気がします。言ってしまえば、内側に閉じてお互いに褒め合う、という感じで、あえて議論を戦わせる論壇的なものがない。そうなるとどうしても新しい価値観は生まれにくくなる。そんな中、建築情報学系の卒業論文を書きたいけれど指導できる教員がいない、という学生にボランティアで指導をしたりもしているのですが、やはりnoizだけでは対応しきれません。いまはとにかく自分たちで実践を重ねておくことに加えてまずはチームとして論文も書き始めてみること、海外の先進的な建築雑誌を購入し、うちでアーカイブ化して、「少なくともここに来れば読める」という状況をできる限りつくっておこうと考えています。
近未来の建築をシミュレートする
――資本主義が持っているダイナミックな面がありますね。新しいものを指向する大資本が、一気に変化を推し進める、ということに期待はできませんか?
豊田:期待したいのですが、日本の大企業はなかなか動いてくれません。noizのデザインの仕事は半分が海外で、半分が日本。正直なところ、クライアントの視野の広さ、先見性や決断のはやさは、海外の方が圧倒的です。もっとも、日本企業も「なにか変えなければいけない」ということはみんなわかっているのですが、部署や企業単位での決断となると、「過去の事例がない」「現在そのニーズがあることが証明できない」という理由で新しいことができなくなってしまう。「事例がない、新しいことをやりたくて、うちに相談に来たのではないですか」というジレンマと日々戦っています。
――noizは台北にも事務所を構えていますが、中国の状況はいかがですか。
豊田:中国のクライアントの決断力はハンパではありません。特に大企業グループにおいては、創業社長が早く引退して息子に経営権を渡し、その息子は欧米の一流大学で勉強していて、国際感覚も持っている、というところも少なくない。そうすると、僕らが持っていくプレゼンテーションを5分で理解して、その場で決断ですよ。35歳の新しい感覚を持った経営者が即時決断――還暦を過ぎた人たちが会議室で2ヵ月経っても決断できない、という日本企業では、絶対に勝てないなと感じる瞬間です。もっとも、決断が早ければ気が変わるのも早いので、一長一短で、日本の社会が共有している洗練度の高さはスゴいと思うのですが、この変化の急なタイミングで、やはり先に進めない閉塞感は大きいですね。
――建築家の方々の間では、20年後、30年後のビルのありよう、というのはシミュレーションされているのでしょうか。
豊田:例えば、施設内の車がすべて自律走行対応になるだけで、駐車場の柱のスパンに関する制約条件はまったく変わるし、あるいはWeWorkのようなフレキシブルなシステムがオフィス床面積の一定面積を常に担うという前提になれば、大規模ビルのセキュリティ・ポイントの作り方が変わってきて、人のアクセスの仕方も変わってくる。このように、ビルも根本的に構造が変わってくるはずですが、実際にどういう割合でどういう構造になるかとシミュレートするような研究は、いまだにほとんど行われていません。そういう意味で、むしろゲームやSF映画のほうが、部分的には未来の理屈にあった建築なり再開発なりの未来図をきちんと描けていることも多かったりします。僕らはそれを建築という実務を理解している前提でやりたい、と考えているんです。演繹的/数理的にさまざまな条件を組み合わせていくと、必然的にこうならざるを得ない、という結論はたくさん出てくるはず。ただ、そのリサーチには人と時間とお金が必要で、設計事務所が片手間にできる領域ではありません。まさにGoogleやアマゾンがやろうとしている世界ですよね。きちんとファンディングして資金を集めた上で、情報的な都市のあり方や構造をR&Dする、ということは早々にやりたいと考えています。