ここは社会に疲れた人が集う自然公園 ─ 美しきアドベンチャーゲーム『Firewatch』レビュー
「ゲームをするために生きている」と語るゲームライター・渡邉卓也が今回紹介するのは、美しい風景とともに、ある男の悲しみを淡々と描くアドベンチャーゲーム『Firewatch』。疲れた人にこそ勧めたい、本作が見せてくれる情景とはーー。(編集部)
悲しみに暮れる男が出会った、森林火災監視員という仕事
あなたがもし人生に疲れているのならば、『Firewatch』で森林火災監視員の仕事をするといいだろう。
仮に順調な人生を歩んでいたとしても、それはひょんなことから先行きが怪しくなってしまう。失職、事故、離縁、あるいは病気……。本人がなんら悪くなかったとしても、悲しみは運の悪さによってももたらされるのである。
ヘンリーという男は、妻であるジュリアが若年性認知症にかかってしまうという悲しみに襲われる。彼女は次第に大学の仕事はもちろん、日常生活もおぼつかなくなり、一緒に暮らすことすらままならなくなる。そして、飼っていた犬が死んだことを伝えても理解できなくなってしまった。
彼は友人たちと酒を飲んで気分を紛らわせようとするも、友人にも家庭があり昔のようにはいかない。自分もまた、妻のことを完全に忘れて羽目をはずすこともできるわけがない。しかし、彼女は日に日に自分のことを忘れつつあり、男の悲しみは募るばかりである。
1989年の夏が近づいてきたある日、ヘンリーはとある求人広告を見つける。それはアメリカ・ワイオミング州の自然保護区で森林の火災監視をするというもの。自然に囲まれてただそれを眺める──。ともすれば退屈であると言われそうな仕事であるが、彼にとっては望むものであった。少なくとも静かな山奥で美しい自然を眺めていれば社会の喧騒を忘れられるし、自分のことを忘れ続ける妻とも距離を置けるのだから。
『Firewatch』がどのようなゲームなのかといえば、ただワイオミング州の自然を堪能するというものである。しかしながら人がいる限りそこにはしがらみがあり、完全に逃げ切ることはできないのだ。そして、そこには悲しみが産まれる。
ヘンリーの仕事はシンプルだ。別の監視塔にいるデリラという上司が無線機を通して仕事を依頼してくるので、それをこなすだけ。山道は街ほどわかりやすくないためコンパスと地図を見る必要があるものの、それほど大したことではない。迷ったら自然を楽しむくらいの気持ちで問題ないはずだ。
問題があるとすれば、燃えやすい森なのに花火をしてゴミを落としながらバカ騒ぎをする二人組の女の子が出てくることのほうである。彼女たちを追いかけて叱ったり、あるいは日々の生活に欠かせない補給物資を回収しに行くだとか、もしくはデリラと特に意義のない雑談を楽しむだとか、そういうものがヘンリー、そしてわれわれに課せられた仕事なのである。