『ゴジラ-1.0』は“幽霊”の回帰を描く物語? 『ゴジラ』シリーズの系譜とともに深読み

『ゴジラ-1.0』は“幽霊”の回帰を描く物語?

海の映画としての『ゴジラ』『ジョーズ』『ゴジラ-1.0』

 いっぽう、『ゴジラ-1.0』は海の映画でもある。山崎貴監督はアニメーション『宇宙戦艦ヤマト』(1974年より放送)を『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(2010年)として実写化していた。また、百田尚樹の小説『海賊とよばれた男』(2012年)も2016年に映画化し、『アルキメデスの大戦』(2019年)では戦艦大和の最後を描くなど、海や戦艦の映画を得意とする。

 『ゴジラ-1.0』では、ボロ船「新生丸」に乗り込んだ敷島浩一や野田健治(吉岡秀隆)らの四人が、ゴジラを足止めすることを命じられる。スピルバーグの『ジョーズ』(1975年)において、主人公ら三人衆が「オルカ号」で巨大なサメと対決するシーンとの関連もよく指摘される。背びれを見せて船につきまとうサメ、森のような背中の棘を見せて迫ってくるゴジラ。ただし、『ジョーズ』ではサメに酸素ボンベを飲み込ませ、銃で撃ち抜きサメを爆破するが、ゴジラは機雷を飲ませて撃ち爆発させても、細胞をすぐ再生させてしまう。

『ゴジラ-1.0』©2023 TOHO CO.,LTD.

 そして、じつは『ジョーズ』のほうも初代『ゴジラ』と結びつけて観ることができる。『ジョーズ』において「酸素ボンベ」を爆破されたサメが水中に沈むシーンは、『ゴジラ』でゴジラが酸素を使った秘密兵器「オキシジェン・デストロイヤー」の泡によって海中で溶けてゆく姿とも重なるのだ(※)。また、『ジョーズ』では「オルカ号」の船長クイントが第二次世界大戦中にインディアナポリス号で原子爆弾の部品を輸送した後、日本の潜水艦に撃沈され、海に投げだされた仲間の乗組員たちの多くがサメに喰われていったという過去が話される。ここにも核のトラウマが別のかたちで顔を出している。言葉で語られるだけだが、映画で最も恐ろしい場面だろう。

 この恐怖体験からクイントはサメを憎み、腕にはインディアナポリス号のタトゥーを消した痕が残っている。クイント船長はこのときのトラウマに苛まれ、その記憶を消したいのである。主人公のブロディ警察署長もまた、子どものころ海で溺れた過去があり、水を怖がっていた。クイントは最後にサメに下半身を喰いちぎられて絶命するが、ブロディはサメを殺すことで、トラウマを克服し再生する。『ジョーズ』はトラウマを刻まれた男たちが、巨大なサメを退治することでその恐怖を克服しようとする物語なのである。

 『ゴジラ-1.0』も同様に、自らの恐怖心のために仲間を全滅させてしまったというトラウマを背負う敷島がどう「再生」するかの物語となる。敷島が乗り込む船の名前が「新生丸」なのも頷けるだろう。こうして、初代『ゴジラ』からの影響関係が一周したところに『ゴジラ-1.0』があることがわかる。

片眼のものたちのGの物語

 『ゴジラ-1.0』でも、ゴジラを葬るのは『ゴジラ』のオマージュ的方法である。ゴジラをフロンガスの泡で急激に海底まで沈め、その後、水面まで浮上させ、水圧の差で破壊するもので、海の神の名を取り「わだつみ作戦」と名づけられた。ゴジラの英語綴りにはGODが隠され、『シン・ゴジラ』の「シン」は「神」と変換でき、そちらでは撃退のための「ヤシオリ作戦」に神話でヤマタノオロチに飲ませた「八塩折之酒(やしおりのさけ)」の名が使われていた。『ゴジラ-1.0』の「わだつみ作戦」もまた、「神話的」な響きを備えている。

 作戦の立案者である野田健治は、「思えばこの国は命を粗末にし過ぎてきました。脆弱な装甲の戦車、補給軽視の結果、餓死や病死が大半を占める戦場、戦闘機には最低限の脱出装置すらついていなかった。しまいに特攻だ、玉砕だと。だからこそ、民間主導の本作戦では一人の犠牲者もださないことを誇りとしたい」と、戦争の愚かさを語る。

『ゴジラ-1.0』©2023 TOHO CO.,LTD.

 最後に敷島は爆弾を搭載した新型戦闘機で、特攻隊と同じくゴジラの口に突っ込み、爆死したかに見えた。しかし、脱出装置で敷島は無事に脱出していたのである。『アルマゲドン』(1998年)を典型とする自己犠牲型の映画とは違う結末に仕上がっている。そして、敷島はすでに死んだと思われた典子と病院で再会する。ハッピーエンドと思いたくなる。しかし、そうはいかない。

 典子の首には痣があった。放射能の後遺症とも捉えられるが、あるいは、ゴジラ細胞と同化したことで典子は「再生」したのだとも想定できる。『ゴジラvsビオランテ』(1989年)では、ゴジラ細胞と博士の娘が融合し、植物怪獣ビオランテとして「再生」を遂げた。典子はビオランテ的な怪獣に変異する可能性を残している。

 典子は頭と右眼に包帯を巻き、片眼のようになっていた。敷島も多くのシーンで頭に包帯を巻き、整備士の橘宗作(青木崇高)に殴られた傷から左眼が腫れあがっている。これは『ゴジラ』の「オキシジェン・デストロイヤー」の発明者・芹沢博士(平田昭彦)に殴られ頭に包帯を巻く主人公・尾形秀人(宝田明)や、戦争で右目を失った芹沢博士自身が潜水前に頭に白いタオルを巻くことへのオマージュだろう。

『ゴジラ-1.0』©2023 TOHO CO.,LTD.

 では、片眼の典子は何を意味するのか。ここではあえて深読みして、『四谷怪談』のお岩から『リング』の髪で片眼が隠れた貞子などに連なる、幽霊の図像だと考えたい。彼女は亡霊として蘇ったのではないか。ゴジラには戦死者の亡霊の塊という設定も暗に重ねられていたのだから。『ゴジラ対ヘドラ』で片目の幽霊と化した怪獣たちの記憶もここに重なる。そして、『ゴジラ-1.0』は、ゴジラの断片が膨れ、不気味に再生するところで終わる。かつて自分が亡霊だと嘆いた敷島に「それは夢」となだめた典子こそ、今は幽霊かもしれない。

 もちろん普通に観れば、『ゴジラ-1.0』は敷島がトラウマを克服し、「新生丸」の名の通り「新」たに「生」き直す様を描く作品である。しかし、最後に画面に上がるタイトルは『G-1.0』だ。この「G」は、マイナスの過去からきた「ゴースト」の「G」とも読めなくもないのである。その後の世界を描く『G-0.0』では、一体どのような物語が展開することになるのだろうか。

参照
※ 拙著『恐怖の表象――映画/文学における<竜殺し>の文化史』(2016年、彩流社)

■放送情報
『ゴジラ-1.0』
日本テレビ系にて、10月30日(金)21:00~23:34放送
※放送枠40分拡大 ※本編ノーカット
出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介ほか
監督・脚本・VFX:山崎貴
音楽:佐藤直紀
©2023 TOHO

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