『ゴジラ-1.0』は“幽霊”の回帰を描く物語? 『ゴジラ』シリーズの系譜とともに深読み
ゴジラはどこから来たのか、ゴジラは何者か、ゴジラはどこに行くのか
山崎貴監督最新作『ゴジラ−0.0』の公開を目前に控え、10月30日に日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、シリーズ前作の『ゴジラ-1.0』(2023年)が放送される。本作は爆弾を積んだ零戦特攻機が飛翔するシーンで幕をあげる。だが、華々しい戦闘につながりはしない。大戦末期の大戸島の基地に、機体の故障を理由に特攻を避けて、凄腕の敷島浩一少尉(神木隆之介)が着陸してきたのだった。
このシーンは、同じく「0」がタイトルに刻印され、同じく零戦の飛行ではじまる山崎貴監督作品『永遠の0』(2013年)を踏まえている。百田尚樹の小説を映画化したこの映画は、優秀な腕をもちながら、敵機と戦おうとしない宮部久蔵(岡田准一)を描いたものだった。
この大戸島は最初の『ゴジラ』(1954年)で怪獣が最初に上陸した島の名前である。嵐の夜に、あたかも台風のようにゴジラが上陸し、民家を押し潰した。この映画から百年前の1854年に安政東海地震、1855年には安政の大地震が起こり、巨大な鯰が暴れる鯰絵が大量に出回っていた。まさしくゴジラは「昭和の鯰絵」にほかならない。
『ゴジラ-1.0』を位置づけるために、すこし遠回りになるが、まずはその「鯰絵」と『ゴジラ』の歴史をごく簡単に紐解いてみよう。
安政の大地震後には、地下であばれる鯰を要石で押さえたり、皆で大鯰を退治したりする姿を描いた鯰絵が数百種も描かれ、当時では新聞の役割に相当した(二人の主人公が全国の災害を封印してゆく『すずめの戸締まり』(2023年)では、巨大なミミズに変わって登場していた)。最初は鯰よりも火災に逃げ惑う人々の惨状に焦点を当てたリアルな絵が入ったものが描かれ、徐々に怪物としての鯰退治を描くものに変わり、やがて世直しの願望が込められ富をもたらすコミカルな鯰絵に変化していった。
初代ゴジラは水爆実験の結果出現した怪物であり、当初はその造形がキノコ雲に似せられてすらいたという逸話からも明らかなように、核の恐怖を体現する存在だった。しかし、その後「昭和ゴジラシリーズ(第1期)」として、『メカゴジラの逆襲』(1975年)まで全15作品がつくられるなかで、次第に人間の味方になってゆく。それは原子力発電がクリーンなエネルギーとして国策と化す時代とも共振し、鯰絵に描かれる鯰の馴致のプロセスとも一致する。また、このシリーズ最高傑作と誉れ高い『ゴジラ対ヘドラ』(1971年)において、ヘドラが両手を下げた幽霊の姿を彷彿させ、最後はゴジラもヘドラも片眼になるのも忘れ難い。
その後、「平成ゴジラシリーズ(第2期)」の起点となる第16作目の『ゴジラ』(1984年)において、ゴジラは原点回帰した恐怖の怪獣として原発を襲う。ゴジラシリーズはのちに「ミレニアムシリーズ(第3期)」に引き継がれ、28作目『ゴジラ FINAL WARS』(2004年)までが封切られて終了する。
そして、2016年には新たな動きが起こる。会議シーンを見せ場にした「民主主義映画」と呼べる『シン・ゴジラ』が注目を集めたのである。川を遡上してゆくゴジラは東日本大震災の津波を、血液凝固剤をゴジラに飲ますクレーン車は原発事故時の放水車を連想させる。
同じく2016年には、彗星落下という災害に関わる『君の名は。』も公開された。3.11から5年が経過し、ようやくトラウマを描く大作日本映画が現れたのである。トラウマとは、体験が衝撃的すぎて言語化できないため、それが身体的症状などに変わるものである。映画によって3.11が語り直されることで、巨大なトラウマ治療がはじまったと見てもよい。『君の名は。』は相手の存在を忘れることに関係する物語であり、震災を忘却せず、いかに記憶するかについての映画でもある。
戦争とトラウマと怪獣
では、2023年の『ゴジラ-1.0』はどのような映画か。ずばり、戦争と原爆についての映画である。敷島がたどり着いた大戸島の基地を、ゴジラが襲う。敷島は戦闘機の重機銃を使いゴジラを攻撃できる位置にいたが、恐怖のために引き金を引けず、部隊はほぼ全滅する。
生き残ってしまった罪悪感が彼を苦しめる。「あいつら(戦死者)は毎晩夢に出てくるんです。早くこっち来いって。そもそも、俺は生きているんですかね。もうとっくにあの島で死んで朽ち果てて」と、自身が亡霊であるかのようなことすら口走る(2001年の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』で、ゴジラには戦死者の怨念が宿るという設定が使われたことも思いだされる)。これに対し、ヒロインの大石典子(浜辺美波)は「それは夢」と反論する。
やがて敷島は焼け野原になった東京に帰還し、典子と孤児の明子の3人で暮らしはじめた。しかし、翌々年の1947年にゴジラが襲来する。初代『ゴジラ』では銀座和光の時計台がその鐘の音に怒ったゴジラに破壊されたが、本作では半壊で残っていたり、ゴジラが電車をくわえるシーンが反復されたりするなど、原点へのオマージュが楽しい。だが、何といっても圧巻は、ゴジラが熱線を吐いた後に核爆発さながら、巨大なキノコ雲があがり、ゴジラが咆哮するシーンである。
もともとゴジラの造形はキノコ雲の表象だった。キノコ雲に向かってキノコ雲の表象であるゴジラが咆えるのだ。次に、放射能を含む「黒い雨」が降る。そして、典子を殺されたちっぽけな人間である敷島が、ゴジラに向かって怒りを込めて怪獣のように叫ぶのである。これは、原爆投下に対して日本人が呪詛を込めて憤るシーンではなかろうか。
建物が消失した土地が映しだされ、爆心地「グラウンドゼロ」のような巨大な穴も見える。怪獣映画に形は移し替えられたものの、原爆投下に怒れる日本人を描いたシーンとしては、最も多くの観客に観られた場面だと言えるかもしれない。