朝ドラ『ブラッサム』の上京はなぜ“受け身”なのか? 娘×母×父の複雑ながら強い絆

『ブラッサム』の上京はなぜ受け身なのか?

 また、今後「書く」ことを生業とする人になっていくからか、珠の「親」を見る視点には驚かされることが多い。例えば前述した、父・清治の「放蕩無頼」ぶりを書いた作文のエピソード。夜、厠に行く際に垣間見た、カナリアを愛でる父の「笑っているような、どこか物悲しいようなその表情」に、彼女は父の本質を見る。自分は自由を謳歌する代わりに、珠たちには不自由を強いた暴君のような父の、その奥にある脆さを彼女は見抜いていて、どこかで惹かれている。

 さらに、成長した彼女は、高等女学校で同級生たちと同人誌『黎明』を作り、トルストイの『イワンの馬鹿』の主人公を女性に置き換えた小説「やさしいアンナ」を執筆するが、今度はそこに母・リョウの姿を重ねる。「アンナが馬鹿を見ても淡々と働いちょる姿が、切のうていじらしゅうて、でも美しゅうてええなあ思うちょる」のだと彼女は言う。それはそのまま、珠による母・リョウ評だと言えるだろう。そして、後の第17話において保(金子大地)と「イワン失格じゃ」と笑い合う場面は、珠とリョウの違いを示してもいた。

 そうやって珠は常に、作家の視点で父と母を見つめる。そんな彼女の眼差しから浮彫りになるのは、「娘から見た父/母」としての彼と彼女の姿ではなく、各々が生きてきた人生そのものであり、弱さであり強さだ。

 だからこそ視聴者は、リョウという女性を「ヒロインの母」としてのみ認識しない。例えば好きな人への思いと「自由恋愛」への憧れを心の奥底に秘め、従来通りの、家同士が決めた結婚を受け入れる珠の幼なじみの梅(松本穂香)を通して、当時の女性の不自由さを見つめることと同じぐらい切実に、リョウを通して、当時生きていた女性の生き様を知るのである。そして、女学校時代の珠と同じぐらいの年に後妻として清治の元に嫁ぎ、苦労してきたであろうリョウが、小さな珠と初めて会った時に手を握ってくれたことにどれほど勇気づけられたかということや、同じ年頃の頃の自分ができなかった学生生活を謳歌する珠を見て「自分のことみたいに嬉しゅうなる」と感じることの重みを想像する。

 ときに清治の横暴に対し共闘し支え合ってきた、珠という「血の繋がらない娘」のためにリョウが奔走すること。下を向いて「小そうなって生きてる」珠を見たくないから、リョウは彼女に「逃げてええ、負けてもええ」、「自分のために生きんさい」と言う。それはまるで、籠の中のカナリアを解き放つようではないか。かつてカナリアに対して「窮屈そうじゃのう、お前も」と言っていた清治が求め続け、本当の意味では手に入らなかった「自由」に向かって、珠を羽ばたかせようとするかのようにも見える。

 そんな、『ブラッサム』における母娘関係の強さが意味するものとは、血の繋がりとは違うところで結びついた関係性の素晴らしさだ。それは、森下佳子脚本の大河ドラマ『べらぼう』(NHK総合)が、終盤、自身の血脈に固執する一橋治済(生田斗真)の横暴に対峙し得るものとして、主人公・蔦重(横浜流星)たちの、血の繋がりとは違う結びつきの素晴らしさを描いたことにも通じるだろう。さらに言えば『Tシャツが乾くまで』(TBS系)等の生方美久脚本が母娘関係といった血の繋がりを拒みつつ、家族という形に捉われない関係性を描こうとしていることもこの系譜に入れられる気がする。

 “恋に生きた女性”として知られる作家・宇野千代をモデルとした本作が、「恋愛」が人々のライフスタイルの中で必ずしも重視されなくなっている現代に何を描き、どう受け止められるのか。注目せずにはいられない。

■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK

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