朝ドラ『ブラッサム』の上京はなぜ“受け身”なのか? 娘×母×父の複雑ながら強い絆

『ブラッサム』の上京はなぜ受け身なのか?

 連続テレビ小説『ブラッサム』(NHK総合)が重要な局面を迎えている。『ブラッサム』は、石橋静河演じる、宇野千代をモデルにした主人公・葉野珠の人生を描いた物語だ。現在放送中の第4週では、同僚教師・島村(工藤阿須加)との恋と破局によって良くない噂が広がったことにより、珠が岩国に居づらくなる様子が描かれてきた。そして、そんな珠にとうとう「東京行き」の話が舞い込んできた。この先、第3話で加賀まりこ演じる「1980年代の珠」が「私、ここ(岩国)から逃げた人間だから」と振り返った、その全容が描かれるのだろう。

 「ヒロインが故郷を飛び出し上京する(あるいは都会に向かう)」という展開は、朝ドラにおける序盤の山場の1つと言える。しかし、本作において興味深いのは、珠の意思というよりは、リョウ(国仲涼子)と照子(山田真歩)という「2人の母」の計らいによって珠の前に「東京行き」が用意されることだ。

 むしろ、ある意味「夢を持って上京するヒロイン」の王道路線を担ったのは、珠の高等女学校時代の友人・角田忍(木竜麻生)のほうである。彼女は先週の第12話で「逃げることにしたんよ」と口にしながら、それを「いや、逃げるんとは違う、挑むんじゃ」と言い換え「うちには書くことしかないけん」と記者を目指して上京する意思を珠に伝えて去っていった。

 一方、珠については史実上でもモデルの宇野千代に伯母(本作中では叔母)からの「世話係」の打診があったのは確かなようだが、それにしても継母・リョウの活躍が目立つ。なぜ本作は、珠のために奔走する継母・リョウの姿を中心に「珠の上京」を描いたのか。

 思えば本作はこれまでずっと、珠と父・母との関係性を描き続けてきた。もっと言えばこの物語は、珠の話以上に、珠から見た「父」と「母」の話をずっと描いてきたと言える。そして、それは第1週に顕著に表れていた。

 まず第1週では、父・清治(渡部篤郎)のことを書いた作文のエピソードを中心に、清治に振り回される家族の光景を描かれたため、一見「父」の話が中心であったかのようにも見える。だが、珠の一人称という形をとったナレーションは一貫して「本当の母ではない」母・リョウの愛に対する若干の不安が払拭されるまでの、彼女の思いの変化を描いていた。つまり、第1週は「私の父、私の母」という副題通り、珠が、物語上で「私の父」という作文を書き、ナレーションというドラマ自体の骨格を使って「私の母」という作文を書いているという特殊な構造からなっている。

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