【倉本聰さん追悼】『北の国から ’83冬』が映し出す、残酷なまでに愛おしい人間の弱さ

今こそ観たい『北の国から ’83冬』の凄み

 9月18日に逝去した脚本家・倉本聰を偲び、10月9日21時からフジテレビ系で『北の国から』のスペシャルドラマ『北の国から ’83冬』(以下、『’83冬』)が放送される。

 『北の国から』は倉本聰の代表作で、北海道富良野市の麓郷で暮らす黒板五郎(田中邦衛)と息子の純(吉岡秀隆)と娘の蛍(中嶋朋子)、そして富良野で暮らす人々の姿を描いたドラマだ。

 1981~82年に全24話のテレビドラマが放送された後、2002年までスペシャルドラマが断続的に放送された。

 今回放送される『’83冬』は、連続ドラマ終了から1年後の1983年に放送されたスペシャルドラマ第1作だ。

 11月に東京に出稼ぎに行った五郎が、純と蛍と正月を過ごすために富良野に帰省する。同じ頃、純の同級生の笠松正吉(中澤佳仁)が家出をし、正吉を見つけた純たちは彼を家に招く。五郎は母親のみどり(林美智子)に頼まれ、正吉を預かることになる。

 それから数日後、麓郷開拓の草分けの一人である沢田松吉(笠智衆)が訪ねてくる。松吉は麓郷で事業に失敗し家族を捨てて失踪したが、その後東京で大きな会社を成功させて裕福な老後を送っていた。

 松吉の帰郷を町の人々は歓迎し宴会を開くのだが、宴の最中に五郎の元に借金取りが訪ねてくる。

 実はみどりにはギャンブルで作った多額の借金があり、連帯保証人となっていた五郎は、700万円の借金を払うか土地を手離すかを迫られるのだ。

雪原の風景とモノローグ

 『’83冬』を観て何より印象に残るのは、富良野の広大な雪原だ。

 昔のテレビの正方形に近い画角だからか、その場にいる人間の目線に近いドキュメンタリー的な映像となっており、純や蛍の目を通して富良野の雪景色を観ているような気持ちになる。

 次に印象に残るのが純のモノローグ。手紙の文章を幼い子供がぼそぼそと読み上げるようなその言葉は私小説のようで、広大な自然の風景と純のモノローグによって視聴者は作品の中に引き込まれていく。

 もともと、純と蛍は東京で暮らしており、父親に富良野に連れてこられて電気のない生活を送ることになった。そのためシリーズ序盤の純は東京に帰りたがっており、家にテレビがないことを嫌がっている。それは富良野の暮らしに慣れ始めた『’83冬』においても同様だ。

 純と蛍は大晦日に『NHK紅白歌合戦』を壊れかけたラジオで聴いているのだが、そこで重なる「こっちへ来てからテレビでは観てない」と言うモノローグは、子どもとは思えない凄みが宿っており、今の生活に必ずしも満足しているわけではないことが伝わってくる。

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