『Tシャツが乾くまで』最終回が問いかけた“家族”のかたち 名前のない関係を選ぶということ
篤彦は、一緒にいて楽しい人だったことだろう。でも、生活するとなると話は変わる。「やっておいて」と頼んでおいた家事を忘れてしまうし、それを指摘すればすぐさま「うるせぇな」と不満をこぼす。現在の彼女・心愛(田辺桃子)とのやりとりから、咲子との結婚生活の噛み合わなさをイメージすることができた。でも、心愛は咲子とは違い、「なんか言った?」とまっすぐに思ったことをぶつけることができるタチのようなので、その会話のラリーは清々しく、むしろ相性は良さそうだ。
咲子は、好きな人の前では思ったことを言えない。充に対しても、まだどうして好きになったのかを話せないし、洗濯物が乾いたら出ていくという充との時間が惜しくて、霧吹きで濡らすというズルをしていることも隠している。そして充も同じ行動に出る。そんなふたりの奥ゆかしさは微笑ましくもあるし、以前は心地よさにもつながっていた。けれど、今はそういうところが居心地の悪さにもなっているのだろう。気を使って、言葉を飲み込んで。
でも、きっといつかちょうどいい距離感が見つかったタイミングで、「あのとき、実は霧吹きで……」「俺も」なんて笑い合いながら話せるふたりになれる気がする。かぼちゃを避けて作られた咲子の手料理と、「おかえり」と言いながら迎える姿から、そんな予感があった。
咲子は充の失踪を経て、自分ひとりでできることが格段に増えた。その自信は、咲子を、誰かがいなければ「孤独になってしまう」という不安から解放したのではないか。そこに「家の外にある拠り所」と呼べる樹生との関係性が、さらにそれを確信させたのだと思う。何の契約をしていなくても、誰かの支えにもなれるし、支えられることもある。相手に嫌われたくはないけれど、いざそうなったとしても、自分ひとりでどうとでもなる。相手ありきの人生から、自分ありきの人生へと切り替えることができたのは、咲子にとって大きな転換期だったのではないか。
だから、家を出る準備をしながら、着替えを置いていくように言う咲子に、充は「実家みたい」と笑ったのだろう。“帰りたい実家”というものを知らない充と咲子の間に生まれた、新たな実家感。それは、誰かとの幸せな家族を探していたころとは違う、今ここにいる自分自身をホームだと思える咲子がいたから。そして、もう自分だけでも「大丈夫」と言える咲子だからこそ、充のことも「行ってらっしゃい」と送り出せる。ここにいるから、いつでも帰ってきていいよと言えるのだろう。ふたりの関係は戸籍上「夫婦」ではなくなったけれど、この「独特な夫婦」は、名前のつかない新しい関係性で、それぞれの人生をともに生きていくのだ。
“家族”の意味を持つ名前のない関係を、私たちも選べる
充とあずさ(夏帆)が毎月第三金曜日にコインランドリーで交わすおしゃべりから紐解かれた、“名前のない関係性”。「家族」「恋人」「友人」といった名前のフィルターを外してみると、彼らの周囲には、ひとことでは説明しきれないつながりがいくつも見えてきた。古書店店主の宮内(リリー・フランキー)とあずさも、ただのパート先の雇い主と従業員では収まらない縁があったし、すでに別れたにもかかわらず関係が続いている千鶴(臼田あさ美)と拓真(庄司浩平)もそうだ。充から喫茶店「ひこうき」を譲り受けた直人と咲子の関係なんて、元雇い主の元妻(?)とでもなるのだろうか。なんともわかりにくい。
もちろん、咲子と樹生の関係性も、もはや単なる「ご近所さん」には収まらないものだ。樹生が咲子に向けた眼差しには、何か特別な感情があるようにも見える。でも、それもまた男女の恋愛感情という名前ではないものにも感じるのだ。もう他人とは思えない、そんな樹生と咲子の間にしか存在しない想い。それをあえて言葉にするとしたら、それこそなんの契約も交わしていない“家族”と言いたくなるから、少し癪だ。そうして言葉にしてみて改めて思うのは、本来「家族」が包括する関係性の広さだ。
もちろん、家族には血縁や婚姻関係を基礎にした小集団という定義がある。けれど、血は繋がらなくとも充とあずさは兄と妹のようでもあったし、宮内とあずさは父と娘のようでもあった。千鶴と拓真は姉と弟のようにも見えたし、充と直人は兄と弟にもなった。樹生の息子・翔(久保田薫)の前では、咲子が母のようにもなった。もし生きているうちに会えていたら、咲子とあずさは姉と妹のようにもなれていたと思う。
その瞬間に、誰かの親に、子に、きょうだいになれる。ときには、夫婦のように支え合うことだってできる。そんな感覚が、咲子の「本当の家族を持たなければ」という呪縛を消したのではないか。義務感ではなく、自分がそう願うからこそつながる居心地のいい家族があってもいい。そして、その感覚は現代社会に生きる私たちにとっても遠い感覚ではない。
師弟や先輩後輩として結ばれたつながりを「ファミリー」と呼ぶことだってある。顔も本名も知らない相手と、実の家族にも友達にも言えないことを話し、そしてそれぞれの生活に戻っていくこともある。そうして家の外に拠り所を見つけることができれば、「消えてしまいたい」という苦しみに押しつぶされることなく、また明日を生きられる。それは、どうしようもなく苦しい時期だけつながった、という短期的な関係性でもいい。その瞬間、生きるために必要で大事な時間を生む力が、名前のない関係性にこそあったりするのだから。
もちろん、そこには他人に説明しにくいというややこしさはある。ときには、ひょんなことから相手の秘密に触れて驚かされることもあるだろうし、パートナーに嫉妬されて少々めんどくさいことになるかもしれない。どんな関係であってもいいことばかりではないのが、この世界の厳しいところ。けれど、そうやって濡れ衣を着せられたり、それが晴れたりしながら、私たちは自分にとって居心地のいい“そのときどきの家族”を選ぶことはできるのだ。
これだけたくさんの視聴者が、「『家族なんだから』『夫婦なんだから』こうあるべき」というフィルターを外す本作に注目せずにいられなかったのは、ひょっとしたら従来のフィルターにほころびを感じている人が増えているからなのかもしれない。“そういう選択をする人もいるんだ”と知る経験は、いざ自分の身近なところでこれまでの選択肢ではどうしようもない場面に遭遇したときに、心の余白を生む。そして、その余白は、まだ誰も名前を付けていない関係性や、自分では考えつかないような選択をする人たちの胸の内に風を通す。そんなカラリとした優しい空気が漂う社会になってほしいと願うばかりだ。
参照
※ https://x.com/K_Matsuyama2023/status/2097520406387466745?s=20
■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TVer、U-NEXT、Netflixにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs