『風、薫る』“虎太郎”小林虎之介の不器用な優しさ “幼なじみ”は戦地で何を感じた?
NHK連続テレビ小説『風、薫る』で、りん(見上愛)の幼なじみとして、物語の序盤から彼女を見守り続けてきた虎太郎(小林虎之介)。りんの心がシマケン(佐野晶哉)へと向かったことで、2人の恋にはひとつの区切りがついた。だが、ここまでの歩みを振り返ると、りんにとっては、まだ何者でもなかった頃から自分を知り、人生の節目で何度も手を差し伸べてくれた、かけがえのない存在だった。
栃木の村で生まれ育ったりんは、嫁ぎ先から娘・環(宮島るか)を連れて東京へ逃れ、その後、看護婦として新たな道を歩み始めた。そんな彼女を、東京に出る以前から知っているのが虎太郎だ。元足軽の家に生まれ、元家老の娘であるりんとは身分の違いがありながらも、幼い頃から一途に思い続けてきた。りんが結婚するときには幸せを願い、嫁ぎ先から逃げ出した際には東京へ向かう手助けをする。環を取り戻そうとしたときにも、変わらず彼女のそばにいたのが虎太郎だった。
東京に出てからの虎太郎は、それまでとは少し違った一面も見せるようになった。製薬会社に勤め、仕事で成果を上げようと懸命に働く中で、努力を重ねれば上へ行ける、人がやらないことをすれば道は開けるという考えを強めていく。一方、看護婦としてさまざまな境遇の人々と向き合ってきたりんは、努力だけではどうにもならない現実を知っていた。幼い頃から互いをよく知る2人の間にも、東京でそれぞれの道を歩むうちに、少しずつ価値観の違いが生まれていった。
仕事に悩むりんに対し、虎太郎が努力の大切さを説いた場面は、そんな2人の変化を象徴していた。励ますつもりでかけた言葉だったが、さまざまな患者や現実と向き合ってきたりんには、その考え方をそのまま受け入れることはできない。幼い頃から近くにいた2人だからこそ、価値観のずれはより鮮明に映る。それぞれが東京で別々の道を歩んできた時間が、少しずつ2人を変えていた。
恋愛においても、虎太郎は最後までりんの気持ちを尊重した。長年思い続けてきた相手の心がシマケンへと向かっていることを知りながら、彼に「血反吐、吐くまで努力しろ!」と声をかけ、その背中を押す。自分の思いを押しつけるのではなく、りんが選んだ道を受け入れる。その姿からは、幼い頃から変わらない虎太郎の不器用な優しさが伝わってきた。
そう考えると、りんにとって虎太郎は、単なる“幼なじみの初恋相手”ではないのだろう。東京へ出て看護婦となり、多くの人と出会う中で、りんの世界は大きく広がっていった。その一方で虎太郎は、結婚する前も、看護婦を志す前も、シマケンと出会う前も知っている。りんがどれだけ新しい道を進んでも、変わらずその原点を知る存在であり続けている。
こうした虎太郎の変化を演じる小林は、近年、話題作への出演が相次いでいる。『下剋上球児』(TBS系)の日沖壮磨役で注目を集め、『ひだまりが聴こえる』(テレビ東京系)では明るく真っすぐな佐川太一、『宙わたる教室』(NHK総合)では読み書きに困難を抱えながら定時制高校に通う柳田岳人を好演。とりわけ『宙わたる教室』で演じた柳田岳人は、小林の持ち味がよく表れた役だった。読み書きに困難を抱え、周囲に対してつい強く当たってしまう一方で、その奥には自信のなさや傷つきやすさを抱えている人物。ぶっきらぼうな言葉や態度の中にも、ふとした瞬間に見せる表情から岳人の不安が伝わってくる。そうした不器用さを含めて人物を愛おしく見せるところに、小林の芝居の魅力を感じた。
虎太郎役でも、そうした持ち味は生かされている。りんへの思いを分かりやすく表に出すのではなく、ふとした視線や言葉に詰まる一瞬から、その不器用さや一途さを伝えてきた。そうした繊細な芝居を積み重ねてきた小林が、戦争を経て心に傷を負った虎太郎の変化をどのように見せるのか。ここからは、これまでとはまた違った表情にも注目したい。
これまで何度もりんの人生の節目に寄り添い、彼女が前へ進むのを支えてきた虎太郎。だからこそ、戦争によって変わった彼が帰ってくることは、りんにとっても決して他人事ではない。恋の相手ではなくなっても、虎太郎が自分の原点を知る大切な存在であることに変わりはないだろう。今度はりんが、心に傷を負った虎太郎とどう向き合っていくのか。2人の関係は新たな段階を迎えることになりそうだ。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK