『しあわせは食べて寝て待て』が今も心に残る理由 1年ぶりのSPで味わいたい“優しい時間”

 2025年4月期に放送された桜井ユキ主演のドラマ『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)が、一夜限りのスペシャルドラマとして帰ってくる。第一報を受け取ったとき、うれしくて全9話を観返したら、漠然とした不安や焦りで強張っていた心が、少しずつほぐれていくのを感じた。

 本作は、水凪トリの同名漫画を原作とするヒューマンドラマ。主人公・さとこ(桜井ユキ)は、38歳独身で、膠原病を患ったことをきっかけに、それまでの生活を大きく変えざるを得なくなった女性だ。フルタイムで働くことが難しくなり、週4日のパート勤務に。収入減に伴って家賃5万円の団地に引っ越し、そこで薬膳を実践している大家の鈴(加賀まりこ)や料理番の司(宮沢氷魚)と、“食”を通じて交流を深めていく。

 改めて考えても、さとこのような女性を連ドラの主人公に据えたのは画期的だった。多くの場合、主人公に限らず、ドラマの登場人物は健康であることが暗黙の前提となっている。仕事に打ち込むのも、夢を追いかけるのも、恋に奔走するのも、思うように動ける身体があってこそ。だが、そのこと自体が意識されることはほとんどない。病気を抱えた主人公も決して珍しいわけではないが、その多くは病との闘いや生死そのものが物語の中心となる。

 さとこが患っている膠原病は、直ちに命にかかわるものではないにしろ、完治も難しいとされている病だ。疲労やストレス、気温の変化などに弱く、少し無理をするだけでも体調を崩してしまうので、日常生活にはさまざまな制約が生じる。病を克服するでも、奇跡的な回復を遂げるでもない。病気によってできなくなったことを抱えながら、それでも続いていく毎日をどう生きるか。そのささやかな試行錯誤を物語の中心に据えたところに、本作の新しさがあった。

 38歳といえば、結婚や出産を経て家庭を築いたり、仕事で責任ある立場を任されたりと、それぞれが思い描いてきた人生が少しずつ形になってくる年頃。そんな中で、突如病気になり、やりがいを感じていた仕事も、マンションを購入する夢も手放さざるを得なかったさとこは、鈴の「果報は寝て待て」という言葉に癒される。自分から幸せを掴みにいくのではなく、幸せが向こうからやってくるのを気長に待つーー良い言葉だ。されど、「待つ」というのは一見簡単なようで、案外難しい。劇中で青葉(田畑智子)がさとこに教えた「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が、まさにそれを物語っている。

 ネガティブ・ケイパビリティとは、どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える力のこと。“タイパ”や“コスパ”が重視され、できるだけ時間や労力をかけずに結果を得ることが良しとされる現代において、その力は少しずつ弱まってきているように感じる。分からないことがあっても、ネットで検索すればすぐに答えが出て、目的地までの最短ルートも瞬時に示されるのだから。けれど、人生の答えや幸せは、一朝一夕に手に入るものではない。どれだけ考えても答えが出ないこともあれば、自分の努力だけではどうにもならないこともある。便利さと引き換えに、私たちはそんな不確かな状態に身を置き、じっと待つことが苦手になっているのかもしれない。

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