『モアナと伝説の海』実写化の意義はあったのか アニメーションだからこそ生まれた“魔法”
青い海と空が広がるポリネシアの島々を舞台に、海に選ばれた少女の冒険と成長を描いた『モアナと伝説の海』の“超”実写化作品が公開中だ。しかし、その船出は強い向かい風によって上手くいっていないように見える。
日本よりひと足先に7月10日に全米公開を迎えると、約2億5000万ドルという巨額の製作費が投じられた超大作であるにもかかわらず、北米でのオープニング週末興行収入は約4300万ドルにとどまり、公開から約1カ月が経過した現在(8月3日時点)でも全世界興行収入は約2億6100万ドル強と、莫大な予算の回収には赤信号が点灯している状態だ。米大手レビューサイト「Rotten Tomatoes」における批評家スコアは30%台前半の低水準を推移している。
オリジナルのアニメーション版が公開されたのは10年弱前のことであり、2年足らず前には続編も公開されたばかり。また、本作は2023年、配信サービスで映画史上世界1位の視聴数を記録している。そんなふうに記憶に新しい作品が、なぜこれほど早く実写化の道を歩むことになったのか。そしてそこに、実写化の意義は果たしてあったのか。
実写化にあたって失われてしまったもの
ウォルト・ディズニー・スタジオの歴史は、そのままアニメーション技術の進化と魔法の歴史とも言える。彼らはセル画という平面に命を吹き込み、誰も見たことのない幻想的な世界を構築し、感情豊かなキャラクターたちをスクリーンに解き放ってきた。ウォルト・ディズニー・スタジオはいつの時代も、アニメーションの魔法の力を世界に見せつけ、実写では到底表現し得ないイマジネーションを鮮やかに具現化して物語を語ることを選択し続けてきたのだ。
アニメーションだからこそ描けるものがある。それは、物理法則に縛られないキャラクターの誇張された動きであり、現実のパレットには存在しない鮮烈な色彩であり、そして何より、世界そのものがキャラクターの感情と同期して脈打つような「表現の自由」である。オリジナルアニメーション版『モアナと伝説の海』はまさにそこが見どころで、最先端のコンピュータアニメーション技術を駆使して描かれた海や水の表現は10年経った今観てもあまりにも美しく、全く色褪せない。そこで描かれた海や自然は、すでに極めて実写に近かったのだ。そもそも、アニメーションという「ゼロから創り出された虚構の世界」の中で、あそこまで実写的な美しさと生命力を表現し得たことこそが、ディズニー作品の真の魔法であり、特筆すべき驚きだったように感じる。
しかし、近年ディズニーが推し進めている「過去の名作の実写化」という潮流の中で、実写版『モアナと伝説の海』は、彼ら自身が築き上げてきたアニメーションの魔法を自ら手放すという選択をしてしまったように感じる。アニメーションで実写的なリアリティを追求することには途方もない感動があるが、それをそのまま“本物の実写”に置き換えたところで、「現実の風景が現実に見える」という当たり前の現象が起きるに過ぎない。実写で実写的なアプローチをすることは至極当然のことであり、そこに「アニメーションが現実を超越した」という特権的なカタルシスは存在し得ないからだ。命の女神テ・フィティの“こころ”を返しにいく物語において、ディズニーが自らの“こころ(魔法)”を手放すなんて、なんとも皮肉な話である。
実写リメイク作が持つ課題と意義
これまでディズニーが手掛けてきた実写リメイク作品のすべてが、手放しで絶賛される成功を収めてきたわけではない。実写化には常に、キャスティング問題や現実感を持たせることで失われるファンタジーの純度といった課題がつきまとってきた。それでも、たとえば“超”実写化『ライオン・キング:ムファサ』はアニメーション版にない前日譚を描く点でオリジナルの物語の深みを増す役割を担った。そして『シンデレラ』や『アラジン』、『リトル・マーメイド』、『白雪姫』といった過去の実写化作品などでも、プリンセスの背景や人物像など、何かしらの新しい発見や、現代的な視点からの物語への再解釈や翻案、あるいは世界観に対する拡張の試みが存在していた。
そんな中で、実写版『モアナと伝説の海』は驚くべきことに、この映画は2016年のオリジナル版を、セリフもシーンも、時にはカット割りに至るまで、文字通りそのまま忠実に再現している。実写化にあたっての新しい工夫もなければ、物語を深掘りするための翻案もほとんど見当たらない。単に、かつてアニメ映画として完璧に機能していたものを、人間の俳優を使って実写で撮り直しているのだ。
もちろん、心動かされる場面もある。特に実写として描く意味を感じたのは、島でのシーン。ポリネシアンのルーツを、より丁寧に扱い描こうとした点は素晴らしかった。だからこそ、本作は肝心な冒険の旅より、序盤の島にいるシーンのほうが見どころを感じてしまう。祖母役のリーナ・オーウェンの存在も素晴らしく、もともとオリジナル版でもエモーショナルな彼女とモアナの別れ、そして「How Far I'll Go」に続く一連のシーンは実写版でも涙腺を刺激する。とはいえ、ほぼ同じ構図でなぞられる物語や構図への評価は、果たしてこの実写版に対する評価になるのだろうか。
他のスタジオ作品ではあるが、本作のようにほぼオリジナル版と同じような展開で描かれた実写化として記憶に新しいのが『ヒックとドラゴン』だ。しかし、あの作品ではオリジナルのシンプルなアニメーションをより映画的な重厚感のある映像へと昇華し、スクリーンを最大限に利用した飛行シーンも素晴らしく、物語においても実写で再び語ることでその深みを出せたように感じられた。
一方、『モアナと伝説の海』は、映像的に海の上にいるシーンが長い。それでもオリジナル版では“アニメーションだからこそすごいと感じる”水や、海といった背景が見どころになっていたのに対し、実写版ではただの海なので、やや退屈な印象に。何より、ドウェイン・ジョンソンの歌唱シーン「You’re Welcome」では、かつて『メリー・ポピンズ』で成功していた実写とアニメーションが共存する“魔法”が失われていたように感じる。